第6話「6回表~6回裏」

 新入にいり太陽たいよう水無月みなつきあかねの野球拳式クイズ対決は、二人揃って全問不正解ノーヒットという完全な膠着状態で6回表を迎えていた。


「互いに小休止インターバルは必要ないということで、休憩なしでこのまま試合を続行するわ。6回表、太陽たいようくんの攻撃よ」


 審判である霧子のこの言葉により、小休止インターバルなしで6回表が始ろうとしていた。

 今回、太陽と茜は二人ともそれを利用しなかったが、野球式クイズ対決には5回裏終了時に10分間の小休止インターバル制度があり、この間にトイレへ行ったり食事を取ったりすることが許されている。要するにお花摘みトイレ時間タイムとパクパク時間タイムだ!もぐもぐ時間タイムではない、パクパク時間タイムだ!

 なお、小休止インターバル中に出題ノートを開くことは公式ルールで禁止されており、それを破った場合は即敗退という非常に厳しい罰則がある。


(まずいまずいまずいまずい!本当にこんなことになるとは…このまま全問不正解ノーヒットだと次の回からは終盤全問不正解バックアタックだ!何としても正解しないと!)


 終盤全問不正解バックアタック…それは、7回開始時点まで全問不正解ノーヒットの場合に発動する特殊ルールであり、発動するとアウトの度に脱衣するという非常に愉快なルールである。詳しい説明は『続・1回表』のエピソードに記載してあるのでそちらを読んでいただきたい。

 この試合、太陽と茜は5回終了時点で二人共に全問不正解ノーヒット。ここで正解ヒット出来なかった者は、次の7回からはアウトを1つ取られる度に着用物を1つ奪われることになる。

 つまり、この回も全問不正解ノーヒットだった場合、その者にとって7回以降は

 通常の野球に例えて言うならば、打者とは常に一方的な攻撃の立場にある。しかし、その打者がということになれば、これ即ち攻撃ではなく守備に等しいだろう。

 そして、野球拳式クイズ対決において、例え失点していなくても、着用物を奪われることはなのである。

 そう、この回は二人にとって運命の分岐点ターニング・ポイントなのである!


「じゃあ問題いくよー!アメリカのプロバスケットボールリーグNBAの通算得点記録保持者は…カリーム・アブドゥル・ジャバー選手ということはもちろん知ってるよね!じゃあ、その通算得点記録は何点でしょう!」


 茜は今、引っ掛け問題を出したが、太陽はそれに引っ掛からなかった。というより、太陽はカリーム・アブドゥル・ジャバーを知らなかった。


「知らねえよ…10000点くらい?」


 カリーム・アブドゥル・ジャバーを知らぬ太陽にこの問題が答えられるはずはなかった。


「正解は38387点!これはあのバスケの神様マイケル・ジョーダンよりも6000点以上も多いんだよ!覚えといてね!じゃあ、次の問題いくよ!」


 太陽はこの問題を不正解となってからさらに不正解が続き、そして…


「ザンネン!UFCのトーナメント初代王者はホイス・グレイシーだよ!」


 この不正解でついに太陽は7回開始時点での全問不正解ノーヒットが確定した。

 そして、攻守は変わって6回裏の茜の攻撃が始まる。


太陽たいようくん、ここはしっかり抑えて私に混沌を見せてみなさい。ふふふ」


 攻守の入れ替わりに伴い太陽が出題ノートを開いたその時、霧子は茜の目を盗み太陽に耳打ちをした。その時の霧子の表情は、太陽が今まで見たこともないほどたのしそうで、無邪気な笑顔で満ちていた。

 それは、明らかに終盤全問不正解バックアタックルールによる両者同時進行の脱衣を望んでいる表情かおだった。


(霧子きりこさん!?あなたって人は…)


 太陽は霧子の考えがすぐにわかった。


(なんて表情をしているんだろう…この人には悪意なんて全くない。ただ純粋に愉しんでいる!野球式クイズ対決なんていうおかしなゲームを作ったのも悪意なんて全くなかったんだな…この人は純粋過ぎる!)


