第13話 はるか遠く
「そうです、そうです。宇貫さんの言う通り、若いって素晴らしい。あなたもそう思いませんか神帰さん」
佐藤はやたらと響く拍手をしながら無意味に大きな声を出して満足そうに笑った。
「聞こえてますよ、そんな大きな声を出さなくても」
ガタリッ!
後ろから音がしたので振り向くと、ずっとアンドロイドのように立っていた宇貫がよろめいたのか、椅子の背もたれに片手をついて、額を押さえていた。
「ワンルーム? 大声を出さなくて良い?」
宇貫が何かを思い出しているかのように、そう囁く。と同時に、佐藤が「いけませんね」そう言って時計の風貌を撫でていたのだが、私は冷や汗を額に浮かべる宇貫に気を取られ、それを見ていなかった。
「大丈夫?」
心配しながらも私は宇貫をうまいこと佐藤の隣に座らせて、前後から話しかけられる状況から解放されるように導いた。宇貫はしばらく肩で息をしていたが、やがて汗も引いて行き、気を落ち着けたようだ。意外なのは、その間 佐藤が一言も話さず心配そうに宇貫の事を見つめていた事だった。
——血は通ってるんだな。
宇貫が無言で佐藤に向けて手を挙げた。どうやら、もう大丈夫だと言うサインのようだ。
「良かった。こちらは大丈夫のようですね、それよりよそ見をしていてはいけませんよ。早く楽しませて下さい」
心配そうに宇貫を見ていた佐藤は、宇貫から目を離さずに、指で机をトントンと軽く2回叩いた。見ると4つ目のトマトがいつの間にかお皿の上に載っている。
「驚きましたか?」
佐藤は眼球を全く動かさず、首を ぐりんと、こちらに振ることで視線を私に合わせた。
「あなたがボンヤリしている間にはるかに先を、悠か先を、時間は進んでいます。さぁ、語って下さい思い出を、思い出を、思い出、思い出を……」
佐藤の声はエコーがかかったように頭に響いた。
「分かった! 分かりましたから、そんなに繰り返さないで下さい!」
「言葉を繰り返されると、それだけでホラーみたいでしょう? こちらの意図を汲んで『ビビって』くれる方もいるのです」
額を押さえながら私は言う。
「佐藤さん、さっきから、あなたが何を言っているかさっぱり分からない」
対して佐藤は、苦しむ私を満足気に見ながらこう言った。
「次元の枠を越えるヒントは、あなたの右下にありますよ」
思い出のお医者さん 神帰 十一 @2o910
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