第6話・聖女リン

 凛とした姿勢を崩すことなく装飾で彩られた空間を歩く姿はすれ違う人々に英気を与える。その場にいるだけで安心する、それは彼女に内在する包容力。独身ながら若干二十歳の彼女には王族らしく生まれ持った母性を宿す。


 ――――聖女。


 それが国民から彼女に送られた賛辞の言葉。


 だが如何に聖女であろうが、一人のうら若き女性である。恋をするには十分な理由。そう、彼女はこの国を救った勇者と恋に落ちている。そして誓い合った将来、彼女は愛する殿方を想いつつ、日々の公務に勤しんでいる。


「……殿下、任務完了につき帰参いたしました。」


「ご苦労様。タケシ様はご息災でしたか?」


「は!! 本日も殿下の手紙に涙しておりました。」


 彼女の名前はリン、この国の継承権第百位の王族に列する王女である。彼女はタケシがその身に浴びた呪いに嘆き悲しみながらも、離れて暮らす彼を想い手紙をしたためる毎日を送っている。


 ……第百位って、先代国王も頑張り過ぎだろうに。


 そこで彼女は目の前で自分に忠誠を尽くす近衛騎士に手紙を託し、その手紙の内容をタケシの前で読むように命じている。……アイテムを手に取れない勇者へ自分の言葉を送るために。


 だが勇者は彼女の手紙の内容を知らない、当然ながら読めないわけだが。であれば、この騎士の言葉は矛盾に満ちている。……騎士は嘘をついているのだ。


 それは何故か?


 この騎士が凛に惚れているからだ、騎士は勇者に嫉妬しているのだ。


「あんな真っ裸野郎に俺の殿下をくれてやるものか……。けっ!!」


 この騎士は下衆の極みに満ちている。自分の言葉に安堵する主人を前にほくそ笑んでいるのだから。……この男もタケシと同様に反省をしないタイプなのだ、それ故に隠れて鼻くそを穿るわけで。


「そういえば、タケシ様が住われている場所が山火事に見舞われたと聞きましたが?」


「……は!! 勇者様はご無事のご様子、先日確認に向かいましたが、勇者様は元気にリンボーダンスをしておりました。」


 タケシは冬に向けた対策に講じた一件で山を一つ丸々燃やしてしまったわけだが、反省することなく暇潰しを求めていた。真っ裸の男が山奥で一人リンボーダンスに興じる、……愛する勇者の奇行に王女は何を思うのか?


「そうですか、……あの方の事です。きっと理由があるのでしょう。そう……、あの時の様に。」


 リンが口にした『あの時』とは?


 それはタケシが勇者として魔王の配下たちが根城としていたダンジョンに足を踏み入れた時の事。リンをはじめとする仲間たちは早急にダンジョンの主を倒すことを主張した。だがタケシだけはそれを良しとせず、ダンジョン内の探索を優先させたのだ。苛立つリンたちだったが、そのダンジョン内で囚われている人々を発見した時、己を恥じた。


 勇者はこの人たちを助けたかったのだ、と思い知らされながらも胸を熱くするには充分な出来事。


 ……だが真実は残酷なもので、タケシはダンジョン内に眠る秘宝を探していただけだった。そして、その秘宝をプレゼントして魔王を口説き落とそうとしていたのだ。さらに言えば彼は囚われの人々の中にいた若い女性に対してバレない様に再三に渡ってセクハラをしていた。回復魔法を使う振りをしながら女性の手を摩るタケシ、……その時の彼の緩み切った表情を想像できるだろうか?


 因みにタケシがリンボーダンスによって編み出したものが、彼の言う『逆メトロノーム殺法』であることは、彼の伝説の1ページとして後の世にも語り継がれることになる。


 もはや伝説と言うよりも醜態である。


「は!! 殿下の仰る通りです。ちっ、あの右寄りち○こ野郎のどこが良いんだか。俺は正常に左寄りだっつうの。」


「何か言いましたか?」


「……何でもございません。それよりも殿下、そのお手にお持ちのものは?」


「これですか? これは落ち葉を編み込んだセーターです。これならアイテムにならないでしょう? ふふっ。」


 凛としながらも時折見せる年頃の街娘のような仕草、国民は彼女の見せるギャップに希望を抱いている。そう、母性や気高さだけでは国家を統治することはできない、まさに理想の王族である。


