第4話「続・1回表」

 新入にいり太陽たいよう水無月みなつきあかねの野球拳式クイズ対決は、1回表の太陽の攻撃を茜が完璧に抑えていた。


 現在、まだ太陽の攻撃中だが、太陽は連続不正解と出題妨害ペナルティにより、あっさりとツーアウトとなっている。


「ふーっ…」


「うわあっ!ちょっ、霧子きりこさん!?何しているんですか!?試合中ですよ!」


 試合の行方に焦りを感じ始めて下を向いて考え事をしていた太陽に、審判を担当している霧子が手で耳を隠して耳打ちをする様な格好で耳に息を吹きかけていた。

 太陽は突然のことに驚きの声を上げたが、茜の見ている前で下手な反応をしてはならないと感じ、霧子の行為に対する抗議は小声でおこなった。

 焦る太陽の様子を茜がキョトンとした表情で見ていた。


「大丈夫よ…あかねちゃんは生まれつき耳が悪いから小声なら何も聴こえないわ」


「えっ!?そうなんですか!?…いや、だとしても話しているのを見られてますって!試合中に霧子さん審判とコソコソと話していたらおかしいですよ!」


 太陽は霧子の言葉に小声のまま驚いた。

 驚きながらも今のこの状況の不自然さを訴える太陽の耳元で霧子は話を続けた。

 太陽は耳に当たる霧子の吐息を確かに感じていた。


「ふふふ、嘘よ。あかねちゃんの聴力に不安要素はないわ。本当はあなたが下を向いている間にあかねちゃんにあなたの回答態度を注意すると言ってタイムを取ったの」


 野球式クイズ対決の審判は、試合中の如何なる場面であってもタイムを取る権限を持っている。これは審判なのだから当然である。


「変な嘘をかないでくださいよ。本当に耳が悪いのかと一瞬信じちゃいましたよ。それより、なんですか?注意すると言っておきながら注意してきませんし。用がないならこんなことやめてくれませんか?」


「えっ!?あなた耳を舐めて欲しいの!?」


「はいいいい!?」


 霧子の口から出た謎の発言に驚愕した。


「だって今、って言ったでしょう?」


と言ったんですよ!耳が悪いのって霧子きりこさんのことなんじゃないですか!?」


「随分な物言いね。まあ、今のも冗談よ」


 霧子は太陽をからかいながら小悪魔的な笑顔でたのしそうに笑っていた。


「さて、ここからが本題なのだけれど…太陽たいようくん、あなたあかねちゃんのこと嘗めてたでしょう?あ、この場合の嘗めるは見縊みくびると言う意味よ」


「いや、文体で意味くらいわかりますって」


「そう?で、どうなの?嘗めてたの?」


「…少しだけ。まさか、水無月みなつきさんがこんな難しい問題を出してくるとは思ってませんでした」


 霧子の質問に対して太陽は正直に答えた。


「…やっぱりね。太陽たいようくん、あなたわかりやすいのよ。どうせどちらも大して脱がない様な当たり障りのない結末を狙っていたのでしょう?」


 図星だった。

 実はこの試合、太陽は勝ち負けなど度外視だった。これから先も同じクラスで隣の席に座り、クラスメイトとして共に過ごすことになる茜を全裸にして裸体を堪能する、そんな度胸など童貞の太陽には全くなく、霧子にバレない様に適当に要所ようしょ々々ようしょで手を抜いて茜と接戦を演じようとしていた。

 つまり、太陽は茜のことを手を抜いても接戦を演じられる相手と思っていた。


「残念だけど、手を抜いて勝てるほどあかねちゃんは甘くないわよ?少なくともあなたにとってはね。あかねちゃんがあなたの用意した問題に何問正解出来るかはわからないけど、あかねちゃんの用意した問題は、今答え損ねた3問に対するあなたの反応を見る限り甘くはないわ…下手したらあなたは全問不正解ノーヒットの可能性もあるわ。つまりは圧倒的敗者ノーヒットノーランにされる」


圧倒的敗者ノーヒットノーラン!?」


「そう。圧倒的敗者ノーヒットノーランよ。つまり、このままだとあなたは茜ちゃんににされる可能性がある…」


 ここで、時間停止タイムストップ


 今の二人の会話を振り返って気になる言葉があるだろう?

