第11話 外の声

「エコーロケーションをご存知ですか?」


 佐藤が聞いてくる。知識を披露したいだけの奴なら 私が、「知っている」と答えても、勝手に説明を続けてくれそうだが、佐藤に「知っている」と答えたら、「なら話しは早い、では……」と、こちらが理解できないまま、あらぬ方向に連れて行かれてしまいそうだ。実際、今しがた突然 現れた宇貫と言う女の子に「枠の外に連れて行く」と言われたばかりだ。

 私は用心して、自分がエコーロケーションについて知っているのかも、佐藤に伝わるように答えた。

「イルカのコミニュケーション方法ですよね? 超音波? を使っているとか……」

 つまり、ほとんど知らない事を、さも知っているように伝えたことになる。

 佐藤に嫌味を言われるかと思ったが、意外にも佐藤は私のその返答に及第点を付けてくれた。

「フム……、超音波の定義にもよりますし、コミニュケーションだけに使っている訳では無いのですが、まぁ、その認識で間違いありません」


 無意味に佐藤は竜頭を回しながら話を続ける。


「ところでワタシ思うのですが、イルカは もの思いにひたる事が出来ないのではないかと思います。勿論イルカの種類によって、深くもの想うイルカもいるでしょう。けれど、コミニュケーション能力が高いと思われている殆どのイルカは……、アレは考えている事がダダ漏れになっているだけなのではないでしょうか? ご存知だと思いますが、人間も思考している時は脳に微細な電流が走っています。人間にはその電流の音が聞こえず、イルカには聞こえてしまう。そう、イルカは否応なしに他人の心の呟きが聞こえて来ているだけなのではないかと」


 言い終わった佐藤はカチリと竜頭を押し込んだ。


 ——随分と竜頭を回していたが、針は動いていたのだろうか?


 疑問に思っていると、

「失礼、他人ではないですね。他イルカ。いや、別個体と言った方が良いですね」


 どうでも良い事を佐藤に言われ、間が抜けてしまう。その拍子に掴めそうだった佐藤の話しの意図が霧散した。


「神帰さん」


 突然、宇貫に呼ばれてビクリと声の元を見てしまう。

「困っているのですよね? ならば呟きでも良い、囁きでも良い、声に出して助けを求めるべきだ。ホラ、せっかく、ものを想うイルカさんもエコーロケーションの仕方を教えてくれている。貴方はなぜ素直に実践しないのですか? それとも貴方、誰にも頼らず生きて行けると、そんな横柄傲慢で厚顔無恥も甚だしいことを考えておいでなので?」


 宇貫は話していなかった。正確に言うと口を動かしていなかった。そう言えば、話し方は佐藤の、あの独特な人を煽るようや話し方だった。だが声は女性の、宇貫の声だった。

 呆然としていると、今度は間違いなく宇貫の口が動いた。


「佐藤さん、あなたが話すと皆さんに敬遠されます。数字が如実に物語っています」

「ハハ、すまないね」


 佐藤がやり込められるのを初めて見られるかと思ったが、佐藤は言われるのが分かっていたかのようで、間髪入れず軽薄に笑って詫びた。


 ——皆さん?


 その言葉が心に引っかかったが、分からない事は順番にほぐしていった方が良い。宇貫と佐藤の会話の間を縫って、私はどちらに共なく声をかける。

「あのぅ。エコーロケーションのやり方って言うのは?」

 私はなるべく2人が視界に収まるような体勢を取るが、佐藤は私の目の前でニヤニヤと座り、宇貫は冷たく無表情に、そして頑なに私の後ろに立ち続ける。佐藤の隣に座れば良いのに......、声に出して言えれば良いのに……。


「やり方? 教えてもらっているでしょう」


 どちらが話したのか分からない。


「神帰さんは視野が狭い。枠の外へ。ここ以外にもは溢れています」


 貴方はそれに気がつくべきだ。











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