最後の

@yuki-0535Hello

人気の音楽や百貨店からかすかに漂う化粧品の匂いで埋められていた渋谷の空気。今や音楽は人々の断末魔や助けを求める声に変わり、化粧品の匂いは火薬に少し血の混じった煙に変わった。

こんな風景ではこの街の季節も朝か夜かもわからない。

戦争が始まってから毎日爆弾が落とされ、どこに行ったって日本は暑いと言われるほどそこかしこで上がる火の手。シェルターにこもり、息を殺す毎日。私はそんな今に嫌気がさしていた。


ほんの少し、ほんの少しだけ。この日常から抜け出してみたかったのだ。煙で赤黒く濁った空から逃げたかった。


このご時世、空路も海路も道路も危ない。ならどこに行くか。VRだ。どうせここももうじき燃やされてしまう。最後ぐらい綺麗な景色を見たい。さっぱりとこの世を去りたい。


ソフトを起動する。ずいぶん起動していなかったから、少し時間がかかりそうだ。その間にコーヒーとトーストを用意する。コーヒーは牛乳と1:1で角砂糖を1つ。トーストは2枚焼いた。1枚は近くのお店のレモンカード。もう1枚はマーマレードだ。そろそろ起動しているだろうか。

····よし、設定やデータも大丈夫だ。用意したトーストたちを食べながら準備を進める。VRゴーグルを接続し、景色を映し出せるようにする。どんな景色にしよう。ふと目についたのは、冬の朝空。日の出前の紫がかった空だ。これにしよう。ちょうどトーストも食べ終わったところだ。トーストを食べたことで少し乾いた口をコーヒーで潤す。

トーストだけでは少し物足りない。目玉焼きも作ろう。温めたフライパンに油をしく。少し入れすぎたか?油が飛んできて火傷してしまった。冷蔵庫に残っていた賞味期限は2日前の卵を割入れる。半熟と堅焼きの間ぐらいが私の好みだったな。随分長いこと目玉焼きを作っていなかった。おっと、少し焦げてしまった。まあいいや。皿に乗せ、塩をかけ、テーブルに箸と共に置く。案の定焦げているところは苦い。それ以外はまあまあ上手く出来ている。お腹も満たされたところで、本題に移らなければ。VRゴーグルを着けて、景色を移す。とても綺麗だ。現代のVRは進化して、温度なども感じられる。久しぶりに感じた、冷たい空気だ。息を吐けば白く、周りには雪も積もっている。冬の空気を吸うのはいつぶりだろう。少し鼻が痛い。

───なにか叩くような音が聞こえる。なんだろうと思ったが、今はこの景色を見ていたい。

足音がする。誰かがいるのだろうか?

後頭部になにか固い感触が───










バン!

───────ああ、敵が近づいてたのか。いいかもな、このままこの景色のまま人生を終われるというのは。

少し心残りもある。ジャムを使いきれていない。あのジャムちょっといいやつなのに。他にも、洗い物したっけとか、この格好人に見られるのちょっと恥ずかしいなとか、部屋片付けておけばよかったなとか。あと、






「もう少しだけ生きていたい」

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