9.神崎 四季

強くも弱くも無い窓ガラス越しに部屋に差し込む陽の光に手元が照らされながら、半年前の事件を独自に調べた捜査資料を眺める。先程まで、武器商人がこの屋敷にやってきてオーダーメイドナイフの型どりや、素材の選択などに迫られていたので、大変疲れた。

少し時の細かい大量の資料を見ていると、目に「瀬戸水行」の文字。私はその名前を見てふと伊崎に復讐する序にこの際だから自分を誘拐した瀬戸の罪も立証してしまおうと考える。そうすれば一度に同じ事件に関わる二人の人間を同時に排除出来るだけでは無く、あの事件の真実を全て明るみにする事が出来るからだ。


あの日の夜、瀬戸は1度警察に囚われたが結局証拠不十分で無罪放免。犯人は不明のまま事件発生からもう半年が過ぎていた。未だ警察は犯人の手がかりを何一つ掴んでいないそうだ。被害者である私が、そして恐らく加害者でこの件の黒幕であろう伊崎が、死を覚悟する程深く体に傷をつけられたのに解決しないとは日本の警察は何をしているのだろう。

嫌、あの伊崎が犯人なのであれば犯人である自分自身が通報する訳にも行かないだろうし、例え何かの間違いで被害者であったとしても、あの男がヤクザの組の組員だという事情がある為、警察には届けずこの事件は世間的に無かったことになっているだろう。そう思うとより1層伊崎に対して殺意が湧く。彼奴が話せば瀬戸だけでも手っ取り早く捕まえられるかもしれないのに、警察には何も届けず何も話さない。そう思うと今すぐに殺したいと思う程殺意が湧く。


今はこの殺意を部屋に置き忘れておく事にして、取り敢えず瀬戸の調査をしようと考えた。実は私は彼と意外にも昔、僅かな間だが交友関係があったので知っている。実は瀬戸は過去に伊崎含む3人で顔を合わせた事があり、全く知らない人間と言う訳では無い。あの誘拐事件の時も私と瀬戸は互いに既知の仲であった。ので、私は彼が何処に住んでいるのかやどのような家族構成なのか、そして元々はどの様な職に就いていたのかなどを彼から直接話を聞いていた。

確かあの時彼は何でも屋という仕事をしていると言っていた。ただ、その何でも屋の仕事の内容を聞いても「危ない仕事だからダメだよ。」と言って答えてくれはしなかった。恐らく、その何でも屋というのは建前の話で実際の仕事内容は暗殺者…殺し屋?の様なものだったのでは無いかと推測できる。

だとすれば急がねばならない。此方が向こうの事を知り過ぎると向こうへ此方の情報をなかったことにしようと攻撃を仕掛けてくる可能性がある。彼の攻撃というのは恐らく暗殺。その準備をさせない。成る可く早く彼の証拠を秘密裏に握り彼をこの世の法で裁くしか確実的に解決する方法は無いだろう。

取り敢えず先ずは彼に関して詳しく知る必要性がある。ただその為には彼の写真がなければならない。生憎昔の私は自分の携帯を所持して居なかったので彼の写真など所持していない。取り敢えず参考画像として写真だけでも撮ろうと、今から彼の家の方へ行き写真を撮ることにしたが、作戦は全くもって思いつかない。ただいきなり彼の家に訪れた所で私が神崎四季だとバレれば全てが無駄になる。その時思いついたのが部下を使うという方法。ただこれも上手くやらなければ部下の命が危ない。


そんな事を考えているとキュルルルと腹が鳴る。時計を見ると11時半。そろそろ昼ご飯の時間だ。昼ご飯を何か適当に食べようとキッチンに足を進める。生憎、今日は誰もキッチンに居ない。誰かがいればいつも料理を頼んでしまうが今日に限ってその様な訳には行かないようだ。適当に棚から真空になっている米と、インスタントの長ネギの味噌汁を取り出す。考えるのも面倒くさい。食事など腹に貯まれば良いので、取り敢えず今日の昼ごはんはおにぎりとインスタントで済ませる事にする。

