1話目 ウクアージはやる気がない
次元の狭間。
現世と過去と未来を繋ぐ場所。
そこには酒場があり、様々な『扉』がいろんな場所へと繋がっている。
ここはその一角。
石畳だけの広いその場所で、今日も『それ』は戦っていた。
「よしっ」
アルドが愛刀オーガベインを振りぬくと『それ』はゆっくりと石畳に倒れる。
そして、暫くすると悔しそうに起き上がり、どこかへと一人姿を眩ませ消えていく。
「……いつもどこへ行くんだ、ウクアージは?」
「相棒は恥ずかしがり屋の負けず嫌いですからね」
戦いを見守っていた吟遊詩人がアルドに答える。
『それ』こと『ウクアージ』はこの次元の狭間で、この物語の主人公であるアルド達と戦いを繰り返していた。
戦い、敗れ、時には勝ち、しかし次には負け――アルド達と好勝負を繰り返す。そしてウクアージは飛躍的強くなり――彼らの技を戦いの術を習得していった。
最初はこぶしほどの大きさだった体躯も変化を繰り返し、時には大きく、時には力を保ったまま小さく――成長に合わせて姿を変えていた。
今は――少年ほどの身体のサイズで落ち着いていた。
「なあ、あいつ何処から来たのかな?」
ふとした疑問をアルドは口にする。問われた吟遊詩人はただ首を一つ、横へ振る。
「知らないんですよ、本当に。ただひょっこりと現れて、ご飯を上げたら付いてきただけなので」
「ふうん」
アルドもそれ以上は追及の仕様がないのでそこで会話は途切れる。
「まあ、明日にはまた戻ってくると思いますので――」
吟遊詩人はいつものようにそう答える。しかし――翌日になってもウクアージは戻ってこなかったのである。
いや、正確に言えば――『戦いの場』に。
※※※※※
「様子がおかしいんです」
翌日その場に赴くと吟遊詩人は神妙な顔つきでそう言った。
石畳に座り、その焦点の合わない目で虚空を見つめるウクアージ。
それを見て、アルドは思った。
(……いや、いつもおかしい)
「今日はいつにも増してふさぎ込んでて」
(……いや、いつも何も喋ってないような)
「戦う気もないようなんです」
「たしかにそれはおかしいな」
一瞬にして納得したアルドに吟遊詩人は続けて告げる。
「というわけで、相棒を遊びに連れて行ってあげてくれませんか?」
「……なんで?」
「何事にも気分転換が必要だと思うのです。戦いばかりでは人生も飽きる、とは思いませんか?」
「まあそりゃあそうかもしれないけど……」
ふとアルドが視線をウクアージに戻すとウクアージは本当に退屈そうに――大の字になって寝ていた。
(……確かにこのままだと、こっちもちょっと寂しいな)
アルドはウクアージとの闘いの日々を振り返る。
戦った者同士にしかわからない――何かの絆をアルドは感じていた。
「いいよ。でも――保証はしないよ?」
「ありがとうございます。相棒を宜しくお願いします」
※※※※※
吟遊詩人に乞われ、アルド達はウクアージを連れて旅立った――のだが。
「正直、どこへ行ったらいいんだろう……」
次元の狭間から出て、故郷バルオキーに着いた彼らだったが、この長閑すぎる村には何もなかった。せいぜいが――魚釣りぐらいである。
口をだらしなく開けたウクアージに釣り糸を垂らさせてみたアルドだったが――。
「うん、全然だめだな」
ウクアージは釣り竿が魚に引かれるまま池に落ち――湖面にぷかぷかと浮いていた。
「どうすればいいと思う、みんな?」
それを眺めていた仲間は一様に首を横に振る。
みんなウクアージの興味を引くものなど思い浮かばなかったからだ。
「5%の確率デ 魚釣りを気に入るとデタのですガ……」
「拙者も池に浮かぶのは好きでござるよ?」
ピンク色のメカ少女リィカと見た目カエル人間に変化してしまったサイラスの意見は今後採用しない――と暗黙の了解が生まれる。
「なあ、ウクアージはどこか行きたい場所はないか?」
日向ぼっこをしているウクアージにアルドは訊ねる。
しかしウクアージは空を眺め、動かないし、答えない。
「言ってることがわかればな――って言ってすらいないもんなあ」
「しかし吟遊詩人さんはちゃんと意思疎通を取れていまシタし、アルドさんも可能ではないカと」
「無茶言うなあ……それならリィカが試してみてよ?」
