11. 笹塚 聖良


今日は様々な業務を一度に詰め込んでしまった為、本当に忙しく、先程組員に買い出しを頼み買ってきて貰ったコンビニのメロンパン、チョココロネとシーチキンおにぎりを自室で頬張る。俺は下手に沢山の具材が乗ったパンより、メロンパンやチョココロネの様にシンプルで限られた材料しか使用されていないパンが好きだったし、シーチキンおにぎりは安くて上手くてマヨネーズの味が確りとする上、シーチキンには油分があるので本当に食べごたえがある。

昼ご飯や夕飯をちゃんと考えるのが面倒だったり、ちゃんと考えるのが面倒だった時等に3つとも重宝している。シーチキンおにぎりの最後の一口を齧り終わり、それと同時に武器屋へ送る準備も一応終わった。


最後に残していたチョココロネを食べようと、チョココロネに手を伸ばした時、机の上に置いていたスマホがメールを受信した事を示す着信音を部屋に響かせる。

何だろうと思いながら真っ先にメールを開こうか迷うが、メールの一つや二つチョココロネを食べながら呼んだとしても、問題も発生しないしそちらの方が効率が良いだろうと考えたからだ。


チョココロネを頬張りながら、先程スマホに届いたメールの画面を開く。先程のメールはどうやら伊崎からの様だった。内容はいかにも簡単な物だった。


『今夜11時、添付ファイルの場所で。(添付ファイル)』


内容は時間と添付ファイルのみ。その添付ファイルの中身は地図で、その地図は繁華街の物だった。添付ファイルに書かれた矢印は繁華街の奥にある路地裏の一角を指していた。地図には文字が書かれている訳でも無く、ただそこに住所が書かれ矢印で指されているだけであった。恐らく、場所の名前等の文字を打ち込む程の時間は無かったのだろう。

その住所を丁度目の前の机に置かれていたノートパソコンのキーボードで打ち込む。どうやら検索した結果によるとその場所はホストクラブの様だ。男がホストクラブ?伊崎はそんな趣味だったか…と思い出そうとするがどうにも見当が付かない。ホストクラブで合わなければならない用事とは何なのだろうか。

取り敢えず行く先がホストクラブと決まれば、適当なスーツをクローゼットから出す事とする。流石に普段着ている様な明らか任侠の世界の人間に見える様な格好で行く訳には行かない。此世界で俺は様々な人間に知られ過ぎている。仮にホストであっても此方の世界と裏で繋がっている様な人間も存在するかも知れない。この間、組員の後をつける他の組員が発見され、処刑されたばかりだ。之から何か事が起こるかもしれない。だから、今は警戒しなければならない。


チョココロネを最後まで食べ終え飲み込むと、茶が飲みたくなったので外に居るであろう使用人に茶を持って来る様に命令する。

初めは茶だけを頼もうと考えて居たが、スーツを選んで貰おうと「今夜出掛けるんだが…良いスーツは無いか?」と部屋に訪れた使用人に聞く。使用人は少し俯き気味に首を振り「分かりません。」と蚊の鳴くような声で告げると其の儘立ち去って行ってしまう。冷たい奴では無いか。だから組員に昇格出来ないのだ。

だが幾ら考えても矢張り自分で考えたくは無い。ファッションセンスというものを俺は知らない。誰か知って居そうな奴が居ないかと思い浮かべれば、脳内に側近の顔が浮かぶ。仕方が無いのであの冷たい側近に頼むか、なんて考えていれば丁度先程の使用人が茶を持って部屋に帰って来たので、「神崎を連れてこい。」と告げる。使用人は相変わらずの蚊の鳴くような声で了解の意だけ伝え茶を机の上に置き立ち去って行く。

煩いのが嫌いだとは言ったが、正直ここまで静かで無くても良い。以前組員に適当な住み込みの使用人で使えそうな奴で静かな人間を雇って来いとは命令したが、ここまで静かだと「腹から声出せ。」と叱りたくなってしまうでは無いか。流石に自分の部下をそんな理不尽な理由で叱りたくも無いので今は我慢しておくことにしておく。今度別件でイライラしている時八つ当たりでもしてやろう。


暫くして、時計の針が丁度2時近くを指したあたりで再度使用人が、今度も1人で部屋に帰ってきた。「何故1人なんだ?神崎は?」使用人は俺の言葉にまた横に確りと激しく首を振り「何処かにお出かけになっている様でした…。」と蚊の鳴くような声で言葉を紡ぐ。側近に出掛けるような場所があること自体不思議で不思議でならないが、今はどうでも良いとして其の儘使用人を自分の部屋に上げることにした。

