第9話 三人目

「で、どうやって? 楽しませると言っても、相手は野菜ですよ?」

 座りながら、私はとにかく何か言葉を口にしようと努める。そうすれば少なくとも「 」の枠内は確実に私のはずだ。私は語る事で自分を取り戻そうとしたが、


「野菜ではありません!」


 今まで薄い笑いを保って来た佐藤が、突然 感情を剥き出しにする。その一声で、場を制され黙らされてしまう。

 驚いた私は意識してなのか、無意識なのか、自分でも分からずに逸らしていた視線を佐藤の顔の上に合わせた。

 ふと既視感が走る。


—— どこかで見たことがある?


「神帰さん、ホラ、良く耳を澄ませて下さい。なんなら目を凝らして下さい。聞こえてきませんか? 見えてきませんか? 声が、が……」

 佐藤は自分のセリフの余韻を楽しむようニヤリと薄笑いを浮かべて私を見る。

 それから佐藤はおもむろに取り出した白い皿の上に、トマトの一つを、まるで賓客を取り扱うかのように丁寧に置いた。


「例えば、この。神帰さんのことを、『ひとつひとつの事を丁寧に積み上げて行く人だと、褒めてくれているような気はしませんか?」


 先ほど佐藤の大声に気を呑まれ 既視感に集中力を散らされた私は、完全に佐藤の言いなりになっていた。何を疑うことも無く、耳を傾け、目を凝らして見たが、私を褒めてくれているようには感じない。


「しませんね」

「ダメな人だ」


 私が言い終わるかどうかの内に、佐藤は被せるようにして私の人格を否定する。むっ、として言い返そうとする私を 佐藤は目を見開くだけで制した。それから暫く私達はお互いの目を見続ける。


 ——何かがおかしい。


 おかしい事は沢山あった。違和感も沢山あった。例えば佐藤と見つめ合っている今。––––睨み合っていると言ってもいい。佐藤の瞳に映っているのは、あれはではないのか。

 良く見ようとするけれど、人の瞳孔と言う物は小さく、テーブルを挟んだ距離だと 佐藤の黒目に映った人物の、その顔の詳細までは分からない。

 分からないが、おかしいのはそんな些細な事では無いのだ。

 ——違和感では済まされない。何かが異常だ。狂っている。根本的な何かが異常を、


 そこまで思ったとき佐藤が、ツゥ、と視線を私の背後に走らせた。


「ダメな人だ」

 佐藤は先程と同じことを繰り返す。

 そして。

「キミもそう思うだろう? 宇貫さん」

 私の背後に向かって呼びかけた。


 驚いて私が身を翻すと、そこには表情の無い高校生くらいの女の子が、両手をお臍の下あたりで綺麗に揃えて、スクと立っていた。


「私には判りません」


 ガラスのような声が、喫茶店Olvidに響いた。






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