「確かにアルドさんの言う通りですね。わかりまシタ……」
そういうとリィカはウクアージと向かい合い、見つめ合う。
「――解析中……」
そう一言言った後、しばし無言で繰り広げられたメカ少女と謎生命体のにらみ合いは――三十秒後に終わりを告げた。
「――わかりましタ」
「本当か?」
「ええ、ウクアージは――何も言ってない、と」
それを聞いたアルドはずっこける。
「空気の微弱振動も感知できませんし、本当に何も言っていませんネ!」
「やっぱりだめじゃないか!」
「シカタないじゃないですか? どんな物事も解析には時間がかかるモノなのです」
そういうとリィカはウクアージの背中に電池パック程度の機器を取り付けた。
「それは?」
「解析装置ですね。皮膚に張り付き、脈拍、呼気、体温変化を測定しウクアージの感情を読み取る――」
「おお!」
「――ための、データを集めます」
「……念のために訊ねるけど、それ……」
「解析には……一週間――程度でしょうか?」
「……やっぱりだめじゃないか」
アルドは落胆し、溜息を吐く。
「なあ――本当にどこか行きたいところないのか?」
ダメもとでもう一度訪ねるアルドにウクアージは――やはり答えない。
答えない――がその背後に……。
「……」
アルドは吟遊詩人、その姿が木陰からチラ、と覗いていることに気が付いた。
しかし吟遊詩人は指先を口に当てると、黙っているように、と合図を送ってくる。
アルドはそっぽを向いているウクアージを確認すると、吟遊詩人のほうにゆっくりと近づき、話しかける。
「……何してるんだ?」
「いや、心配でして」
小声で彼が返すと、アルドは眉をしかめる。
「なら、ついてくればいいじゃないか?」
「いえ、私がいたら相棒の自主性を促せないかもしれないじゃないですか? それに私は――どこにでもいますし」
「……確かに、いやそういう問題でもないと思うけど」
そのメタ発言を聞き、確かにどの町にも彼は姿を現す気がしたがアルドは釈然としない気持ちでそう呟く。
「そしてそれは正解だったようです。相棒は――どこか行きたいみたいですね」
「え?」
吟遊詩人のその言葉に思わず振り返るアルドだったが――そこには相変わらず胡乱気な瞳で空を見つめるウクアージがいただけだった。
「わかるの?」
「ええ、どうやら――大陸の向こう……活気のある場所に行きたい、と言っていますね」
アルドが何度見しても、ウクアージがそんな意図を発しているようにはまったく見えない。しかし吟遊詩人は強く断言する。
「大陸の向こう――って東方か?」
アルドがもう一度ウクアージを見ると、確かに東の方を向いている……ような気がした。
「東方ねぇ……」
いまアルド達がいるミグレイナ大陸の東――海を渡った先にある――ガルレア大陸。
そこは意匠の凝った華やかな街並みや、刀を下げた武人や兵、着物を着た町民が多く存在している。
「東方で活気のある場所――」
「ああ、あそこがあるでござるな!」
「うわ! びっくりするだろ?」
いつの間にかアルドの背後に来て、話を聞いていたサイラスが声を上げる。
「なんだ、サイラスは何処かあてがあるのか?」
「嫌でござるなあ、東方一、活気のある町なんてあそこしかないでござろう?」
その言葉に二秒だけ考え込んだアルドだったが、すぐに答えは出てきた。
「ああ、あそこかあ……確かに、いろいろあるもんな」
「いいですね。私もわかりました――気に入る確率は99%です!」
「じゃあみんなで行こうか……って、やっぱりついてこないのか?」
出発しようとするアルド達だったが、吟遊詩人はその場を動かない。
「ええ、私は見送るだけにしますよ。みなさんを信用して」
『なら、なんでここに来たの?』という言葉をアルドは飲み込んでその場を後にする。
なんだかんだ言って、彼も相棒のことが心配なのだとは思う。思うのだが――
「そう思うなら、やっぱりくればいいのに」
そうぼやいてからアルド一行は港町に移動し船に乗り向かった――辰の国――ナグシャムへ。
……その間、どことなく背後からの視線を感じながら。
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