4. 瀬尾 弦之介


「組長ッ!大変です!」俺の部屋の鍵を外から開け中に入ってくる若頭の伊崎。此方は先程まで寝ていたというのに朝から騒がしい奴だと半分呆れながらも、仕方が無いので髪の毛を整えないまま彼の話を聞いてやる事にした。「こんな朝っぱらからうるせぇな。」イライラしているのか無意識のうちに手が煙草に伸びる。取り敢えず伊崎を部屋にある木製の少し硬い椅子に座らせ、自分自身は黒い本革のソファーに座ってお互い話を聞く話をする体制を整えた。

「此方が月下組を探っていたのがバレた様です。」は?どういうことだ。彼のその言葉に思わず苛立ちを覚え彼を殴りそうになるが、恐らく本当にバレていたとして彼の所為では無いだろう。理不尽な暴力を自分の部下に振るうのは本望ではない。膝の上で拳をギュッと思いっきり握り置く。「尾行に付けていた者が月下組に捕えられ、拷問を受けた後殺された様です。」生きてノコノコと帰ってきたのであれば、即座に自分の手で処刑したかったが、もう死んでいるのであれば話は別だ。「骸は何処だ。」その死体とやらを見てやろうじゃないか、と思い若頭に尋ねてみる。死んだ事が分かっているのであれば、死体の在り処も知っている筈だ。「屋上です。」

相手の口が開けば何も言わずに屋上に向かう準備をする。死体と対面するだけだが、身なりぐらいは整えておかねばなるまい。髪の毛を整え、皺の無いシャツを着て黒いジャケットを羽織る。「行くぞ。」ドアを勢い良く開き屋上に向かうべく階段を登る。1段上がる毎に胸の高鳴りを覚える。怒りや苛立ち等の様々な感情を理由に興奮していた。


屋上の重い鉄のドアを開く。金属の擦れ合う耳に刺さるような音を辺りに響かせ、少し開いたドアの隙間からは冷たい細い冬の風が刺さるように吹き込む。「此方です。」屋上のドアの少し向こうに立っていた組員が此方に一々頭を下げてくる。それに対して相変わらず面倒臭いと思いつつも文句を言うのも面倒臭い上、今は例のし損じた組員の死体を見たくて仕方が無い。組員が重そうに持ってきた麻袋から飛び出す死体。服を着たままで指を全て切り落とされた死体。足の指も手の指もすべて無くなっている。そして試しに麻袋を逆さまにすれば麻袋の中から落ち屋上のコンクリートに打ち付けられる指。

指がコンクリートに散らばったそのままの姿を暫く眺めてみる。情けない姿だと思った。舌も眼球も残っているのに鼓膜もまだ繋がっているのに彼は死んだ。俺は目が開いている彼の死体の顔を見た時、目が合いふと自分の背後に居る伊崎に問いかける。「なぁ伊崎。ナイフ持ってるか?」すると伊崎は少し焦った様子で自分の内ポケットに手を入れる。どうやら彼は準備万端でナイフを所持していた様だった。「どうぞ。」此方に差し出されるナイフ。そのナイフをしっかりと握ると興奮で胸が高鳴る。

そのナイフをしっかりと握り、そのまま死体の顔に下ろす。顔に刺さった所でもう死んでいる。血が飛び散る事は無い。少し腐敗が始まり顔に差し込まれたナイフは深く深く刺さる。ナイフを1度引き抜き、今度は器用にナイフの先を眼球と瞼の間に差し込んでみる。ブチッと何かが切れた音がしたがそれは俺には関係無い。周囲が騒がしい。どうやら組員達はこの光景に怯えている様だ。血液は流れない。生きている間にこれをすれば彼はどれ程の絶望を味わえたのだろうか。

「痛そうだ。」くり抜いた眼球を彼の胸元に置き笑いながら俺は言う。最高で最悪な気分だった。目の前の彼を虐め、彼の体の1部を抜き取り彼を彼では無いただのゴミに変えた事に対しては執拗以上に達成感を感じていたが、彼が敵の組の人間の手によって殺されたのはどうしても嫌であった。折角殺すのであれば、彼を自分が1から殺したかった。そう思った。「ナイフ。有難うな。」少し血液と彼の腐りかけた肉が付着しているナイフをそのまま伊崎に返す。伊崎はそのまま受け取った。これで捨てようがそのまま使おうが彼の勝手だ。俺は知ったこっちゃない。内心受け取らなければ新しい物を繕ってやっても良かったのにと思いながらもまぁ彼が良いなら良いかと勝手に1人で納得した。


そのまま死体を放置して部屋に戻る。死体の処理など勝手に組員がするだろう。俺は知ったこっちゃない。まだ午前中だ。午後には来客の予定があった筈だがその時間まで後軽く2時間はある。折角だし久しぶりに情報屋から情報を搾り取りに行くか…と重い腰を上げて立ち上がれば部屋のドアを開けて部屋から出る。部屋の外には誰も居ない。良かった、側近であれ若頭であれ着いてこられるのは良い気がしない。自分の身ぐらいは自分で守れる。着いてこられる度に怒鳴りたくなるのだ。俺がそんなにヤワに見えるのか?と。怒鳴って問いかけたくなる。


