第5話・閃光のタケシ⑤

 男の背中は気配を感じている。それは懐かしい気配。秋の風が嫉妬するも、男は風の気持ちなどどこ吹く風。鼻くそをほじりながら男は思い出に浸る、あいつは何をしているのだろうか? と涙混じりに思う。


 男の涙は嫉妬する風によって連れ去られ、それは何も生むことはない。孤独なマーチを奏でてただ消えるのみ。


 失恋した少女の如く男は泣き喚いていた。


「うおおおおおお……。どうしてカブれるんだよおおおおお。」


 彼は勇者タケシ、『閃光のタケシ』の異名を持つ世界を救った勇者。そして呪いの王冠を装備した事で、『王冠を除くあらゆる防具の装備とアイテムの使用を拒む』という呪いをその身に受けていた。


 彼は本気で泣いている。それは何故か?


 タケシは、……彼の『男の象徴』はカブれてしまったのだ。ここ数日間、彼の矮小な『男の象徴』をパートナーにダンスを踊ってきた葉っぱ、『彼女』は悪女だった。男を騙し、不要と判断するや否や毒を盛る。まさに悪女。タケシの『男の象徴』もまた彼女の手によって……。


「まさか、あの葉っぱがヤマウルシだったとはあああああ!! 痒いんだってばあああああああ!!」


 彼の『男の象徴』に別れを告げて油にダイブした葉っぱの正体は『ヤマウルシの葉』。その身に含まれるウルシオールと呼ばれる成分は人の皮膚をカブれさせる。


 彼は真っ裸のまま、両膝と額でこの星とキスをしながら悶えている。


 ……と言うかタケシよ、誰もいないからと言って『男の象徴』をノーガードにするな。お前の両手は何のために付いている? 滑走路で離陸の時間を今か今かと待つ旅客機の如く両腕を広げるんじゃない。


 ……まずは隠せ、お前の存在諸共だ。死なば諸共。


 そんな勇者らしからぬ行動が目立ち彼だが、それでも彼を慕うものもいる。


 そして今も、彼に会うためにこの山奥にまで足を運んだ人物がいた。


「ゆうちゃん、何やってるの?」


「へ? って、ああ!! まあちゃん、久しぶりい!! よっす!!」


 可憐な少女が立っていた。勇者の前で、勇者の変態プレイに一切動揺することなく。この女性、……只者ではない。


 だか、それは当然だろう。何しろ彼女は『元・魔王』なのだから。


「ゆうちゃんが遊びに来てくれないからあ、遊びに来ちゃったあ!! きゃは♪」


「そうなんだあ、ごめんねえ!! この国の姫の束縛が激しくてさあ!!」


 ……『ゆうちゃん』、『まあちゃん』と呼び合うこの二人は『出来ている』のだ。それも宿敵とも言える間柄にであるにも関わらず、だ。


 ことの経緯を説明すると、魔王に出会って一目惚れしたタケシはすかさず彼女にラブレターを送った、熱々な愛の言葉とともに。そして夜な夜な魔王城に足を運んでは口説き続けた。そんな事をする暇があったら魔王城の探索に力を入れろよ。


 因みに彼が最後の村で村長から貰った魔王城の地図には、魔王の寝室の場所しかマークされていない。


 ……そして、そんな彼に情を絆された魔王は……。


『じゃあ、今の彼女と別れたら付き合ったげるう♪』


『いやあ、あの子って我儘だから別れるとブスッと刺すと思うんだよねえ。』


『ふーん……。じゃあ不倫でもいっか? オッケー♪』


 と言う具合に承諾した、……魔王も魔王だがタケシもタケシである。


 そして最終決戦、魔王は勇者と付き合うためだけににわざと負けたのだ。彼女を信じて戦った魔族やモンスター全てを裏切って。


 対するタケシも彼を信じて戦う仲間を、……恋人である姫を裏切って。


 だが、この二人はチャラかった。最終決戦で二人の技と技がぶつかり合う瞬間。誰もが固唾を飲んで二人の決着がつくと信じた衝突の瞬間……あろう事か、この二人はチューをしていたのだ。


 魔王は魔王軍でアイドルだった。配下たちは彼女のファンクラブであるかの如く暴れまくった。その結果が五年前まで続いた彼女とその配下たちの残虐行為の全貌である。


 ……念のため言っておこう。タケシはこの国の姫を愛している、心の底から愛している。それは事実だ。だが、彼が最低だと言うこともまた事実。


 この二人はこれから何を語り合うのだろうか? 魔王と勇者が育む愛とは、その終着駅は?