そして「そこの椅子座ってろ。」適当に近くにあった折り畳み式のパイプ椅子を指さして相手に座るように命令する。側近が居ないとすれば、組長命令で強制的にスーツを選ばせる他の選択肢は無い。「座って見ていれば良い。感想だけ述べ見てろ。」俺はクローゼットから数着のスーツを取り出すと、それをそのまま自分の椅子の上に置く。

流石の俺でも女性である彼女に着替えを見られるのは地味に恥ずかしかったので、「向こう向いてろ。」とドアの方を向く様に命令する。使用人の彼女はとても素直にドアの方を向くと、マジマジとドアを眺めて居るようだった。素直な面白い奴だと一瞬思いつつも、それより着替えを優先すべきだとスーツを急いで着る。それこそ、目の前にいる超純粋なこの女性を待たせすぎないようにだ。


「これはどうだ。」持っている中で一番上等なスーツを身につけ、何となく洒落た臙脂のネクタイと兎のネクタイピンで着飾る。目の前の使用人はこれをどう考えるのだろう。使用人は少しの間俺の顔を見ながらじっと何かを考えて居たが、急に口を開けば「僭越ですが兄貴。少し顔に化粧をされたら如何でしょう…?スーツは十分にお似合いですので、軽い化粧をされれば更に良くなると考えます。」等と言ったので、俺は試しに「お前は俺の顔を化粧する事が出来るか?」と問いかける。彼女か口だけで出来ない人間なのか、本当に出来る行動出来る人間なのか俺は知りたかった。

彼女は少し俯き気味になり小さな声で呟く様に「可能か不可能かと聞かれれば可能です。ただ、私の施す化粧が整った物とは言い難いですが。」と言う。どうせ伊崎に会うだけなのだから折角の手前を見てやろうと「表を上げろ。俺の顔に化粧を施せ。」と有無も言わせない勢いで告げる。彼女は顔を上げ動揺し、少し目を泳がせた後消え入る様な声で「承知致しました。」と告げる。

彼女がずっとここに居るのは何だか酷く苦しそうで、見ている此方も苦しくなる気がする勢いだったのでまるで人質を解放するかの様に「使用人の部屋に帰れ。時が来た時に此方が呼び出す。」と告げ彼女を使用人の自室に帰す。


学も親も無い彼女が丁寧に礼をして椅子を折り畳み片付けて帰っていく。彼女には昔から礼儀と言うものが欠けていた。だが最近の彼女はどうだ。まるで礼儀や道徳といったものを学校で習った小学生の様に、ぎこちないが礼儀作法を身に付け実践している。恐らく、神崎の教育だろう。俺は確か神崎に女の組員や使用人の教育を頼んだ筈だ。よく考えれば、神崎が来てから女組員達の雰囲気も変わった気がする。

前までは組長が来たら挨拶する程度、部屋に入る時に失礼しますの一言も無ければ、部屋を出る時礼をすることも無い。ただ、神崎彼女が来てからは変わった。使用人や組員達は皆部屋に入る際に失礼しますと一言告げる様になり、昔は守って居なかった側近や若頭を通して組長に連絡するという方式もきちんと守るようになった。正直拾った当時は戦える位で、15歳の少女がここまで有能だとは微塵も思って居なかったので驚いている。


着々と出かける準備をしていると、気が付けば時間は結構経過しており時計の針は4時を過ぎていた。ココ最近は本当に忙しく一日の時間の流れが酷く早い。損した気分だ。すっかり冷めてしまった茶を飲み干し小さな溜息をつく。丁度その時玄関のドアを閉めた音が微かに聞こえる。誰が帰って来たのかは確認して居ないが何となく側近が帰って来た気がしたので、廊下に出てみる。

「ただいま。」誰も見ては居ないのに家に入る際丁寧に挨拶する声。その声の主は此方へ少し早足で歩いて来る。良く考えれば他の組員達は別のフロアだが、側近の自室と組長の自室は同じフロアでその上隣だからそれは当たり前の事だ。「組長、此方でどうされました。」俺の目の前を通り過ぎる時、側近である神崎四季は不思議そうに問い掛けてくる。それもそうだ、俺が自分から廊下に出て自室の前で突っ立っているなんて殆ど無いに等しい。

