第3話

「おい、こちら隊長。今麓にいるんだがやべえぞ。ベースが虫共に占拠されてる。テントも無線もグッチャグチャだ。あの二人組は無事なのか?」 

 入れ違いで入ってきた通信は隊長からだった。幾分声を潜めているが、地声が大きいため、トータルで見ると普通に喋っているのと変わりがない。地震虫は耳が良いので心配だ。

「隊長、今髑髏嬢ちゃんと濁天さんから連絡が有りました。今二人は村の入り口に向かってます。行って合流してきて下さい!」

 思わず通信機に向かって叫んでいた。

「後……もう少し声を小さくしてください」

「ああ?何だと火撫ぅ……」

 隊長が不満げな声を出す。

「まさか、俺が虫共に見つかるとでも思ってんのか?おいおい、心外だぜ……」

 忠告が気に食わなかったらしい。もうどうなっても知らないぞ……

「それによぉ、もし仮に見つかったとしてだ、それが何だってんだ?ええ?俺が虫共に殺られるってか?」

「はいはい、分かりましたよ。とにかく二人と早く合流して下さいね?」

「了解だ……あっやべえこっち見てる」

 言わんこっちゃない。

 隊長はその場から走り出したらしい。物音からそれが察せられた。

 非常にまずい。地震虫が村の入り口に向かった隊長を追いかけた場合、高確率で地震虫が村に気付く。

 一匹でも危険なのに、一つの群れが流れ込んだりしたら、恐ろしい結末が待ち受けているのは明白だ。殺戮に用する時間は長く見積もって一晩。その間に近隣住民を避難させ、人の味を覚えてしまったであろう全個体を駆除するのはほぼ不可能。

「困ったわね……取り敢えず麓の本隊に連絡を入れましょう」

「だな。避難もそろそろ終わる頃だろ。一人か二人派遣してもらって、村の入り口で迎え撃ってもらうか。」

 速やかに対応が決まり、何をすべきか明らかになった。

 そこで僕らは停止した。微妙な空気が流れる。

 誰が本隊に連絡を入れるか。

 たかが連絡、されど連絡。

 自分達のやっちゃった報告とその尻拭いを頼むのは中々気が引ける。

 全員で目を見合わせた後、緊急時ジャンケン—最初はぐーを省略し、三つの手が出揃ったあいこの場合はグーを負けにする、一人だけ勝った場合はそいつが負けというルール—で誰が連絡をするのか決めた。

「本隊に怒られる役目はどうせ俺にお似合いだよ……」

 今回の英霊はOrpheusオルフェウスさんに決まった。

「じゃ、移動しましょう。連絡は移動しながらでお願いします」

 Rageレイジさんの指示に従い、僕らは下山を始めた。

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 最早この一晩で慣れてきた山道を、一心に駆け降りる。右を見ると、Orpheusオルフェウスさんが走りながらサラリーマンのように通信相手に頭を下げるという器用なことをしている。

 左ではRageレイジさんが尾で地面を撃ちながら駆け降りている。駆け降りる、といっても彼女の足はほとんど地面につかない。尾の反動だけで移動している。

 僕は自分の兵装の確認をした。

 皆の間に会話が無いのは、やはり不安に支配されているからだろう。

 景色が後ろに流れる速度がどんどん上がっている。

 日の出まではかなり時間が有るが、月はかなり傾き、斜めに僕らを照らしている。

 その冷たい光は僕らに作戦の有効さを問うているようだ。

 本当はもう村は全滅しているのではないか……

 本当はもう地震虫達は、進行方向を変えて、他所へ向かっているのではないか……

 本当は……

 本当は……

 灰色の思考が頭の中を満たす。

 左のRageレイジさんに目をやった。不意に目が合う。

「心配しないで。上手くいくはずよ」

 表情に緊張が出ていたのかもしれない。

 不覚にも、その根拠の無い励ましで、心は幾分軽くなった。

「一旦、道から外れますよ」

 Rageレイジさんの後を追うように、僕は茂みへ飛び込んだ。

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 下山するのにそう時間は掛からなかった。

 それでも、その僅かな時間も、大きな影響を与えていたらしい。

 真っ先に目に入ったのは隊長達、三人の姿だ。かなり追い込まれているらしい。

 村の入り口の手前、ほんの十数メートルの位置で、激戦を繰り広げていた。

 村に入ろうとする虫達を逐一撃退している。しかし、防衛ラインは少しづつ後退していた。

 三人の内の一人、小柄な男が使う獲物は竹槍。地震虫の足を、一本一本地道に、しかし手早く破壊し戦闘不能に追い込んでいる。

 肩で、頭上で、背中で、鮮やかに回る竹槍が、稲妻の如き軌跡を描き、太い地震虫の足をへし折った。

 返り血を浴び、体じゅうから湯気を立ち昇らせながら竹槍を構える姿は正に鬼神。

 その人こそ僕らの隊長、Signageサイネージさんだ。

 一方、向こうで地震虫の頭に馬乗りになり、その両目を刺突武器で一直線に貫いているのは濁天さん。通信担当の少女、髑髏嬢の執事でありボディガード。

 その手に握られている刺突武器は、何と傘である。

 縁には凝ったレースの装飾が施されており、高級品であることが窺える。

 傘の先端は、通常のそれとは違い、鋭く尖っている。明らかに戦闘用だ。

 そして、戦闘に参加せず、気づいてもらおうとこちらに手を振っているのが髑髏嬢。

「皆さぁん!こっちですー!」

 その言葉が言い終わるより早く、Orpheusオルフェウスさんが駆け出す。両腿のホルスターに収められた短刀を抜いて。

 逆手で抜いた短刀を、器用に順手に持ち替えて、柄頭を両腿に叩きつけた。

 柄頭に隠されたスイッチが押され、兵装がアクティベート。グリップのLEDが灯り、アイスブルーの輝きを放つ。

 夜目に眩い白刃、振動式ダガーK 12カスタムが己の使命を果たすべくその身を震わせ始めた。

 馬手めての一振りは「四分六しぶろく」。弓手ゆんでの一振りは、「雲角うんかく

 共に、優秀な近接戦闘用の兵装である。

「四分六」は、真っ赤に赤熱し、「雲角」は青白い放電の円弧を纏っていた。

 その場で二刀を振り、夜風を切り裂くOrpheusオルフェウスさん。

 「じゃ……始めようか……」

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