第10話 魚のような哺乳類

「こんにちわ」

 こちらを見ずに女の子は挨拶をして、話を続けた。

「まず最初に誤解を解いて置きたいのですが、トマトは野菜か果物か。そう言う意味でが怒鳴った訳では無いことをお知りおき下さい」

 そう言って佐藤を指差した。私が釣られて佐藤を見ると、

「トマトは食べ物です。植物です。命です」

 彼女は私の後頭部に、ポンポンポンと3つ言葉を放り込んでくる。女の子の方を振り向こうとした瞬間、佐藤が言葉を引き取って口をひらいた。

「彼女が言いたいのは、そして私が大きな声を出した理由は、貴方には狭い枠に囚われないようにして欲しい。そう言う事を言いたかったからです。鉤括弧の中に引き篭もっていてはこの先が思いやられる」

 佐藤が言い終わると、宇貫と言う女の子が会話を締め括った。

「わたしは、貴方を枠の外にご案内する為に呼ばれました」


 2人の人間に挟まれて交互に話されると混乱してくる。心理誘導のテクニックにそんな方法があったような気がする。私は気を保つために佐藤を見続けながら思った。

 ——鉤括弧の中に引き篭もる? 心を読んでいるのか? それとも、そう思うように導かれたのか? それに枠の外とは?


 見続けたところで、佐藤が何を考えでいるのか、何をしたのか分からない。見ていると佐藤はおもむろに2つ目のトマトを取り出して、また訳の分からないことを訊いてくる。


「神帰さん、貴方は人間ですか?」


 虚を突かれたようになり、即座に応えることは出来なかったが、慌てる事なく私は答えた。


「はい。人間です」

「では、哺乳類ですね?」

 この矢継ぎ早の質問が一手先を読まれているようで、腹立たしい。しかも、難しい質問では無いので即答できそうなものだが、色々と勘繰ってしまい、即答する事が出来ない。

 先程までは佐藤と一対一だったので、即答出来ずとも気にならなかったが、今は後ろに宇貫が居て、私を見ている。簡単な質問に対して勘繰りを入れるほど、器の小さな人間だと宇貫にまで悟られたくはない。

 そんな思いが働いたの所為か、軽く咳払いした後の私の応えは語尾が上がった。


「そう、ですけど?」

「神帰さん。イルカは魚か哺乳類か?」


 また、矢継ぎ早だ。


「哺乳類ですけど?」

「では、貴方はイルカと一緒だ」


 そうでは無い。そんな事を言ったら……、命と言う観点で見たらトマトと私も一緒になってしまう。

 哺乳類と言う大別の中で、生態や身体の形状、そう言った個性によって細分化されてい行き、一般的な尺度で使いやすい分類が人間かイルカか、と言う分け方なのだ。


 だが、佐藤に断定されて、私は反論する事が出来なかった。


「神帰さん。知っていますか? イルカは非常に頭の良い生き物なのですよ」


 どこから取り出したのか、佐藤はナプキンで2つ目のトマトを丁寧に拭いた。











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