第4話 魔王の誘惑「世界の半分を…」
「ふぅ……」
魔王は一通り暴れて冷静になった。
荒野だった場所は流星群が落ちたかのような穴ぼこ地帯になっていた。
切れてしまった頭の血管も魔法を使って治癒しておく。
「で?」
「だから俺はお前とセッ○スしたい!」
ズガガガガガガガガッ!!!!
地面の穴がさらに深くなった。
この世界で最高峰の魔法に襲われた勇者はというとピンピンしている。
聖剣って本当にズルいと魔王は思った。
「のぅ。ちょっと話いいか?」
魔王はこめかみを押さえながら勇者を放置。
ひたすらに縮こまって魔王の怒りが収まるのを岩陰に隠れて待っていた勇者パーティを手招きした。
「なんじゃ……その…勇者はいつもこんな感じなのか?」
「あぁ……」
どうやっても勝てないと諦めて近づいてきた勇者パーティの女剣士がひどく疲れた顔で頷いた。
ちなみに女剣士の剣は降り注ぐ魔王の魔法を受け止めようとして早々に砕け散っている。
「町や村に寄っては片っ端から美女へ声をかけている。ただ、あんな言い方と思考回路なので誰からも相手にされない」
「そうじゃろうな」
同じナンパ男達の中でも最底辺だろう。
というよりも、歩くセクハラマシーンだ。
「女剣士や聖女も妾ほどでは無いが、人間ではかなりの美しさであろうに」
「さっきから言っているが、俺は巨乳派だ! それに女剣士は鍛え過ぎて腹筋ガッ!?」
女剣士が渾身の力で勇者に拳骨を落とした。
どうやら直接的な物理ダメージを与えれば勝機はあると魔王は分析する。
「あー。苦労しとるな、お主」
「魔王から労られるとか予想外。だけどまぁ、ありがとう。本当にコイツは悪い奴じゃないんだけどね」
コイツ呼ばわりされた勇者は頭部が地面に埋まっている。
もぞもぞと動いている所を見ると無事なようだ。
「前回の軍勢を見た時も、『巨乳美女がいっぱいだ! 人間なんかよりきっと魔族の方が俺を受け入れてくれる!!』って手当たり次第に求婚して、気持ち悪がられて逃げられた」
部下からの報告には勇者による多大な精神的ダメージを受けて戦線復帰がしばらく不可! と書いてあった。
まぁ、魔王としてもゴキブリ並みに生命力の高いこの変態からしつこく迫られれば逃げたくもなる。
「どうせ使い捨ての道具なんだからせめて幸せにはなって欲しいけどね」
老賢者と聖女が二人がかりで勇者を引き抜いた。
うんとこしょー! どっこいしょー!
まるで大きなカブだ。
「使い捨て……じゃと?」
魔王は女剣士の話に引っかかる所があり、問いただす。
「私達は寄せ集めの捨て駒さ。私は剣聖の妹、老賢者は死に場所を探す世捨て人、聖女は変に発言力を身に付けたせいで教会から体よく追放された身さ」
ふむ、と魔王は顔に手を当てて考える。
魔族は魔王の指揮の元、何が何でも人間に勝とうという目的があり、各部族の長や実力者が幹部に就き、魔族の象徴であり、討たれれば敗北が決定する魔王自身がこうして前線に出ている。
しかし、人間側は予備の戦力から投入し、戦いが終わった後の保身を残している。
ーーー賢いというか、小狡いな。
数の差は人間が有利。物量で押し勝つつもりだろう。
そうやって魔族は度々人間に競り負けてきた。
勇者が魔王に強いというのは歴史が証明している。聖剣が認めればすぐにでも次の勇者が現れる。
「勇者よ」
「なんだ魔王?」
「世界の半分をやるから妾に仕えないか?」
「「「なっ!?」」」
驚きの声を出したのは勇者以外の三人だった。
今、魔王は勇者を勧誘している。敵対する軍勢の最高戦力を。
ーーー考えれば簡単な事。次から次へと湧くならその大元を潰す。生きた勇者と聖剣が魔族に渡れば妾に拮抗できる者はいない。
勇者レベルのど変態が他にいない事を祈りながら、魔王が手を差し出す。
この手を取れば、勇者は人類の裏切り者として後世まで呪いの対象となるだろう。
逆に誘いを跳ね除ければ、これからも命をすり減らしながら魔族と戦い、いつか死ぬ。勝たなければ名誉は残らない。
