第4話 rest・lecture・explain
佐藤が笑うと同時に 外で強く風が吹いたのか、店の看板にぶら下がっていた鐘がカランコロンと音を立てた。音につられて外を見ると、駅前の通りから車の往来の音が微かに聞こえる。
どこかで工事でもしているのか、掘削機の音。それと共に信号機の、歩行者横断中に流れてくる音楽も遠くから聞こえて来る。
音につられた様子を見て、ニンマリ笑った佐藤が言う。
「そう、伝えることは重要なのですよ。私に貴方の名前を伝えて下さい。貴方の耳に、外の音が喧騒を伝えたように。……なんて聞こえてないでしょうけどね。ここに居る私達には本当の外の音は聞こえてきませんが、こちらで聞こえている音を伝えるのは大切です。例えば100人が、そこに音があると共通の認識をすれば、それは事実になるかも知れません。想像して、それを伝え、想像を促すのは大切なことなんです。なにしろ創造につながるのですから」
一呼吸おいて、佐藤が心配そうな顔をした。
「さて、お名前もすぐに出てこないくらいお困りのようだ。……名前を教えて頂いたなら、次は貴方がなぜ困っているのか、その原因をお聞かせ下さい。私は貴方の難事を想像し、貴方に必要なものを提供して 貴方を見事 救って差し上げます。……おや? 想像と言われて不愉快でしたか? けれど想像するしかないのです。例えば貴方が完璧な証拠をもって、裁判官の前で申し立てをしたところで、裁判官は貴方の言う事実を想像するしかないのです。
貴方自身だってそうでしょう? 何が原因でその事象が起きたのか? それを語る時は、過去に起きた出来事を想い出して、……つまり過去を想像して話すしかないでしょう?」
瞼から、更に滴り落ちた水滴は、涙のようだった。偽物の涙の筋は、佐藤の心配は心からのモノであるかのように粉飾する。
「どうしました? 黙ってしまわれて。先ほど、苛立ちに後押しされたような、そんな勢いが無くなってしまいましたね。察するところ貴方は御喋りが苦手なようだ。……宜しい。それでは お約束通り、貴方を救う第一歩として私がレクチャーして進ぜましょう」
佐藤は喉を湿らせるためアイスコーヒーを吸った。相変わらず嵩は減らない。
「では、まず良いですか? 『お話し』をするには、原因と結果が大事なのです。なに、少し調べれば分かりますよ。『プロット』と呼ばれるものです。まずは練習がてら、なぜ外の音が聞こえて来たのか。その原因を考えてみましょうか」
–––– なんだこいつは偉そうに。
だが外を眺めて、つい思考してしまう。
喫茶店『Olvido』は不笹井駅の北口にある。
市を東西に横断する線路は、東側はそのまま隣の県に伸びて、西に向かう線路は山を避けるように一度北上してから、県外へ向かって行く。現在は山を穿ち、直通させる工事の真っ最中だ。
『Olvido』が面している駅前の通りは、市を南北に縦断するように走っていた。不笹井市は西と北に山が聳えている。そのため駅前の通りは北へ向かうほどに細くなって、やがて峠道になる。整備が進んでいるのは、市街の通りだけであった。
人口の減少と共にやせ細っていく市を活性化させるため、市外から人を取り入れる手段として税金を投入されたのは路線の方だったのである。
ある程度の人数をまとめて列車で運んでしまい、駅を起点に整備された交通網によって、観光客としての人を、……また マンパワーとしての人を市の隅々に届けよう。その為には北側の住人には多少の間、多少の不便は我慢してもらおう。
昔ながらの、けれど至極 真っ当な政策によって、だから今日も駅前には掘削機の音や、交通整備の笛の音が鳴り響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます