クレープ屋
「着いたよ!」
校門を出て家とは反対の方向を約20分程歩いたら見えてきたのは最寄り駅の駿河駅。
その駅前の噴水公園の中に目的のクレープ屋は佇んでいた。
「うわ……」
体感気温2桁の中その店の前には軽い行列が出来ており、その殆どがカップルだった。
甘々な奴らは本能的に甘い物を求むのだろうか?
全員糖尿病になれば良いのに。
「やっぱやめていいか?」
「えっ、なんでさ……。……ふ〜んもしかして恥ずかしいのかい?」
伊村は一瞬驚いた顔をした後、ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んで来た。
「それもあるんだが、非リアの俺にあの甘々空間は大ダメージだと思う。例えを言うなら吸血鬼にニンニク的なイメージだ」
「確かに、あそこの空間だけ切り取られたようにピンクの空気を纏っている気がするよ」
「だろ?それに、勘違いされたら面倒だしな」
「ん?僕は別に構わないけど……」
伊村は不思議そうに首を傾げる。
「お前本気で言ってんのか?」
「えっ?僕はいつだって本気だよ?」
伊村は紛うことなき純粋無垢な瞳を向けながら至極淡々とそう答えた。
「ok。分かった。心の中で今の会話を復唱してみろ」
「?分かったよ」
斗亜は頭にハテナを浮かべたままこれまでの会話を心の中で復唱する。
「う〜ん、…………!」
しばらく顔に指を置き考える姿勢を取っていた斗亜は何かに気付いたようで、ボッと赤くなった。
その顔はまさに完熟した品質のいい最高級のリンゴのようだ。
「気付いたか」
「な、何を言っているだい?!変態……!」
「えぇー、理不尽じゃね?」
「全くこれだから童貞思考の湯町には困ったものだよ……。もし仮に誰かに見られたとしても最悪の勘違いは起こらないよ。多分……」
「そこは自信を持って言ってくれよ……。まあでも、俺の気にしすぎだったな。俺とお前じゃそんな関係にはならないよな」
「っ……、そう……だね……」
斗亜の声質のトーンが二段階ほど下がり、明らかに暗い声質になった。
先程まであんなにも赤かった顔には影が指しておりどこか落ち込んでいるように見えた。
「大丈夫か?」
急なテンションの落差に心配した湯町は声を掛ける。
「……うん。大丈夫だよ」
俯いていた顔を上げた伊村はいつもの笑顔を向けた。
確かに笑顔だった。でもそれは10割の笑顔ではなく6割ほどの笑顔で、残りの4割は何かが張り付いているようにぎこちなかった。
「なら、良いが……。てか早く並ばないと店閉まるんじゃないか?」
「あっ!そうだった。早く並ばなきゃ!」
いつもの口調に戻った伊村はバックから財布を取り出そうとしている俺の手を無遠慮に取り、引きずる形で行列の最後尾に並んだ。
「まだ、財布を出てないからそんなに引っ張るな」
「急げって言ったのは湯町でしょ。それに……」
「それに。何だよ?」
伊村にしては珍しく言い淀む。
「ううん。何でもない」
「お前約束忘れるなよ?」
「約束?なんの事かな?」
伊村は白々しくそっぽを向く。
「お前マジで頼むぞ」
「冗談だよ。睨まないでよ。湯町の目はただでさえ怖いんだから。僕でなきゃ泣いてるよ」
「これは素だ。それで、約束は守ってくれるんだな?」
「勿論だよ!」
伊村自分の胸を叩く。
あばら骨に拳が当たる悲しい音が鳴った。
未だに繋がられている伊村の手は冷たくほんのりと赤かった。
「勘違いされてもいいのに……」
斗亜の呟きは湯町の耳には届かない。
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