適当な小さな鍋に水を入れ湯を沸かす。その間に米は電子レンジで温めておく。電子レンジで良い感じに温まった米はそのまま蓋のフィルムを開きスプーンで半分位に分け2つのおにぎりにする。片方のおにぎりには梅干しを入れて、もう片方には適当に塩を振っておく。お湯も湧いたようなので、お椀にインスタントの味噌汁の具と味噌を入れて置いた所にお湯を注ぎ先程のスプーンで念入りにかき混ぜる。

完成した昼ご飯は酷く質素なものだが、これが一番私にとっては美味しい。味に間違いが無い上昔から食べ慣れているし準備も片付けも楽だ。洗い物が最小限に済むので変な時間を取られなくて良い。おにぎりにかぶり付き味噌汁やお茶で流し込む。約5分で終わった私の昼ご飯は事実作成の方が時間がかかった気がする。

昼を済ませた私は、組長に姿を見られない様にこっそりと屋敷の正面玄関から出る。出入口にいる門番には少し散歩すると告げて、そのまま組長に見つかる前に出る為に小走りで屋敷の敷地を後にする。運良く外の庭でも廊下でも会わなかったのが救いだ。

取り敢えず私は1件のカフェに向かう。そのカフェは1階にも2階にも座席が用意されており、そのカフェの2階のとある席からは実は瀬戸の家の玄関扉がよく見える。監視に向いているそう思い私はカフェに向かうことにしたのだ。

今日は本当に天気が良い。監視日和だ。カフェの木製の扉を開き中に入ると少し身長が小さめの女性店員がメニュー片手にどの席が良いか、客は何人なのか等聞いてくる。その質問に対して私は客が私含め2人であるという事と2階の窓から外が見える席が良いと答える。女性定員は「畏まりました。」と答えるとそのままメニューを私に渡し、階段の位置だけ紹介してキッチンの方へと歩いていってしまった。

席の紹介位しろよと思うが、今はそんな事どうでも良い。私にとって重要なのは、瀬戸の家の監視と瀬戸の姿を撮影する事。1人のなってない女性店員に構っている暇は無い。狭い階段を手すりを伝いながら登り2階の飲食スペースに足を踏み入れる。有難いことに2階の飲食スペースには誰も居なかったので独占状態だった。その上店員に用がある時は各テーブルの上にあるタブレットで呼ぶ仕様。用のない時に店員が来ないという点。うん。悪くは無い。


少し店内を観察してから、瀬戸の家の玄関扉が見える位置にある座席を選んでそこに腰を下ろす。事前に買っておいた焦点距離400mmのカメラレンズをカメラに付け、覗いて見るとハッキリしっかり瀬戸の家の玄関扉が見える。これで撮影し、再度コンピューターで編集しノイズカットすればはっきりと瀬戸の顔を確認出来るだろう。

腕時計の針は丁度12時45分を指していた。取り敢えず運良く人を使わずに彼の姿がカメラの画角の中に入らないか…と三脚を立てて瀬戸の家の玄関扉を見ていた。ただ一向に瀬戸が出てくる雰囲気は無い。その時だ。画面に1人の青い服を来た人物が映りこんだ。「宅急便?」どうやら彼は宅急便の配達員の様だ。インターフォンを何度押しても瀬戸が出てくる様子は無い。瀬戸は不在なのだろうか。その宅急便の配達員の男は、不在票を書くとポストへ投函して帰って行った。今瀬戸は家を留守にしている様だ。

それならここでただ待っていても暇なだけだと思い、タブレットで取り敢えずホットコーヒーを頼む。ホットコーヒーが私の手元に到着するまでそう長くはかからないだろう。その間に手早く三脚の片付けをする。流石にこれを見られたら追い出されてしまうかもしれない。追い出されてしまえばこの作戦を実行する方法が無くなる。そういう訳には行かなかった。


