17. 神崎 四季


「拳銃……ですか。」急に組長の自室に呼び出され、明日が任務の日だと教えられその上急に拳銃など渡され思わず動揺する。拳銃を使う任務など初めてだ。人生で扱った事も無い。それだけ大変な任務なのだろうとこの拳銃一丁で察した。

「ああ。扱いは適当な奴に聞け。練習場に居る年上の輩なら知ってるだろ。」今日も組長は人と話しをしながらタバコの煙を口から吐いていた。この人は人を呼んでおきながら、人と話す気が無いのだろうか。だとしたら出来る限り呼んで欲しくないとまで思った。

「了解です。」私はその拳銃をジャケットの内ポケットに入れると、そのまま立ち去ろうと扉の方へと踵を返す。「あー待て。」少し眠そうな声で呼び止める声。仕方が無いので少しイライラしながらも扉に手をかける寸前で、彼の方を向いて立ち止まった。

「部下達から心配の声が上がっている。呉々も怪我すんじゃねぇぞ。」心配?バカバカしい。掠り傷程度の大した怪我でも無い上、そこまで私は弱く無い。心配するだけ無駄だ。ただの杞憂。「心配には及ばないと部下達に伝えておいてください。それでは。」これ以上話しを聞き続けてもイライラするだけな気がしたので、扉を乱暴に閉め組長の部屋を後にした。


小さな溜息が聞こえた気もしたが、聞かなかった事にした。取り敢えず明日に向け特訓をしようと思い、自室に戻りこの間作成して貰ったナイフを手に取り、練習場と呼ばれる場所に移動する。拳銃なども使うので勿論、地下に練習場は作られている。

「四季様。いらっしゃいませ。」地下の練習所に踏み入れると、丁度出入口の辺りで話していた組員に丁寧に礼される。名前は知らない。恐く、私の部下では無く他の者の部下なのだろう。少なくとも、見てくれから位や地位が高い人間にはそうそう見えなかった。それに、位がそれなりに高い組員なのであれば私を見かけた際に 側近様 と呼んだり、 姉貴と呼ぶ事が多いだろう。 恐らく、彼らはまだこの世界に慣れておらず、呼び方などにも慣れていない。それが2人の対応から透けた。

私はその組員達を無視して、ズンズンと奥に足を進める。理由は、そこに丁度自分の見覚えのある人を見つけたからだ。


「園田。東尾。貴方達も来ていたのね。」その見覚えのある人達と言うのは、外出する度に私の護衛をしてくれる園田と東尾。彼らも偶然この練習場に居合わせた様だったので、気軽に話しかけられるしこの2人に聞きたいことは聞こうかと考えたのだ。

「ええ。姉貴。姉貴は此方に何かご用事で?」東尾はプロレスラーや獣かと思う程ガタイが良く、色黒でタトゥーを入れていたりする為に、一見野蛮な男に見え勘違いされる事が多いが、内面はとても優しく丁寧で穏やかな男だ。

「ええ。明日の大切な任務の為に準備を。2人共、拳銃の扱い方知らない?私、今度の任務で拳銃を扱う必要があって、使い方を知っているのなら教えて欲しいの。」彼らは私の言葉に対して驚いた顔1つしなかった。それどころか、嬉しそうに「園田さん知ってるよな?な?」「はい。知ってます。」この2人を見ていると、部活動の後輩が部活動の先輩に話しかけている様にしか見えないが、今はその様な余計な事は考えずに居ようと自分の思考を任務の方へと戻す。恐らく、こうでもしないと2人が気になって気になって明日の任務の準備にならなくなってしまう。


「で、どう?教えて貰える?」2人共、部活の先輩後輩の様な雰囲気を醸し出していて、一向に話が進みそうに無いので仕方が無く自分の方から問いかけてみる。すると「どの様な物をつかうのか見せてください。」と言うので、私は素直に先程受け取った拳銃を仕舞っていた内ポケットから取り出す。どうでも良いので、成る可く早く教えて欲しい。その一心で。

「m1911っすね。45口径の。ただこれデカいんですよ。日本人の女性の手で扱うのは結構難しいかもしれませんが……近距離なら多分当たりますよ。火力も反動も大きいですがね。マニュアルセーフティーが掛かるので比較的安全とは思いますけど。」銃片手にスラスラと解説する園田。私とあまり年齢は変わらないのに、こんなに知っているなんて凄い。それが少し悲しくもあるが。


「東尾、的を用意してくれない?適当なサイズので良いから出来れば、余り使ってない綺麗なヤツで。」園田はまるで会社のデキる上司かの様に拳銃を観察するという作業を続けつつも的確に東尾にお願いを伝えた。

「これ、多分違法輸入品ですね。警察の物では無さそう。なので、これ紛失には気を付けてください。銃が違法とならば、恐らく弾も違法でしょうから。出来れば、相手の体内に残せる様な撃ち方をした方が良いと思います。」彼は私よりも拳銃に関して詳しい様だ。何故ここまで知っているかは敢えて聞かなかったが、彼は恐らく相当幼い頃からこの世界に居たのだろう。それが幾つなのか私は知らないが、私の年齢よりもきっと幼い。彼に過去に関して全く聞いていないが、直感で勝手にそう思った。


そんな説明を園田から聞いていると、東尾が丁度的を持って来たようで「園田さん。姉貴ー。」と言いながら的を台車に数体乗せてその台車を一所懸命に押しながら此方に向かって来る。「東尾。そこの印の所に置いて。で、あとはいつも通りの位置に並べて置いて欲しいな。」そこ。あそこと指揮を執る園田。恐らく、この男はこれから先この素晴らしい能力を見込まれ出世して行く事だろう。私は直感でそう思った。嫌、絶対にそうなると思った。

「準備、出来ました。姉貴。」此方にトタトタと駆けて来る東尾。トタトタと言うより、体が大きいのでノシノシ、ドタドタだろか。取り敢えず、此方に彼は戻って来た。彼は少し息を切らしながら、その顔に輝かしい笑顔を浮かべて私の前に止まった。「有難う。」私は一言礼を告げると「持ち方、教えて貰えるかしら?」と練習の開始を告げた。

「利き手、どっちですか?」すると、唐突に私の利き手を聞かれる。何の為に聞くのかまだ良くからず頭の上にはてなマークを浮かべたまま「右よ。」とだけ答える。銃を扱うのに利き手を知る必要があるのだろうか。それとも右手と左手と利き手が違うだけで扱うのに何か支障が出るのだろうかと色々考えたが一瞬では知識も無いので結論に至らなかった。

「僕の手を見てください。右手でまず僕の手の様に持ってください。」彼は、親指と人指し指の指間部のいちばん深いところにグリップの後部をあてがう様に握った。右側から他の三本の指で包み込む様なイメージだ。

「そして左手はこうです。」元々握っている右手の指を包み込むように握り、グリップ側面に隙間ができないように手のひらをしっかり添える様な持ち方。そして、グリップに添えている左手の親指を水平に伸ばして、その上にグリップを握っている右手の親指を乗せる。

「グリップの上の方を右手で握る事によって、しっかり握ることができ、銃が暴れずコントールしやすくなり、反動も抑えられるんですよ。」何て言って、そのままの手で的の頭部にあたる部分に向け弾を打つ。硝煙の香りが辺りに漂う。………嫌いでは無かった。

私は園田から先程弾を放ったばかりの拳銃を受け取る。「やってみて下さい。」そう言われる前に私は先程の見様見真似で銃を構えてみる。1度見ただけで覚えられる程器用では無い。所々迷うが何とか上手く持つことが出来た気がする。「上手いですね。流石姉貴です。」東尾は心底嬉しそうに告げた。彼の笑みを見ると、いつも彼から子供っぽさを感じる。少なくとも彼の方が私よりも歳上なのだが。

「撃って良いですよ。」と園田は言う。私は緊張の面持ちでしっかりと銃を握り腕を伸ばし引き金に指をかける。ドンッと引き金を引いた瞬間に自分の体に感じる大きな反動。射的の時に感じるのとは別次元の反動で思わず「おっ。」と声を漏らした。

銃口から放たれた弾丸は、勢いよく的へ一直線に飛んで行くと、そのまま的を貫通した。「お見事です。これをもう少し近距離でやると、確実的に相手を殺せます。あと、遠距離から狙う場合、相手の動作を阻む為に脹ら脛の辺りを撃つのがオススメです。」私は彼にそう告げられるとウンウンと頷く。あと数度練習すれば、上手く扱える自信が湧いてきた。私としては珍しい。

取り敢えず1度休憩にしようと思い、少し引き下がり「今から休憩にするのだけど、忙しければもう終わりで良いのよ。」と告げると、2人は口を揃えて「大丈夫です。」と言うので、私も「なら良いけど。」とだけ一言言い、そのまま踵を返す様に待機ゾーンへと移動をした。


その時、他の足音が聞こえる。他の組員だろうか。私はその足音の方に目をやると、最初見間違いかと思って目を擦る。見間違いでは無い。「どうしたの?」そこに立っていたのは、浅村。彼女はこの間私がピンポンダッシュを頼んだ組員だ。彼女は微笑みながら「差し入れです。」袋に入ったコンビニのおにぎりと、スポーツドリンクを持ち上げてみせる。

袋を受け取り、中を覗いてみれば、パッと見中におにぎりが10個ちょっとと、スポーツドリンク数本が入っていた。「有難う。」彼女は私が礼を言った後、それだけ渡すとそのまま立ち去ろうとしたので、「待って。」と思わず私は彼女を止める。

「良ければ見てって。食事も一緒に取りましょう。」特に理由は無い。ただの好意だ。私は他の2人の顔色も一応伺う。2人ともうんうんと頷いている。満場一致の様だ。「有難うございます。」彼女は丁寧に礼を言うと、そのまま練習場に足を踏み入れる。


この様な平和な時間も良いものだ。

過ごしていて少し楽しいと思った。

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