 そして彼女の表情に見え隠れするタケシへの想いが、目の前で跪く騎士の心を闇で満たすには充分な理由となる。


「……後で燃やしてやろう。」


「何か言いましたか?」


「何でもございません。……それよりも勇者様は殿下の写真を所望しておられましたが、如何いたしますか?」


「まあまあ、それはすぐに手配しましょう!! あらあら、タケシ様も私の顔をそれほどに……。うふふ♪」


「……は。ちっ!!」


「でしたら今度の写真は新調したドレスを着て撮影しましょう♪ ああ、愛するタケシ様。」


「それは勇者様もお喜びになることでしょう……。けっ!!」


「ふんふんふーん♪ 早速写真家を呼ばなくてはね。」


 騎士は納得がいかないのだ。それは彼がタケシが起こした麓の街での騒動を見てしまったから。それ以前に真っ裸でも恥じることを知らないタケシに嫉妬しているのだから。


 ……この騎士、実は『男の象徴』に自信がないのである。それもタケシの矮小なものよりもさらに……。おっと、ここから先はお食事中の方には聞かせられないことだ。不覚にもナレーションの役目を忘れるところだった。


 騎士はタケシに恋焦がれる自分の主人を見ながら、『男の象徴』に手を添える。そして涙するしかない。彼は自分の主人にすら届かないほどの小声で呟いた。


「……どうして俺のは生まれたてのカニなんだよ……。」


 この騎士、意外と業が深かったらしい。自分の主人に悟られないように静かに涙する騎士には、憐れみの言葉さえ凶器になると思えてくるほどだ。


 そしてリンは騎士の涙に気付く素振りさえ見せずにドレス選びに勤しんでいる。


「ふんふんふーん♪ タケシ様に浮気などされないように女を磨かなくてはね!!」


 いや、タケシはすでに浮気をしているのだが。あの器の小さな男に過大評価ではないだろうか?


「あ、そうだ!! タケシ様は二刀流を開眼されたと聞いたわ!! 剣もプレゼントしなくちゃ♪」


 ……そう言う意味の二刀流ではないのだが。あれは世界を平和にできる代物ではないぞ?


「魔王を討伐しても尚、その言葉が国内の流行語大賞にノミネートされるだなんて、……あの方は未だに国民に愛されているのですね。」


 『地震・雷・火事・タケシ』の標語の事か? あれが流行語大賞にノミネートしようとは……。


「ああ……、冒険の際にお聞きしたタケシ様の故郷で流行っているという楽曲。いつの日かタケシ様のお声で再びお聞きしたいものですね。」


 ラップのことだろうか? タケシはラップで、この国の王女を辱めていた事は伏せておこう。


「はあ……。タケシ様は本日のお夕食に何をお食べになっているのでしょうか? あの方と同じものを食べたら、気持ちが通じ合えるかしら?」


 山火事を起こした時に、土に中で偶然に調理された焼き芋の残りが彼の夕食なのだが。あれはちょっと……。


「あ!! そうだわ、あ……ティッティリーリーリーリールールールールルールッルルールルルルールーティーティティティティティティールルルルールルルルルルルールルルルールルルーティッティッティティティティティティー♪


 読者の皆様、大変申し訳ございません。小説の途中ですが、しばらくの間はRPGゲームのテーマソングをお楽しみ下さい。


 もはやタケシを神格化してやまない純粋な王女を、……作者は不覚にも憐れに思えてしまっているのだ。


 すでにお気付きの方もいらっしゃると思うが、リンは典型的な箱入り娘である。それ故に、……それ故に彼女は家族以外で初めて知り合ったタケシと言う男に、彼女自身の理想を投影してしまったのだ!!


 このリユツーブ王国の光たる聖女は、今現在同時刻にタケシが鼻くそを穿りながら炭鉱放火の件で財務大臣の説教を聞いている、とは知るよしも無い。


「ああ、タケシ様!! 私はあな…… ティッティリーリーリーリールールールールルールッルルールルルルールーティーティティティティティティールルルルールルルルルルルールルルルールルルーティッティッティティティティティティー♪


 はあっはあ、はあ……。駄目だ、リンの妄想は止まりそうに無い。もはや皆様にこの憐れな王女をお見せできないと判断した。これにて終幕とさせて頂こう。


 冬の訪れに城内で咲き誇るは姫の恋。恋は女性の心を弄ぶも、その要因たる男は鼻くそ塗れ。姫は騎士の歯軋りをダンスのバックミュージックに選曲し、男を想いながらドレスと共に陽気なサンバを締め括る。


 姫の笑顔が城下町に振り撒かれると市民も安堵する、素晴らしきリユツーブ王国に乾杯。


「まったく、俺は殿下が不憫に思えてならんよ。」


 ……騎士よ、お前もな。

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