 太陽はこの時の霧子の表情から剣ヶ峰霧子という女の本質を悟った。

 生まれ持った家柄と与えられた美貌、培った処世術と積み上げた実績、かき集めた知識と教養、それらのかげに隠された本当の剣ヶ峰霧子。

 周囲から女帝クイーンと呼ばれながらも決して満たされることのない霧子の心。その心の根底にる本質を太陽は悟った。

 剣ヶ峰霧子の本質、それはそのものだった。



 あと数分で死ぬ者に対し、不純な者ほど嘘をき、笑いながらまだ大丈夫だから諦めるなと言う。

 しかし、純粋な者は真実を言う。

 あと数分で死ぬ者に対し、純粋な者は泣きながらあと数分で死ぬと告げ、言い残すことはないかと問う。



 純粋な欲望のぞみは如何なる時も決して満たされることはない。

 不純な欲望のぞみは目的を果たすことによって満たすことが出来るが、純粋な欲望のぞみは決して満たすことが出来ない。

 なぜなら、純粋な欲望のぞみとは、何かをほっする欲心こころから生まれるものではなく、探究心きょうみから生まれる好奇心こころだからだ。

 利害も理解も関係無く、純粋なまま何かを探し求める好奇心こころは決して満たすことが出来ない。


 純粋とは時として残酷であり、悲しいほどに枯渇しているものなのである。


「たいよー!たいよー聴こえてる!ボクはさっきから出題待ちだからね!ほら!もう時間切れになるよ!」


「!?!?…うわなっ!?あと2秒!?ちょま!!!」


 太陽の意識は霧子の顔を見てから思考の世界へと飛んでいてた。

 そして、太陽は6回裏の第1問を出題出来ずに出題時間切れとなった。


「…太陽くんの出題時間超過により、この問題はヒット扱いとする」


 太陽は1点突破ワンフォーオールに拘る茜に対し、本来ならば出るはずのないランナーを許した。


「く……」


「あらら!ほんとに時間切れになっちゃったね!ドンマイ!たいよー!」


 茜は太陽に対して心からドンマイと言っていた。既に茜からは試合開始前の刺々しい態度は全くなく、気がつけば普段の二人の関係へと戻っていた。

 なお、時間超過によるヒット扱いは、あくまでもヒットであり、野球で言うところのフォアボールなので、終盤全問不正解バックアタックルールを避けられるものではない。

 しかし、この太陽の時間超過により、茜がこの試合で最悪の結末ルーザー・ルーズとなることは無くなった。


太陽たいようくん、集中しなさい」


「はい。わかってます。今のはちょっとしたイレギュラーですよ」


(全く、誰のせいだと思ってるんですか…)


 太陽は今までも度々心の中で霧子に文句を言っているが、本人に向けて言う勇気は太陽にはなかった。


「よろしい。では、ランナー一塁で試合を再開するわ。良いわね?」


「はい!ボクはいつでもオッケーです!」


 茜は元気よく返事をしたが、太陽は返事をしなかった。


「……問題。ウナギのゼリー寄せとも言われる鰻の煮凝にこごりは…」


「イギリス料理!!!」


 茜は例によって早打ちをした。

 しかし、その早打ちをした時の茜の声は今までよりも大きく、表情は今までよりも自信満々だった。


(水無月みなつきさん、スポーツ関係だけじゃなくて料理関係も得意なのか?)


 ここで、久々に時間停止タイムストップ


 今回は、太陽が心の中で呟いた、スポーツ関係、という言葉の理由について少し触れていこうと思う。

 これは、茜の出題と太陽の出題について考えることでその理由がわかる。

 この試合で茜の出した問題は、本編で割愛したものを含めて広い意味でのスポーツ関係のみからしか出題されていなかった。本編で出された問題で言うならば、アブドゥアーは筋トレ器具、アブダビコンバットやUFCは格闘技、それらは広い意味でスポーツ関係と言える。

 1回表ではまだこの事実に全く気がついていなかった太陽だったが、回が進むに連れて段々とその出題傾向に気がつき、茜の得意ジャンルをスポーツ関係と見抜いていたのである。しかし、太陽が茜をスポーツ関係に特化したスポーツ脳の持ち主であると見抜いた理由は茜の出題傾向だけではなく、太陽自身の出題にもあった。

 この日、太陽の用意した問題には太陽が苦手とするスポーツ関係の問題が皆無だったのである。そして、茜は今のところ太陽の用意した問題には全問不正解ノーヒットを続けている。

 茜の出題傾向、茜が全問不正解ノーヒットを続ける太陽の出題、これらを組み合わせると1つの仮説が生まれる。


水無月みなつきあかねはその非凡な運動能力の高さに加えて、スポーツ関係の知識と教養にも特化している、スポーツのスペシャリストなのではないか?』


 これが、太陽の心の呟きの理由である!

 余談だが、太陽の運動能力は極めて平凡であり、運動は好きでも嫌いでもないが、スポーツにあまり興味がないためにスポーツの知識がほとんどない。そのため、太陽の苦手ジャンルの1つとしてスポーツ問題がある。

 対して、茜は運動能力に特化しただけでなく、スポーツに関わる知識と教養は人並み外れて高いスポーツ脳の持ち主である。

 今回は以上だ。


 では、時間停止タイムストップ解除!


「ねーねー!たいよー!どう!?正解!?」


水無月みなつきさん、確かに鰻の煮凝りはイギリス料理だよ」


「それじゃ正解!?正解なの!?」


 太陽は茜の言葉に首を振ってから答えた。


「ごめん、水無月みなつきさん。これは引っ掛け問題だったんだ。鰻の煮凝りはイギリス料理ですが、その料理の発祥当時に鰻がよく取れていたイギリスにある川の名前は何でしょう?というのが問題で、答えはテムズ川だよ」


「くー!やられたー!もー!うなぎゼリーはイギリス料理って知ってたのに何でそれが答えじゃないの!」


 太陽の引っ掛け問題が成功したことにより、茜の早打ちは失敗し、一気にツーアウトとなった。


「残念ね、あかねちゃん。でもどうして鰻の煮凝りがイギリス料理だと知っていたのかしら?もちろん、この質問には答えなくても良いわ。答えた結果、対決に不利になる可能性もあるかも知れないもの」


「部長の質問にはちゃんと答えますよ!ボクってカラダを動かすのと同じくらい食べるのも好きなんです!だから料理も…んむむ……ぶひょう?」


 霧子は茜の唇に右手の人差し指を押し付けて言葉を遮った。


「それ以上の情報は与えないほうがいいわ。情報とは人が考えているよりもずっと価値があるものなのよ。…覚えておきなさい」


「はい!」


 茜は霧子のアドバイスに対して元気よく返事をした。


「……部長、そろそろ次の問題へ移りたいのですが…水無月みなつきさんも良いかな?」


「うん!オッケー!オッケー!次こそホームランするよ!」


 そう意気込んだ茜だったが、結果は真逆の早打ち失敗であっという間にスリーアウトとなった。

 そして、両者が全問不正解ノーヒットのまま7回表がやってきた!


 ついに、激動の終盤戦が幕を開ける!?


 次回へ続く………

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