取り敢えず、いつ店員が入って来ても大丈夫な様にメールで部下に命令を送る。部下と言っても私よりも年上。名前は浅村莉子と言い、私よりも5歳年上の20の女性だ。もうこの組に入って2.3年が経つそうだが最近やっと使用人から昇格したらしい。

『この家にピンポンダッシュして。タイミングはこちらで送る。(添付ファイル)』添付ファイルで写真と住所を添えてメールに命令を送る。恐らく上司である私の命令であれば素直に従ってくれるだろう。ここから屋敷は約0.5km程離れている。恐らく10分もすれば遅くても到着するだろう。そう思いながら、充電が残り50パーセントを切ったスマホにモバイルバッテリーに突き刺す。

「ホットコーヒーです。」丁度此方が連絡や片付け等諸々が終わったタイミングで店員がホットコーヒーを持ってくる。「ありがとう。」手短に礼を告げると店員はそのままホットコーヒーをテーブルの真ん中に置いて立ち去っていく。辺りの空気はホットコーヒーの良い香りで包まれている。気が向いたら飲んでやろう。そう思った。

取り敢えず先程片付けてしまったカメラをもう一度セットする。セットが無事終わり取り敢えず先程自分のテーブルに届けられたホットコーヒーを冷める前に飲む。香りの良いホットコーヒーはただ飲むだけで口の中に、いや周囲にまでコーヒーの良い香りが広がる様な感覚になる。今度は今日みたいに不純な理由では無くて、お茶をするという目的で来よう。そう考え先程受け取ったメニュー表をスマホのカメラで撮る。取り敢えずこれ以上する事も無かったので、カメラを覗きながらぼーっとしていた。



暫くして、時計の針が2時を指した頃。カメラに瀬戸の帰ってくる様子が映る。取り敢えず撮影はしたが、後ろ姿の為恐らく情報屋に提供するのに相応しくは無いだろう。取り敢えず空のメールを取り出し、そこに『ピンポンダッシュして。宜しく。』と一言打ち準備をする。カメラの準備をし何時でも瀬戸の顔の写真を撮れる準備をして、メールの送信ボタンを押す。

カメラに映るトタトタと瀬戸の玄関扉目掛け走っていく小柄な女性。そして彼女は扉の前で一瞬立ち止まるとまた走り去って行く。扉の向こうから姿を表したのは少し筋肉質の普通の背格好の男性。男性は扉から少し体を乗り出して辺りを警戒している様子だった。顔が全体的にカメラの画角に写った所でシャッターを数度切る。

即座にカメラの画面でどのように撮れたのか確認する。もし失敗していたら…などと言うことは考えない。悪い事を考えた所で過去は変わらないし、そこにある事実が覆る事は無いと考えているからだ。


カメラの画像にしっかりと写っている男性。このカメラを使った事が無かったので知らなかったが、画面に写っている画像は意外と高画質で顔もしっかり映っていた。恐らくこのままデータを送っても良いだろう。安堵から思わず口元に小さく笑みを浮かべる。取り敢えず浅村、彼女の仕事は済んだ。彼女をここに呼んで礼でもしよう。初めはそう考えたが、彼女は命令に動いてくれただけだ。それに加え今彼女が暇という確証が何処にも無い。流石に自分の直近の部下とはいえ、私用で彼女を利用してしまったしこれ以上私用で振り回す訳には到底行かない。彼女への礼は後にしておこう。


取り敢えずタブレットでもう1杯コーヒーを注文して、自前のノートパソコンにカメラの先程の画像を取り込み、自分が日頃世話になっている茅ヶ崎という名前の情報屋に先程の写真を送り、それに加え『この男の周囲の人間関係の変化と、約半年前からの行動記録、あと少し前に調べて貰った私が刺された事件への関与とその前後の行動に関しての情報を成る可く早く提供して。』と言う少し長めのメッセージを送信する。



そしてまた届いたホットコーヒーで一息付きながら、今度は何も考えずにコーヒーの良い香りに浸る。

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