3. 笹塚 聖良

懐かしい繁華街。ここは過去に自分が拾われた街。林立する如何にも怪しい店とネオンの表示、そして電光掲示板。過去にこの街を彷徨っていた頃はまだ電工掲示板は無かった気もする。自分の組を作って約1年。やっとこの街に自分の屋敷を拵えることが出来た。ここまで大変だった。栗原組を乗っ取ったまでは良かったが、乗っ取った所で栗原組の面子が自分に従う訳も無く度々反乱を起こすし、資金面では資金が圧倒的に足りないので土地すら最初は買えなかった。株で儲け、奪い取れる物は奪い取り時には手段を選ばず様々な非人道的な行為をして来たがその全てでなくても結局は上手くいった。

その証拠に屋敷は繁華街の夜深く暗い場所に聳え立っている。その屋敷は“孤城”と呼ぶのが1番相応しいだろうか。誰も寄せつけまいとする重い重厚な砦の様な建造物。目の前に立つだけで息を飲む様な圧迫感を感じる。ただ、その屋敷から1歩足を踏み出せば別世界。騒がしく人々で賑わう繁華街。沢山の足音。どこか遠くから聞こえるクラクションの甲高い音。路地裏の方に響く怒鳴り声。孤城の外の城下外は嫌になる位騒々しく、自分の屋敷を“城”と喩えるとするのならば、反乱や戦争が起き崩壊寸前の王都の様である。


先日拾った少し無愛想な少女。彼女の自分を見つめるあの鋭い少し睨むような瞳を見た時に、これは逸材だと思った。普通のあの年齢の少女には感じられない雰囲気をあの少女からは感じた。ただ、彼女があんなにもすんなりと此方の頼みを受け入れたのは少し気になる。正直そういうタイプでは無いと思っていた。噂で聞いていた彼女であれば此方に探りを入れた上で承諾するかもしくは拒否するか決めるものだと思っていた。

現実そうでは無かったが、それでも矢張り彼女は魅力的だった。彼女は若い女狐というより、若い女狼だった。持ち前の賢さと鋭さで相手を見極める。そして自分の利益不利益で相手を敵に回すか仲間に取り入れるか考える。まるで子を持つ母狼の様だと思った。

彼女が母狼だとすれば自分は父狼か?一瞬そう考えてみるが、違う気がした。自分は父狼というよりもっと人の穢れを知っている人狼の様な狼男の様な、狼が人に化けた姿に近い気がした。人の穢れを見知っているが特に何もせず、ただ穢れた人のフリをする悪い狼。それが俺だ。

彼女はきっと穢れを知らない。いや、知っているかもしれないが少なくとも彼女は、神崎四季という少女は恐らく穢れたものが嫌いだ。過去を嫌い現実をも嫌う。人の命や自らの命に価値を見出さない。それは今まで影から彼女に知られない様に探って来た彼女の一挙手一投足から常に感じられた。


俺は彼女の過去を知らなかった。いや、知らなかったというより知ろうとしなかった。勿論彼女の過去に興味が無い訳では無い。知る機会があれば知りたいとも思う。が、彼女はどうだろう。自分ですらも片時も価値があったと思った事が無い様な過去を他人に晒す事となったらどう思うだろう。少なくとも俺がその立場であれば絶対に嫌なので、彼女が自発的に此方に言う迄触れないでおくことにした。

そもそも俺も自らの過去を彼女に語りたく無い。何故なら胸を張って言えるような過去でも無いし、彼女に語れば彼女に自分の嫌な過去を押しつけてしまった様に感じそれがとても嫌だったからだ。彼女が傷つこうが構わない。俺は自分自身が1番大切で自分自身が1番可愛いのだ。正直同じ組に属する人間であっても自分以外の人間はどうでも良い。人は城。人は石垣。人1人は将棋の駒であって役に立たない人間はただの捨て駒。最終的に組長である自分自身が輝き続ければ良いのだ。例え自らの周囲に居た人間が全員潰れ死しても。