「今日の夜22:00に出る場所があるから留守を頼もうと思ってな。行先の地図はメールで送っておいた。頼めるか?」取り敢えず彼女が興味を示さない限りは、自分の会う相手や会う相手である伊崎がどのような人間なのかは触れずに話を進める事にした。

「ええ。構いません。何かあればご連絡ください。」彼女は俺に何も聞かずに、ただ了承だけした。恐らく彼女の中で『聞く必要が無い。』と判断されたのだろう。彼女は相変わらず真顔で何を考えているのか表情に全くもって浮かべずその場所に無言で立っている。俺も何を話せば良いのか分からず無言の為、暫くの間二人の間に重い沈黙が流れた。


「部屋に戻って良いぞ。話は終わりだ。」結局最初に口を開いたのは俺で、二人の話に確りと区切り役割をした。側近はと言うと、俺の言葉に対して「了解です。」と表情1つ変えずに告げるとそのまま静かに自室へと入っていった。彼女が今の俺に対して何を考えて居たのかは俺は知らない。知る方法が無い。表情も声色も何一つ変わらない。彼女の感情や思考を読み取る要素が何一つ無いのだから。


「兄貴、準備は出来ましたか?」無駄に急かして来る運転手の組員。確かに集合まであと30分だが、30分もある。そもそも今から向かう場所は此処からそう遠くは無い。ただこの組員が時間に対してシビアなだけだ。「行くか。」彼をずっと待たせる訳には行かないと思い、屋敷を出るのには少し早すぎるがもう出る事にした。

「化粧、有難うな。」化粧品や化粧道具を片付けている使用人に礼を告げそのまま自室を去る。自室の目の前で運転手の組員は待ち構えており、早くして欲しい等としきりに言っている。内心はえーよと突っ込みながらも彼の性格が急くような性格なのは仕方が無い事なので何も言わずに玄関の方へと足を運ぶ。



「此方で宜しいでしょうか。」屋敷の近くの大通りとは1本違う通りの方にある繁華街の入口の手前辺り、 丁度5階建て程の黒っぽいマンションの目の前に止まった。一番下の階はネオンが輝いている。俺は煙草片手に助手席に座っていたが煙草を吸うのを辞め、灰皿に火のついたままの煙草を押し付けた。

「伊崎 蒼って言う奴を呼んでこい。」ホストクラブには行った事が当然無く、仕様など何も知らない。ただ、取り敢えず俺が先に入り知り合いに会う程危険なことは無いと考えたので、自分を呼び出した伊崎を組員に呼びに行かせる事にした。

暫くして、組員に着いてくる様にして伊崎らしき男が出てくる。伊崎はご丁寧にスーツを着ていつも適当に結んでいる髪の毛は、セットしていた。

俺は数秒伊崎らしき男の顔をじっと見て、伊崎である事を確認してから車の外に出る。「せーちゃんよく来たね。」伊崎は俺を確認すればまるで遠方から来た彼女に会う時の様に言った。

そうして、まるで自分の家を案内するかの様に「こっち来て。」と手招きすると、表の入口では無い何処かに歩いて行った。そのまま建物の裏に入ると、裏には鉄の重そうな扉がある。それも結構重厚なパスワードロックの付いた扉だ。

伊崎が慣れた手つきでパスワードを押すと、その重厚な扉は一瞬で開いた。「お前はもう帰って良い。用があれば呼ぶ。」ここまで律儀に着いてきて居た組員にそう告げれば組員は浅く礼をして立ち去って行く。扉の向こうは確かに壁紙等はホストクラブの物だったが、明らか普通のホストクラブとは違った。この部屋にはホストが居なかった。

「せーちゃん座って。あ、フルーツの盛り合わせと乾き物は頼んどいたから。これね。あとノンアルコールビール。大事な話するのにお酒入ったら出来ないもん。」一応形式上は、ね?と付け足すように伊崎は言う。テーブルの上にはフルーツと大量の乾き物。2人前どころか3.4人前は置かれている気がする。


ソファーに腰掛けるとキュルキュルキュルとお腹の音が鳴る。そういえば準備に夢中で適当に夕飯を済ませてしまったんだった…と夕飯の事を思い出す。恥ずかしさ半分で伊崎の方を見ると丁度伊崎がメニュー表を差し出していた。それも満面の笑みで。

「お腹空いたんでしょ。なんか食べな。これフードのメニューだから。」ホストクラブは一夜限りの付き合いで、女と男がひたすら酒を飲みながら会話を交わす場所だと思っていたが、そうでも無かったらしい。

