3話目 ウクアージは集まりたい
「なるほど……」
話を聞いた吟遊詩人は悩まし気に顎を撫でる。そして幾度かウクアージに言葉を投げかけ、少し待つと再びアルドに向き直った。
「……わかりました。相棒はこう言っています」
(よく今のやり取りで何を言ってるかわかったな……。俺も少しはわかったつもりになってたけど、今のはまったくわからないぞ?)
毎度の事ながら二人は言葉を交わしていない。なのに吟遊詩人はウクアージの心情を読み取りアルドに伝える。
「どうやらあの場所に時空の穴が開くのをウクアージ達は知っていたようです」
「え? ウクアージ(本物)も?」
「はい、相棒もなんとなくですが誘われる気配を察していた、と言っています。あの場所を目指して『あの時代』の他のウクアージ達も集っていた、と」
にわかには信じられない話を吟遊詩人は語る。
「つまり――集合場所だったのか。でも……どうしてナグシャムだったんだ? しかも何のために?」
当然の疑問をアルドは口にする。
「それは相棒もよく覚えていないそうです。ただ――皆で集まってなにかをするはずだ、と」
「ウクアージ達が集まって何かをする……ねぇ」
「大食い大会とかでござろうか?」
「かけっこの可能性も15%ほどあると出ましタ」
「……そんな平和なものだったらいいんだけどな。それで……俺たちはどうすればいい?」
アルドにそう訊ねられた吟遊詩人は一拍間をおいて、さも当然のように「連れて行ってあげてもらえますか?」と返した。
「いや、連れていきたいのは山々だけど――どこかわからないし」
「時空の穴を利用したということは別の年代に飛んだ、ということです。そしてその場所はきっと――ウクアージにとっても所縁のある場所なのでしょう」
そんな二人のやり取りに「ちょっといいでしょうカ」と、リィカが口を挟む。
「未来のミグレイナ大陸のどこかでナグシャムに携わる記録をどこかで見た気がしまス」
「え、未来で?」
「はい、未来ので、です。役に立つでしょうカ?」
直接関係があるのかわからないが、今はどんな手掛かりでも調べるしかないとアルドは腹をくくる。
「ま、行ってみるしかないか」
「調べ物をするなら――あそこがいいかもしれませんね」
吟遊詩人は救いの手を差し伸べる。その場所とは――。
※※※
マクミナル博物館――図書エリア。未来にある過去を綴じた場所である。大量の蔵書があり、各地の古い文献を仕舞われてある場所にアルド達はいた。
「うーん、来たのはいいけれど……」
広すぎるな、とアルドは思う。博物館図書エリアはとかく広い。あまりの蔵書の量に彼は眩暈を覚える。どこまで行っても見渡す限りの、本、本、本である。
「時間がかかるだろうな――」
そう思っていたアルドだったが――。
「ありましたね」
「早っ!?」
捜索開始30秒足らずで、アルド達についてきていた吟遊詩人が目的の物を見つけ出していた。
「よくわかったな?」
「ええ、ここは私の庭みたいなものなんですよ。私が書き留めた記録や歌も編纂されているはずですから」
「そ……そうなのか」
もう全部君一人でやればよくない? とアルドはちょっとだけ思ったが、すぐに頭を横に振る。
「それで――何を見つけたんだ?」
「ナグシャムの、とある貴族の商人の記録ですね――これによると彼はナグシャムの祭りで一山当てた後、一念発起しミグレイナ大陸に移り住み――その後その一族は理想とする遊戯施設の建設に着手したそうです。そしてその遊戯施設の看板に描かれた絵が残っていて、それが――」
そう言って吟遊詩人はその本のイラストの描かれたページを開く。
「これは……」
そこに描かれた奇妙な顔の生き物――アルドはそれを前にして顔を引きつらせる。
そう、とある未来、とある施設で彼はそれをすでに見ていたのだ。
「トト――ドリームランド……」
そこにいたのは『トト』くんと呼ばれる未来の遊園地「トト・ドリームランド」のマスコットキャラクターそのものだった。
※※※
「――久しぶりだな、ここに来るのも」
荒廃した施設、朽ちた看板、人のいないその遊園地にアルド一行はやってきていた。いるのは――徘徊する、元遊具の化け物だけである。
「いやあ、そっくりですねえ」
マクミナル博物館で見た本の中のイラストそのままの顔が入り口の看板としておかれているのを見て吟遊詩人が呟く。
「トト君は貴族の商人が飼っていたペットを、彼の子供が描いた絵が元になったらしいですよ?」
「ウサギをか」
「いえ、犬だったらしいです」
「ええ!? ……冗談だよな?」
「さあ……今となってはわかりませんね。もしかしたらとても耳の長い犬だったんじゃないでしょうか?」
アルドはトトの看板を見つめる。それはどことなく――ウクアージに似ているような気がしてくる。
彼は再び朽ち果てた遊園地の様子を眺める。
「それで、本当にここにウクアージに関係する何かがある――のか?」
未だ半信半疑なアルドだったが、繋がった糸は確かにここを示しているような奇妙な確信だけはあった。