「悪い提案ではあるまい。仲間の命は保証してやろう。同情してやりたいくらい悲惨だからな」
随分と手ぬるい事を言っている自覚が魔王にはある。
だが、このままではコイツらは報われない。
自らを魔族の中で最強だと自負している魔王の策略を打ち破り、ついに魔王本人を戦場に立たせるくらいに奮闘した者達への称賛はあってもいいだろう。
「どうじゃ?」
勇者パーティは困惑していた。
魔王からの提案は彼らからすれば喉から手が出るような甘い誘惑だ。
しかし、それを決めるのは勇者に任せるとばかりに沈黙を保つ。
「……断る!」
「そうか、なら交渉はーー」
「俺は世界の半分なんていらない! 魔王、お前の全てが欲しい!!」
「ふぇ?」
クールな魔王の顔が消えた。残っているのは豆鉄砲で打たれたハトみたいな表情。
「正直、偉い連中の言いなりも飽きていた。俺は馬鹿だから難しい事は知らないが、人間は魔族より腐っている。貧困のせいで食い物が足りず巨乳が少ねぇ! 男は戦争で死んで、女は身売りするしか金を稼ぐ方法がねぇ! それでも魔族に殺されるよりは……だけど、人間に殺される人間の方が多い」
勇者の言う事は事実だった。
魔王率いる魔族は人間を痛めつけ、必要以上に死者を出さずに足手纏いとして送り返している。
魔王は知っている。
敵を殲滅した所で、人間界を魔族だけで管理・維持する事は不可能だ。
だから人間を支配下に置く事を第一にしてきた。
「でも、そんな事はもうどーでもいい」
人間界の全てを、勇者は投げ捨てた。
「俺は今日、お前に会った。運命を感じた。おっぱいデケェし、腰回りは柔らかそうだし、ケツもデケェ。髪も綺麗で目なんか宝石みたいだ。その上で戦いにも強くて賢くて、王様だってのに命を賭けて俺達と戦いにくる度胸もある」
「う、うん???」
ガシッと肩を掴まれ、畳み掛けるように喋る勇者。
魔王はその手を振り払う事も出来ずに、人生初の世辞抜きの誉め殺しを味わった。
「死んだ故郷の母ちゃんが言ってた。強くてべっぴんな安産型の母ちゃんみたいな女を選べって。俺はずっとその言葉を胸に生きてきた。俺を守る為に死んだ母ちゃんや村の連中の分まで生きてこの命を繋げるって」
語られるのは魔王の知らぬ勇者の過去。
まさかあのナンパにはこんな深い意味があったなんて……魔王と勇者パーティはそう思った。
「魔王。俺はお前が好きだ! 一目惚れしたから結婚してください! 絶対幸せにしてみせます!」
「えっ……その……いきなりで困るんじゃが……」
勇者は知らなかった。
この魔王は魔族の将来を考えるあまり、今までまともな恋愛をした事が無かった。
周囲の魔王軍幹部達は族長なので子沢山で、束の間の休みには実家で家族サービスをしていた。
そんな様子を羨ましそうに眺め、いつか自分にも素敵な王子様が現れないかなぁ〜と魔導書以外にも恋愛小説を読み漁っている生娘な一面がある事を。
「萌える。可愛い。ずっと抱きしめていたい。いい匂いを嗅いでいたい。離れたくない。子供は二桁は欲しい。というか、既に股間の息子が限界だ」
「はわわわわわっ……」
魔王の身を引き寄せ、熱い抱擁を交わす。
その様子を見ていたギャラリーの三人は、諦めて勇者側の応援に回った。
「勇者は体力馬鹿なので肉体労働全般はなんでも出来るわよ」
「ほほっ。乳と年齢の趣味は合わんが、浮気をするような軟弱な精神は持っていない。責任は取るし、身内第一で動く好青年じゃぞ」
「勇者様は小さな子どもにモテます。今なら助産師の経験もある私が付いてきます。聖女パワーでお産も心配無し。早期の職場復帰が可能」
彼らには帰る場所も待っている家族もいない。
だから結構必死だった。
リーダーの勇者が言うんだから仕方ないよね。
「返事はどうだ魔王!!」
「わ、妾はーーー」
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