「組長っ。」雑踏の中から自分を呼ぶ声がし、意識を現実に強制的に戻される。半分イライラしながらその声が聞こえた方を向けば、自分の視線の先に居たのは、先程から脳内に思い浮かべていた少し無愛想な少女、神崎四季。同じ組でその上自分の側近にしたにも関わらず、拾った日以降顔を見ていない顔を合わせるのは数日ぶりであった。

「嗚呼。神崎。何か用か?」彼女は俺の顔を見つめているのだろうか。俺は彼女の方を見向きもしなかったが頬に彼女の視線が刺さっている気がしたので、彼女の視線がこちらに向いているのでは無いかと思った。「最近、此方を嗅ぎ回っている者が居るとか。」彼女から発せられた言葉は、その視線から感じる自分に対する視線から感じる、一種の興味の様な熱の様な物とは違い、全く持って感情が篭っておらず冷たい言葉だった。

数日前、彼女を拾った日の彼女の視線も、言葉もそうだった気がする。が、その彼女の言葉に対して俺は不快だとは全く思わなかった上、彼女を彼女として受け入れ何処か彼女の事を少し愛おしく感じていた。「そうか。誰から聞いた。」彼女が持って来た俺ですら知らない情報は何処から出てきたものなのか単純的に興味があり、彼女の事を探る気は無いが相手の方をチラリと見て問いかけてみる。矢張り相手のリアクションはとても薄く、特に驚いた様子も無かった。

「自分で調べました。最近私含め組員が外出した際、数歩後ろをつけて歩いている怪しい人間を私の他にも数人の組員が目撃しています。」組員から報告を貰っているという事は新入りにしては組員からの信頼を勝ち取っているのかと少し安堵する。この世界で少女が生きにくいと言うのは言うまでも無いが、男でさえ新参は組員からの虐めを受けたりするものだ。入って直ぐ高い役職に着いたとなれば余計。未だそのような人間関係で大きな問題が起きていない事に内心安心していたし、その点でも彼女を側近にして良かったと思った。

「そうか。カタギか?」カタギで有れば恐らくポリ公…警察であろう。ただ、警察にお世話になる様な事をうちの組でした記憶は無い。薬物の使用や密輸は愚か不当な暴力行為すら働かない様に組の規則で決まっている。流石に組長の許可無しに命を懸けてまで暴力行為には至らないだろう。「いえ。他の組の奴です。」その言葉に矢張りな…と溜息をつく。そろそろ他の組との戦争も近いのだろうか。それだけは何としても避けたい所ではある。が、喧嘩を売られれば買うしか無い上逃げる訳にはこの世界では行かない。正面から戦わなければならない。

「そうか。何処の組か分かるか。神崎。」戦うには事前に情報を集めなければならない。調べる為には組の名前位は知っておかなければならない。見たと言うだけでは知るのは無理があるか…と思ったが知っている可能性もあるので一応問いかけてみる。「まだそこまで調べは着いていません。ただ、今日の昼間1人捕らえ気絶していたので、倉庫に閉じ込めておきました。ので明日日が登ってからでも屋上で拷問をすれば、吐くでしょう。何処の組に所属しているのか位は。ただ、捕らえられたのは恐らくチンピラ。組の中でも階級的には下の方の者です。」

案外事は進んでいる様だった。特に俺が手を下す必要も無いだろう。「そうか。」そう短く相手に向けて了承の意を伝えればもうこれ以上聞く事は無いと思い何も口にしなかった。


特に話すことも無くなったので、そのまま暫くの間2人で黙って歩いていたが、10分近く無言で歩いて居れば、普段自分から必要の無い話を振らない俺でもどうにも間が悪く、本来は必要が無いであろう内容の会話を何か交わしたくなったので「神崎。お前、ケーキは好きか。」特に理由も無くそう問いかけてみた。本当に何も意図はない。思っている事とすれば自分と同じならいいな…と思っている程度。

