トラッカー金次郎 異世界爆走運送中

十一 十三(とおいち じゅうぞう)

第1話

 21歳の誕生日を迎える前から一松金次郎は自動車学校に通っていた。

 高校を中退してから、祖父が経営する一松運送に勤めている金次郎は大型トラックを運転するため大型免許の取得を目指している。

 今、ようやくその目標が達成されようとしている。


 ピンポンパンポンという音がスピーカーから流れる。

 受験発表の結果をアナウンスが告げる。

「ただいまより、学科試験の合格発表を行います。試験を受けられた方は、合格発表板の前にお集まりください。合格発表板に受験番号が発表された方が合格です。 それでは合格を発表します」


 金次郎は、合格発表板を緊張の面持ちで眺める。

 そのとき、合格発表板に金次郎の受験番号77番が点灯した。


「よしっ!」


 金次郎は喜びの声をあげた。


 金次郎のランクアップの瞬間である。

 運送会社に勤める金次郎にとって、大型免許に受けるということは、仕事の幅が広がるため、この合格は先々のトラック人生において大きな意味を持つ。


 金次郎は、意気揚々とアナウンスの指示に従い、はずむようにその後の手続きへと向かっていった。


 手続きが済み、手にした免許証に新たに『大型』という文字を見つけ、金次郎はすぐさま祖父に電話した。


「あ、じいちゃん? ちゃんと受かったよ! いやー、緊張したよー。 これで俺もようやく11tが乗れるわけだ。 早いとこでかぶつを乗りこなして会社に貢献できるように頑張らないとな!」


 金次郎は、祖父に用件と喜びを伝えると切って、今度は姉に電話をかけた。


「あ、姉ちゃん? 受かってたよ! いやー緊張したよー……」


 金次郎は、祖父と同じ内容を姉にも伝えた。


 電話を切って、自動車学校を出る。

 自動車学校の建物を抜けると、明日から違った人生が待っているような、そん気がした。



 姉の住むマンションに帰宅する。

 金次郎は姉と二人暮らしだ。

 金次郎の姉、一松春江は大学を休学し、金次郎と二人、祖父の一松運送に勤めている。


 玄関扉を開けると、中から夕食の香りが漂ってきた。


「あれ? 姉ちゃん、今日は早かったんだな」


 一人つぶやきながら、リビングの方へ歩く金次郎。


「どうしたんだねーちゃん? 久しぶりに晩飯なんか作って……」

 リビングに入ると、そこには祖父の金太と姉が座っていた。

 そして、目に入るテーブルに所狭しと並べられたごちそう。


「よお! 金次郎」

 金太が声をかける。


「じいちゃん来てたのか! しかし、どうしたんだよ。こんなごちそう。ねーちゃんが料理なんて珍しい」


「いやね。おじいちゃんが、金次郎がついに大型免許を取ったってすごい喜んでね。 祝ってやらないと気が済まないって、食材を買い込んで作ってくれたんだよ」


「ああ、やっぱりそうか。 姉ちゃんだと、こんなごちそうは作れないもんな」


「おいっ、私だって手伝ったんだからね」


 金太は笑みを浮かべる。

「春江は母ちゃんと一緒だからなあ。 包丁よりも、ハンドルの方が性に合っている」


 和やかな会話が交わされるなか、玄関のチャイムが鳴り響く。

 金次郎が玄関に行って来訪者を迎えにいく。


 玄関扉を開けると5人の男が立っている。


「こんばんは」

 5人はそろって、言った。


「おお、みんなどうしてここに?」


「金ちゃんのお祝いに決まってんだろ」

「社長に呼ばれたんだ」

「お邪魔します」

 5人を部屋に迎え入れ、リビングに案内する。


「よし、全員そろったところで、はじめるとするか。 今日は、トラック一本で生きていく孫にとって、大事な一歩を踏み出した日になった。 トラック乗りの先輩として、大型トラックの運転を孫に教えてやってほしい。 直接指導してやりたいのだが、俺の体がこんな状態ではそれも難しい……。 会社にしても、なかなか厳しい状況で社長として不甲斐なく思っている。 皆には、苦労ばかりかけてしまい、俺にできることはもう、ないんじゃないかと……」

 金太は言葉を詰まらせ、うつむいてしまう。


「おじいちゃん」

 姉の春江が優しく祖父の肩を抱く。


「大丈夫ですよ。 春ちゃんと金ちゃんという立派な孫がいて俺たちがいる。 何も心配いりませんって!」

 従業員のリーダー格である沢村の野太い声に金太は顔を上げる。

「そうですよ。考え込んでも仕方がない。 仕事に打ち込んでさえいれば気が付いたら逆境なんて抜けています!」

 従業員の横峯も続いて、励ましの言葉をかける。


 複数の優しいまなざしが金太の目に映る。

「すまんな……皆には助けられたばかりだよ。 よしっ! 湿っぽい話はここまでにして、せっかくの料理が覚めてしまうから、乾杯にしよう! 準備はいいか

 ?」


 それぞれが飲み物を手に持つ。


「乾杯!」


「乾杯!」

 金太の音頭に一松運送一同が答える。



 こうして、食べて飲んで話しての和やかな集まりは20時まで続いた。


「それじゃあ、そろそろ解散といたしますか」

 横峯が切り出した。

 男たちは立ち上がり、玄関に向かう。


「今日は、皆、来てくれてありがとう。 じいちゃんも飯作ってくれてありがとうな、ニラレバ炒め本当に美味かったよ!」


「じゃあな、金ちゃん」

「金次郎君おやすみ」


一同を見送った二人はリビングで祖父のことを話す。


「おじいちゃん、ああいう弱気なことをいうとは思わなかったな」


「年を取ると感傷的になるっていうからな。じいちゃんも年なんだよ」


「皆、健在だし、私も仕事に集中できるようにしたし、金次郎だって大型に乗れるようになって明るい兆しが見えてきているのに……」


金次郎には、祖父の憂いの理由がわかる気がする。

姉の春江のことだろう。


子供の頃から優秀で、なにをやらせても最高の結果を残してきている姉。

そんな姉は今、大学を休学し、不況により傾いている一松運送の再興のために本腰を入れてドライバーから、営業、運行管理、経理など、外勤内勤問わず精力的に働いている。


自分の力不足で孫に尻ぬぐいをさせてしまっているのだと、祖父は考えているかもしれないが、これは完全に姉の意志での行動なので、祖父が気にすることではないのだ。


姉の尽力むなしく会社をたたむことになれば、長く一松運送を支えて来てくれた従業員一同を路頭に迷わせてしまうことになる。

今、一番恐れているのはこのことだろう。


しかし、俺の姉ちゃんがいてこんなことが起きるはずもない。

祖父もそれはわかっているはずだ。



――やっぱり、じいちゃんはあのことが……。



にぎやかな集まりの後の妙な寂しさの中で、金次郎は一人決意の言葉をこぼす。


「俺がなんとかしてやるよ……」

口に出してみたものの、心の中では一人の人間に助けを求めていた。


文也さん、どうしていなくなってしまったんだ?

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