メニュー表を開くと、殆どファミレスと変わらない位様々な食事が用意されていた。ファミレスと違うのは、料金が上乗せされ凄く高いと言う点だけ。写真に写っている写真の見た目も、メニュー表の雰囲気もそうファミレスと変わらない。

しかも良く分からないが、何故かこの部屋にはカラオケがある。ホストクラブはカラオケも設置されているのか。と思わず感心したくなる程、ホストクラブはただ男女が一夜を過ごすだけの場所では無いという事を理解した。

「じゃあピザでも頼もうか。お前も食うだろ?」適当なピザ数枚を注文する。どうやら注文はタッチパネル式の様だ。自分の欲しい商品を選択して注文ボタンを押す。正直伊崎が食べ無かったとしても自分が全部食べれば良いか。という感覚で頼んだ。伊崎はと言うと「うん。少しお腹空いた。」と言っていたので、彼が昔心底嬉しそうに食べていた記憶のあるラーメンでないのは申し訳無いが、まぁ良いとしよう。


「ピザは店員が運んでくれるから待ってて。話……始めて良いかな?」相手は俺にどうしても直ぐに話したい内容がある様で、普段の落ち着きが無い気がする。落ち着きの無い彼はどうにも好きにはなれないし、出来る事なら成る可く早くこの目の前の、少し焦った落ち着きの無い男を落ち着かせ、冷静に落ち着いた状態で普通の話をしたいと思った。

「話……か。大切な用なんだろ?早く始めろ。」彼も急かす気は全く無かった。その証拠に俺は今少なくとも冷静だった。何にも焦っていない。時間にすら囚われて居ない、そんな状態だった。ただ少し怖いとは思っていた。俺は今から伊崎が口にする言葉を理解出来る……いや、恐らくこれだという答えに辿り着き、答える際の言葉まで自分の脳内に考えてある。

「俺はせーちゃんに忠告する為に呼んだんだ。」伊崎の顔は笑っても泣いても居なかった。表情はただの真顔で無表情。この男がここまで真面目な表情を浮かべたの見たのは始めてだ。「なんの忠告だ?」俺は伊崎から忠告される様な行為をした覚えは無い。俺が何か悪い事をしたと勘違いしているのだろうか。 俺は裂きイカを人差し指と親指で摘み口の中に放り込む。口の中がイカの香りで満たされた。


「瀬尾さんがせーちゃんの命、狙ってる。今度瀬尾さんがせーちゃんを俺と組の支配下のホテルで会わせてその時、せーちゃんを殺す気だよ?」それを聞いて思わず笑いそうになった。組のトップである組長が組員を利用しないと逃げた組員の1人や2人も処分出来ないなんて…と。それは組長としてどうなのか…と。

「そうか。側近にも伝えとくわ。あ、此処に側近呼べば良いか。良いよな?伊崎。」側近である神崎四季にも情報共有せねば。と思ったが、正直自分で説明するのは面倒な上理解していない部分が多すぎるので伊崎に説明して貰おうと此処にようと考える。

「構わないよ。あ、僕の使いって言えば入れるから…。うーん。若頭様に用事を頼まれたとでも言って来て貰えれば良いよ。それなりに小綺麗な格好して来てね。って伝えて。ここ一応ホストクラブだから。」言われた通りの内容を適当に纏めて空のメールに打ち込む。

打ち込んだメールは『例の昼間に送った地図の場所に来てくれ。若頭宛に使いを頼まれたと告げれば入れるらしい。今同席している奴にそれなりに小綺麗な格好で来る様にと言われたのでそうしてくれ。』という内容の物で、恐らくここまで書けば相手にも伝わるだろうと思った。

「せーちゃんの選んだ側近さんがどんな人なのか気になるね。楽しみだ。」そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべ苺を齧る伊崎は、整った容姿をしていても何処か子供みたいでどうしても昔の子供の頃の伊崎と重ね合わせてしまう。思い出が有るのは悪い事では無い。それは重々承知の上だ。どうしても幼い頃の伊崎を思い出すと、若い頃の瀬尾も共に思い出すのだ。

昔は自分の事を弟の様に可愛がってくれたと記憶している。そんな人に自分を殺させるとは不忠でしか無い。組に対しての不忠云々の以前に、瀬尾個人に対して不忠だ。彼を思い出すのは嫌だった。胸が痛くなる。だから俺は伊崎の方から目を逸らし少し遠くをぼんやりと見た。この部屋には俺の感情を置いておく場所が無かった。

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