相変わらず外は冷えている。空気が冷たい。繁華街は暖かいが、矢張り少し路地裏に入ると吹く風も変わる。11月の頬に刺さるような冷たい風は普段は白い俺の耳を赤く染める。キンキンに冷えたドアを手袋を嵌めずほんのり赤い手で引く。チリンチリンと響く鈴の音は歓迎の意を表しているのであろうか。正直何でも良い。俺は客では無いのだから。「お客様、営業時間外です。」カウンターに立っていた男が答える。いつもの男では無い。見た事の無い顔だ。男の顔を見つめていると、奥の扉から店主が出てくる。こいつは誰だ。とでも言いたげな目で店主の顔を見つめてみる。すると店主はハッとした様に紹介がまだでしたねと言えば、「此奴は水君です。新しいバイト。何がいいのかは知らんが、情報屋見習いだ。これからお前にも世話になるだろうよ。」水と呼ばれた男はその場でペコペコと礼をする。面倒臭いやつだ、当分は関わらないで置こう。そう思った。そもそも俺は、情報を受け取りに来ただけであるのでこの男の自己紹介などどうでも良い。正直さっさと済ませて欲しい位だ。

「いつもの。報酬はこれな。」100枚の1万円札が束になった物を内ポケットから取り出す。そのままカウンターに投げやりに置けば、店主から分厚い封筒を受け取りそれを紙袋に入れて帰ろうとする。その時思った。先程水と名乗った男。何処かで見た事がある気がする顔だということ。ただ、少しどこで見たのかは全くもって思い出せなかった。ので、気にせず考えない事にした。水の事を調べろと情報屋に言った所で情報は入ってこないだろう。「じゃあな。次の依頼はメールで送るわ。」今は特に依頼したい案件などは無いので、それだけ言い残して店を出る。今持っているのは月下組に関しての資料。その資料は数百枚にもなるのだろう。3冊ぐらいの冊子に纏められていた。今読む訳にも行かないので、屋敷に帰ってから読むこととし、そのまま誰にも目撃されぬように警戒しながら屋敷へと帰る。


屋敷に帰れば、何やら客間に人が来ている様だった。門番に誰の客だ?と問いかける。自分の客が来るにはまだ少し早い。時間を守るような奴でも無いからまさかな…と思っていた。「伊崎さんのお義母様だそうです。」彼奴の母親。会って見たい気もする。が、会わない方が良いだろう。親子水入らずの時間を持つのは大切だ。幼い頃から組に尽くして居た為、親孝行もまともに出来ていないだろう。だからそうか、とだけ答えて他には特に何も言わずに自室に戻った。

自室に戻れば先程の資料の確認。確認と言っても目を通し書き込みやサイドラインを引いていく、受験生の受験勉強の様な感じだ。「神崎四季…ねぇ。小娘か……。」高校生程の少女を拾ったとの情報が書かれていたが、その少女が何の役に立つのだろう。ただのお茶汲みだろうか?そこまでこの少女を警戒する必要も無さそうだ。その少女の資料はこれ以降飛ばして読んだ。他には知る事が出来た事と言えばココ最近新しく屋敷を建設したという事実と、近所のチンピラをどんどん手下として付け、勢力を少しづつではあるが広めつつあるということ位。やはり今後警戒は必要そうだ。勢力が拡大しきる前に手を出さなければ、笹塚を倒すのに難航してしまうだろう。成る可く早めに倒さねばならないと考え、白い紙に倒す方法を考え書き出す。幾つか考えた後、最適解として伊崎を道具として利用し伊崎を囮にして誘き出した後、殺すという方法を取る事に決めた。勿論、伊崎には秘密で。その作戦を実行する為には伊崎の協力が必要だろう。母親と話すのが終わり次第、伊崎にこの作戦への協力を頼もうと思う。


少し経ち、終わったどうか様子を見に行けば誰も居ない。「伊崎が何処に行ったのか知らねぇか?」外に出てまた門番に問いかけてみる。門番は伊崎さんをお探しなんですね。と言えば「伊崎さんは、お義母様を送りに行かれました。徒歩でしたので、暫くすれば帰るでしょう。」と答える。今すぐの用事では無い。今すぐ策を講じる必要は無い。もう少し時間を置いて寝かせた方が上手くいく気がする。なので俺は、そうか。とだけ一言門番に言い放つとそのまま自室に戻った。自室にある資料を袋の中に戻し忘れていたので丁寧に戻して部屋の隅に置いて置く。もうそろそろ客人が来るだろう。そのままの足で、俺は客間に向かって客人を待つこととした。

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