「ゆうちゃん、聞いてよお。あたし、正体を隠して街のパン屋で働いてるって言ったじゃん?」


「言ってたね? まあちゃんのパン屋って二つ山を越えないと行けないからなあ。遠距離恋愛って大変だよ……。」


「そうなんだけど……、今はそうじゃなくて!! そこの常連さんに色目使われたの!!」


「……そいつ、俺のエクスカリバーで叩き斬ってやろうか?」


「それはあたしが店の裏で直接やっちゃった、きゃは♪ でもね、そいつが変なこと言ってたの。」


「変なことって?」


「なんかあ、そいつってこの国の大臣様らしいの。それでね、良く分からないけど店はクビになるしい、街中あたしのプロマイドが貼られるしい。追いかけ回されるから逃げてきちゃった♪」


 要約すると魔王は自分が働くパン屋で気に入らない客をボコった。そして、その客の正体がこの国のお大臣で、指名手配された。……そう言うことだ。


 如何に可憐だろうが、どれだけ勇者と愛を育もうが、やはり彼女は魔王なのだ。そんな彼女が一般人に紛れて静かに暮らす事はできないのだろう。


 その最たる証が彼女が来ているTシャツのデザイン、『人間って飲み物だよね?』の文字を見れば一目瞭然だ。……お前はどこのグルメレポーターだ。


「うわあ、それって迷惑じゃん。警察に相談したの?」


「したよお。そしたらさ、お巡りさんもあたしのファンになったみたいで、追いかけてくるの!! もうグーパンだよお、ハラワタ引きずり出しちゃったよお。」


「まあちゃんは可愛いからな……、思い切ってマネージャーとかつけたら良いんじゃないかな?」


「あ、それって名案かも!! やっぱりゆうちゃんに相談しにきて良かったあ。」


 こいつら……、いや、何も言うまい。ただのバカップルに付き合うほどナレーションは暇ではないのだ。


 再び要約すると魔王は指名手配になったがために、街の警備団に追いかけ回されただけ。……ハラワタがなんだって?


「まあちゃん、俺も相談があるんだ。これを見てよ……、カブれちゃってさあ。」


 ……タケシ、お前は何をやっているのだ? 如何にこの少女が魔王であっても女性だぞ? その女性に対して、自分の股間を全開にしてカブれた『男の象徴』を見せびらかす男がどこにいる? よりにもよって、勇者であるお前がすることではないだろうに……。


「うわああ……、見事にカブれてるね? パオーン!! って、ならないじゃん!! 脱皮後のエビじゃん!!」


「そうなんだよ、パパパパオーン!! って、させたいんだよ!!」


 あかん、こいつらはあかん。


 『指名手配犯』と『猥褻物陳列罪常習犯』のバカップルとは、なんとも怖気が走る話である。……そして、それが世界を救った勇者と世界を恐怖を振り撒いた魔王だと言うのだから救いのない話である。


 などとナレーションをしている間にも、複数人の人間が二人に向かって駆け寄ってきているではないか。誰だ?


「ああ!! こんなところまでファンが追っかけて来ちゃったよお……。ええ? ゆうちゃんともっと話したかったのにい。」


「まあちゃん!! ここは俺が彼氏として時間を稼ぐから、早く逃げるんだ!!」


「きゃああ!! ゆうちゃんってばカッコいい、さすがは勇者!! じゃあ、ごめんねえ。バイバーイ♪」


 魔王は可憐さを振りまきながら勇者の元を去っていく。去り際に勇者の頬にチューをしていくあたりが、魔王の無邪気さか。勇者はそのダラケきった顔で颯爽と走る彼女の姿を追う。そして彼は手を強く握りしめながら実感する。


 ーーーーまあちゃんと付き合って良かった!! と。


 ……タケシよ、最低でも十回は死んでくれないか?


 そして魔王が去るや否や、彼女がファンと呼んでいた複数人の男たちが突如としてタケシを取り囲んだ。それはそれは険しい表情で。まるで汚物でも見るかのような目つき。


「公務執行妨害の犯人を追っていたら、……今度は猥褻物陳列罪か!!」


「……あ。隊長、この人って確か勇者の……。」


「ああ、もう!! 紛らわしいなあ、さっきの女を追うぞ!!」


「「「はっ!!」」」


 タケシを勇者と判断すると再び魔王を追いかけ出す男たち、彼らは魔王の話にあった街の警備団だろう。無駄な足止めをされたと思ったのだろうか、すれ違い様にタケシへ舌打ちをしていく彼ら。


 だが、そんな警備団の反応などどこ吹く風か。タケシは感極まっていた。


 それは何故か?


 カブれて意気消沈していた彼の誇る『男の象徴』が復活していたのだ。


「ああ……、パオーンってなってるじゃないか。もしかして、まあちゃんのキスで復活したのか!?」


 彼の『男の象徴』は魔王のキスによって蘇った。それはまるで、お伽話にでも出てくるような、王子のキスで目覚める姫のような。それほどのシチュエーション。はたまたは封印された魔神を復活させるため、ランプを擦る儀式のように。


 彼は歓喜せざるを得なかった。両目から溢れんばかりの涙と共に、張り裂けんばかりの大声をあげて。


「これで俺の二刀流が復活したぞおおおおおおおおお!! パオーーーーーーーン!!」


 可憐さを攫っていった秋風は冬の季節の到来を予感させる。生き物たちに我慢を強いる季節の到来は、その先で待つ春の喜びを強調させてくれる。未来はお前が試練に打ち勝つと信じているのだから。


「遠くの薔薇より近くのタンポポってね……。」


 勇者はタンポポを側室に娶る気満々である。

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