「ケーキ…。別に。」相手の返答に普通の人間ならどう答えるだろう。少なくとも俺は「俺は嫌いだ。」と咄嗟に答えていた。その言葉に意図があるわけでも無ければ、相手に聞かれた訳でもない。ただ自然に気が付けば勝手に口から言葉が飛び出していた。「そうですか。」相手の顔には『そんな事聞いてない。』と書かれていたが、それは見なかった事にした。別に自分は相手に自分がケーキを嫌っているという事を聞かせたかった訳では無いが、内心言葉を口にしてからは、同調して欲しかったとも思っていた。

「神崎、誕生日は何時だ。」そしてこの言葉にも特に意図は無かった。ただ気になっただけ。自分側近としている人間がいつ産まれたのか気になるだけだった。「12月29日。組長は?」此方が聞き答えれば相手は此方にも誕生日を問いかけてきた。彼女もきっと特に意図は無く深い意味も無いだろう。恐らく、此方が聞いたから聞き返したというだけだろう。珍しく自発的に投げかけられた質問に「5月30日。」と答えて相手の様子を見てみる。すると相手はスマートフォンに何か打ち込んでいる様だった。まさか、自分の誕生日を書き込んだのでは無いだろうな…と思ったが、仮に違ったら大恥をかくことになるので、相手に問いかけずそのまま見なかったことにした。


そんなこんなで必要の無い会話を交わしているうちに、約15分程すれば屋敷の目の前まで辿り着いていた。「失礼します。」扉を開ければ隣で丁寧に屋敷に入る彼女。自分の住んでいる場所なのだし、そんなに畏まらなくて良いのにと内心思いながらも、彼女の性格を否定するようで嫌なので、特に何も言わずにそのまま自分も屋敷に踏み入れ、扉を開けたままでは冷たい空気が流れ込み凍えてしまうので、扉を閉める。

そして、そのまま無言で此方の組を探っていたという不届き者を見に行くために、無言で倉庫の方へと足を向ける。自分の後ろに着いてくる彼女は特に何も言わず無言で倉庫の目の前まで着いてくると、そのまま無言で倉庫の鍵をガチャッと開ける。鍵の開けられた倉庫の扉を開けば、中には大量のダンボール。暗く目を細めないと何も見えなかったので、倉庫の出入口辺にある電気のスイッチを押して、照明をつける。


すると、部屋の真ん中に腕と足を結ばれ更に視覚も塞がれている芋虫の様な格好をした男性がいた。「此奴です。」自分の側近である彼女にそういわれればその男性の体がビクンッと震える。視覚を塞がれた程度でビビるなど、どうにも筋金入りの人間に見えない。こんな奴が他所の組の構成員を名乗っている等有り得ない。最近の他所の組は本当に何をしているのだろう。そんな奴らを相手にしなければならないなんて本当に馬鹿らしい。

「鍵、閉じとけ。後コイツに後で飯でも食わせとけ。役立たずな小間使いに頼めば喜んでやるだろうよ。」自分が相手をする必要性も無いと思った。この男はそれ程の価値もない。この忙しい自分の時間をこんな男に食われたくは無い。ので、そう言い残してそのままその場を立ち去った。背後に足音が聞こえなかったのでどうやら組員の彼女はきちんとこの男の対応をする気の様だ。彼女は組長である俺に素直に従ってくれるので有難い。俺の目は確かだった様だ。内心突拍子も無く彼女を拾ってしまった為、情報もまだ少なく期待通りの人間で無かったらどうしようかと考えていたが、数日経っても本当に期待通りの人間で内心安心している。


彼女は確か、武器を持っていなかったので後で褒美に武器を買いに行こうそう考えた。この世界に足を踏み込ませてしまったからには、武器を持たせない訳には行かない。それに、彼女は一応一人の少女だ。体術だけでは今後刺客等と戦うのには苦労するだろう。彼女は俺にとって理想的な側近で無ければならない。

自分にとって理想的な人間を側近に置くために、今まで約一年近くも側近の座を埋めずにいたのだ。そして、その理想的な側近を作り上げるのは組長である自分自身。この時俺は、自分の部屋で青年とその親らしき人間が共に映った写真を見つめながら、絶対に自分の理想的な人間を育て、この世界で生き抜いてやると誓った。

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