「アルドさん――お気づきですカ?」
「ああ――」
リィカの問いにアルドは頷く。彼女が何を言いたいのか、アルドは理解していた。そう――ここで戦った、ある存在のことを。
「サイキック・イド――」
彼の妹、フィーネに宿ったジオ・プリズマに触れた能力者達から産まれた次元を超える超越的存在。アレならば、時空の穴を開けることは可能だと。
「全部が繋がっている。きっとどこかに――ウクアージ達もいるはずだ」
言い聞かせるようにそう言って一歩踏み出すアルドだったが――。
「ウクアージ?」
先頭を切って前に出たのはウクアージだった。まるで何かに引かれるように――ウクアージは一歩前に出る。
ウクアージは歩く。アルド達はそのあとをゆっくりとついていく。
確信があるのかウクアージの歩みに迷いはない。自然とついていくアルド達にも緊張が増してくる。この先に何かが待っている、と。
そして進んでいったその先には――。
「あ!」
最深部、まるでコロセウムのような円形の広場に木霊する『闘い』の音。
そこでは――無数のウクアージ達が戦っていた。
「戦ってる……でも――」
なんで、という言葉が出かけてアルドはすぐにそれを引っ込めた。なぜならすぐそばに、その答えがあったからだ。
青白く立ち上る闘志を纏った小さな闘士が、彼の横で待ちきれないとばかりに拳を握っていたのだから。
「行ってこい、相棒」
「……!」
傍らに居た吟遊詩人のその言葉に弾かれるように、ウクアージはその闘いの最中に飛び込む。そして――。
「うわっ……」
一体――また一体と――その戦いぶりはつむじ風が暴風に変わるように、どんどんと周囲を巻き込み大きく――強くなっていく。
暴風は意思を持ち、他のウクアージ達にぶつかり――弾き――ねじり――吹き飛ばし――
「……(b)」
あっという間にすべてのウクアージを蹴散らしたウクアージ(本物)は倒れた彼らの傍で勝ち誇る。
「すごい……」
「そりゃあそうですよ。アルドさんたちと毎日戦っていたんですし」
「(褒められたのかな?)しかし、やっぱりウクアージ達の目的って戦うこと、だったんだよな?」
「ええ、どうやらウクアージ達は各地に分かれ、高め合い――この地に集合して手合わせをしようとしていたようですね」
「だから、毎回挑んで来て、強くなりたかったのかな? いや……単に戦いそのものが好きなだけなんだろうか……」
アルドは考えてみるが答えは出ない。おそらくは、両方だろうと結論付ける。
すべてを倒し――より力強くなったように見えるウクアージ(本物)。だが、その上空で変化は起きた。
「次元の穴でス!」
今まさに、次元の穴が開き始める。そしてそこからは巨大な――。
「ウクアージ!?」
そう、まさにウクアージ『面(づら)』としか形容できない巨人が地表に舞い降りる。
無言で向き合うウクアージ(本物)とウクアージ(巨人)。
高まる緊張――アルドは息苦しさを感じる中、その対面をじっと見守る。
――そして、無言のまま、どちらともなく振り上げた拳がぶつかり合い――戦いが始まったのだった。
「うわっ……!」
荒れ狂う戦いによる風圧がアルドにも押し付けられる。
無数の拳戟――打ち鳴らされぶつかり合う二つの拳と脚。永劫に続くかと思われる――巨大なエネルギーの塊同士のぶつかり合いにアルド達は息を呑む。
小柄ながらもウクアージ(本物)は見事に巨人と渡り合っていた。パワーでも――技でもそれを凌駕するだけの力を示し、巨人を押し始めた刹那――唐突に戦いは終わりを告げた。
そう――(本物)が倒れることによって。
「ウクアージ!?」
「相棒!」
互角に――いや、一時的にせよ優勢になりかけたタイミングで急にウクアージは地面に倒れたのだ。ピクリとも動かないウクアージに一瞥もくれず、巨人は満足そうに天に吠えた。
「どうして!? 勝ってた……よな?」
「いや、あれは――力を吸われてます!」
吟遊詩人の叫びに注意してみてみれば、確かにウクアージ(本物)から溢れる煌きが巨人の方へと流れているのがわかる。
「あのウクアージ(巨人)は――ウクアージ達の力を吸い取れるようです。だから相棒は――」
「――――!!!!」
更に吠えたウクアージ(巨人)はなんと他のウクアージからも煌きを――力を吸い上げていく。
「助けに――」
向かいたい――と願ったアルドだったが――。
「あ! 穴に――」
彼らが押しとどめる前に、すべての力を吸い上げた巨人は満足そうに――次元の穴へと消えていった。
「相棒!」
「ウクアージ!」
倒れ伏すウクアージにアルド達が駆け寄る。
「……」
ウクアージは眼を瞑ったまま動かない。
「ウクアージ! ……まさか、し――」
最悪の事態がアルドの頭を過る、が――。
「……すぴー」
……。
「……寝てますね」
「心配させるなよ……」
力を吸われ使い果たしたウクアージは深い眠りについていた。そして――夢を見ていた。
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