2話目 ウクアージは遊びたい
ナグシャムは大きく赤い、東方ゼルベリヤ大陸の都市である。それは多くの人々の活気と共に、意匠の凝らした赤い建物が多く並び立つからだ。
笑顔の人々は様々な『遊び』に身を投じている。そうここは――街全体が祭りの都なのである。
猫レース、岩砕き、鐘撞き、それらをクリアすることで特典として商品が配られ、賑わいを見せているのだ。
「ここでいいのか?」
不安げにウクアージに訊ねるアルド。
「お祭りなら、気分転換に最適デスネ!」
「拙者もこの街は好きでござる」
早速遊びに行ってしまった二人をしり目に――件のウクアージ本人は、相変わらずボーっと虚空を見つめている。
「せっかく来たんだし、ウクアージも遊ぼうか……」
と、言いながら振り返ったアルドだったが、ウクアージの姿はどこにも見当たらない。
「どこに行ったんだ? いや――祭りを楽しんでいるならいいんだけど――」
ウクアージを追って辺りを巡るアルド。すると――。
「あ! あんなところに!?」
大鐘つき――鐘をタイミングよく打ち連続で叩ければ叩けただけ高得点になるゲーム、その鐘を突く長い棒の上に、ウクアージが跨っている。
「はい、お客さん頑張って!」
「……」
ウクアージのあの容貌――態度にも引かず、商売人として正しく店員のオヤジが接する。
しかし、その店員の掛け声が掛かってもウクアージは一切動かない。
「ほら、早くしてよ。次が待ってるんだよ、お客さん!」
このままではまずい、店に迷惑をかけてしまうと思ったアルドはウクアージに向かって叫ぶ。
「がんばれ、ウクアージ! ほらその鐘を敵だと思って打つんだ!」
そのアルドの声に反応したのか――ようやくゆっくりと大きく動き出す鐘つき――。
「いいぞ、うまい!」
一回、二回、上手に、こ気味良く鐘が鳴っていく。しかし、撞くたびに反動で鐘撞きは揺れ振動が大きくなり――それが最大になった時、鐘にぶつかったのだが――。
「あ!?」
跨っていたウクアージはぴゅー、とその勢いのままどこかに飛んで行ってしまう。
「ま、待てー!」「待つでござる~!」「見失いましタ!」
口々にそう言い街を駆け抜けるアルド達。
必死にウクアージを探して街を再び巡っていると――。
「あ、いた」
岩砕き――制限時間内にどれだけ多くの岩を砕けるのか、を競うゲームである。その岩の前にウクアージが突っ立っているのをアルドは見つける。
「さ、お客さんどうぞ! ……道具は使わないのかい?」
素手のまま佇むウクアージに店員が声をかけるがウクアージは答えない。
そして時間だけが過ぎていくが――岩を叩く気配すらしなかった。
「ほら、叩かないと景品が貰えないよ! 前のお客さんに『負けちゃう』よ?」
『負け』――その言葉に反応したのか――ウクアージはその両の拳で、猛然と岩を叩き始めた。
「ひっ!?」
鬼気迫る勢い――土煙の中――まるでそれは分身したかのように無数のウクアージが岩を叩いているように見えた。
「す――すごい」
アルドが呆然としていると、置いてあった岩はすべて砕かれていた。そして――土煙の中、再びウクアージの姿は消えていた。
「今度はどこ――」
アルドがそう言い切る前に、ひと際大きな歓声と怒号が彼の元に届く。
それは--猫レースのほうから。
「行け、1番!」「2番も負けてねえぞ!」「3番逃げろおおおお!」
猫四匹による賭けレースに、自然と観客の熱は上がっていく。
自分の賭けた猫が一位になるようにと皆が願う。願うのだが――。
「動けよ、4番! 何してんだ!?」
ひと際ブーイングを浴びている『猫』。スタート地点から全く動かずに、虚空を見つめているそれは――。
「……何してるんだ、あれウクアージ――だよな?」
見た目は最初に出会った頃そっくりの、小さな丸いフォルムのウクアージがそこにいた。
「いつの間に小さく? ……にしてもこんなところに紛れ込んじゃって」
早く連れ出さなければ――と思ったアルドだったが……。
「負けるなよ!」
再び響いた『負け』の声に弾かれた様にウクアージは走り出す。
「は、速い!」
すべての猫をぶっちぎってゴールラインに飛び込むウクアージ。ゴールして飛び跳ねているところにアルドは駆けよる。
「すごいじゃないか! ようやくやる気が戻ってきたみたいだな!」
その声に応えるかのようにガッツポーズを取るウクアージ。
「いやあ、ノリノリだな。いつもは何考えているかわからないのに、こんなに喜んで」
今日一日、ウクアージは祭りを堪能したようにアルドの目には映っていた。
感慨深く頷くアルドだったが――何か違和感が残る。そう――。
「なあ、どうして姿が戻ったんだ?」
「……」
ウクアージは答えない。答えずに、ただ『わからない』とでも言うように一回首を捻るだけだった。
「まあ、いいか。楽しんだみたいだし、じゃあそろそろ帰ろ――」
――うわあああああああああああああああああああああああ!?
「な、なんだ!?」
その時辺りに大きな悲鳴が木霊する。何事か――とアルド達が周囲を見渡した瞬間、その異変は目に飛び込んできた。そう――それは無数の――。
「ウ、ウクアージ!?」
そう、街のあらゆる場所から――あらゆる姿のウクアージが姿を現したのだ。
「1、2、10――と、とにかくたくさんデス!」
あっさりカウントを諦めたリィカをしり目に無数のウクアージが大通りを駆け抜けていく。
「もしかして――全部、違うウクアージがたくさんいたのか!?」
岩叩きの時、ウクアージが複数に見えたものもしかして――とアルドは思い至る。
猫レースの時もそうだ。元に戻ったのではなく、単に『別個体』だったのだと――。
「一体全体これは――」
「じ、時空の穴が空に空きマス!」
アルドが呆然とする間もなく状況が急変する。彼女の言葉に空を見るアルド。そこには見慣れた過去と未来と現在を繋ぐ時空の穴が口を開け始めている。
「あ、ウクアージ達が!?」
驚くのも無理はない。その穴に向かって無数のウクアージ達が飛び込んでいくのだ。その光景を呆然と眺めていたアルド達だったが――。
「あいつは……」
見覚えのあるウクアージがその穴を前にして立ち尽くしている。飛び込むでもなく、やる気を見せるわけでもなく――ただその場でぼーっとしていたのだ。
アルドの中でその姿が、直前まで見覚えのある姿と重なる。
「あいつ――ウクアージ(本物)か!?」
本物も偽物もないとは思うのだが、アルドは叫んだ。
「いや、たぶんどれも本物でござろう。匂いが、同じでござる」
「そ、そうなのかサイラス?」
鼻なんてなさそうな顔をしているサイラスにアルドは訊ねる。
サイラスは小さく頷く。
「そうでござる。で、ござるが――『あやつ』が本物――というのも間違いなさそうでござるな。恰好が同じでござるし」
サイラスの言うように確かに今アルドの視線の先にいるウクアージはこの街に来て別れたウクアージと同じ姿かたちをしていた。
何度も戦い到達したウクアージの姿――それはよく見れば見間違えないものではあった。
納得したアルドだったが――ウクアージってたくさんいたのか、という驚きと、どうして時空の穴が開いたのかという戸惑いを隠せずにいた。
「あ、行くみたいでござる!」
やる気無さそうに穴を眺めていたウクアージだったが、穴が閉じかけると何かを決意したかのように穴に向かって走り出す。走り出したはいいのだが――。
ぎゅ――。
閉じかけた次元の穴に、ウクアージの頭が挟まった。
首は向こう側、見えている下半身だけがぴょこぴょこと動く。
しばらくもがいていると――ウクアージはこちら側に排出される。
――コロリン、と地面に転がったウクアージはつぶらな瞳で閉じた穴があったあたりを見つめていた。
「――大丈夫か?」
「……」
しょんぼりしたように項垂れるウクアージ。
「向こう側に行きたかったのか?」
反応はない。反応はないがウクアージの瞳は――、一点を見つめていた。
その様子を暫く見つめていたアルドは、なぜだかウクアージの言いたいことが分かった気がしてきた。それはウクアージが、彼の仲間のように映ったからだ。
仲間――そう、アルドの旅についてきてくれる頼もしい、そして愉快な仲間たち。
ウクアージの様子を見て、アルドはその気持ちが初めて自分と重なるのを自覚する。
そう――
「そうか――というか、仲間に会いたかった……のか?」
「……」
やる気がなさそうに見えたのは寂しかったからなのか? とアルドは思い至る。
ウクアージは仲間を求めて此処へと来たのだ、と。それがどうしてここで? という疑問は一旦横に置いて。
「なら――会いに行こうか」
どこに行ったのかわからないが、アルドはそう口にする。
アルドの気遣うような優し気な声に、今まで反応が無かったウクアージが、すっ――と立った。
その様子を見て満足げに微笑むアルドだったが――。
「だが、どこに向かうでござるか?」
サイラスに訊ねられアルドは頭を掻く。
「だよなあ……」
そもそもウクアージがどうしてこんなに大量にこの場所に現れたのかも、どこへ向かったのかもわからない。
わからないことだらけなのだ。だが――。
「とりあえず、詩人のところに戻ってみよう」
謎を抱えたままアルド達は一旦次元の狭間へ戻ることにした。ウクアージの相棒たる、吟遊詩人に事の顛末を伝えるために――。
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