 …そう!全問不正解ノーヒット圧倒的敗者ノーヒットノーランだ!

 これらは野球の用語であると共に、野球式クイズ対決の用語でもある。

 そして、野球式クイズ対決にはこれらについての独自のルールがあるので説明しよう!

 まず、全問不正解ノーヒットについて説明から始める。

 全問不正解ノーヒットとは、読んで字の如く、1問も正解出来ないことである。

 野球式クイズ対決での全問不正解ノーヒットとは、即ち脱衣を意味する。

 なぜなら…


 終盤全問不正解バックアタックルールがあるからだ!!!


 終盤全問不正解バックアタックルールとは、試合終盤、つまり7回以降になると効果が発揮される特殊ルールである。

 この特殊ルールにより、7回突入時点で全問不正解ノーヒットの者は、7回以降、全問不正解ノーヒットのままことになる。野球拳式クイズ対決は野球同様スリーアウト制なので、もし9回の攻撃終了時点で未だに全問不正解ノーヒットの場合、着用物を9点失うことになるのだ。

 仮に、試合が0対0の大接戦だったとしても、9回攻撃終了時まで全問不正解ノーヒットだったならば残りの着用物が1点となってしまうのである。全裸目前だ!

 そして、この特殊ルールは延長戦に突入しても効果が持続するため、10回のワンアウトまで全問不正解ノーヒットならば、その者はその時点で全裸になる。尚且つ、終盤全問不正解バックアタックルールには、という特例が適用されるため、延長戦が続く限りは全裸のまま試合を続けなくてはならないのである!


 全裸のまま試合を続けなくてはならないのである!!


 これが、野球式クイズ対決における全問不正解ノーヒットの危険性であり、終盤全問不正解バックアタックの恐ろしさである。

 ちなみに、終盤全問不正解バックアタックで失った着用物は、審判の財布ジャッジマンズ・ポケットと呼ばれる特別な着用物入れに投入する決まりとなっており、試合が続く限り二度と取り戻すことが出来なくなってしまう。

 全問不正解ノーヒット終盤全問不正解バックアタックルールについての説明はこの辺りで良いだろう。


 では、次に圧倒的敗者ノーヒットノーランについて説明すると共に、それよりも更に圧倒的な敗者である最悪の結末ルーザー・ルーズについて説明しよう。

 圧倒的敗者ノーヒットノーランは野球のノーヒットノーランと同じ負け方のことである。

 つまり、全問不正解ノーヒットのまま試合に負けると圧倒的敗者ノーヒットノーランになる。

 そして、圧倒的敗者ノーヒットノーランの場合、奪われた着用物は審判の財布ジャッジマンズ・ポケットから出すことを許されず、部室にて保管されることになる。

 余談だが、審判の財布ジャッジマンズ・ポケットから出せないというのは、あくまでも比喩的な表現であり、試合終了後は霧子付きの使用人(女性)によりしっかりと管理されるので、洗濯が出来ないとか、制服にしわが生じるなどの心配は一切ない。

 圧倒的敗者ノーヒットノーランの説明に戻るが、前述の通り、圧倒的敗者ノーヒットノーランになると7日間衣服を取られてしまう。これはつまり、試合終了後から帰宅するまで衣服を下着まで全て取られてしまうのである。

 え?

 ジャージなどの着替えを使えばいい?


 甘い!


 甘過ぎる!!


 サッカリンの様に甘い考え方だ!!!


 諸君らは野球拳式クイズ対決を考案した人物を知っているだろう?そう、女帝クイーン・剣ヶ峰霧子だ。霧子が圧倒的敗者ノーヒットノーランとなった者にそんなことを許すと思うのか?


 否!


 否!!


 否!!!


 圧倒的敗者ノーヒットノーランの場合は持ち込んだ衣服に着替えることは許されていない。

 では、どうするか?

 その答えは簡単である。

 を着て帰るのである。

 実は、この剣高クイズ部には、予備部室と呼ばれる部屋があり、そこには霧子が面白半分で買い漁った衣服が大量に置いてあるのだ。

 そして、圧倒的敗者ノーヒットノーランになった者はそれらの衣服から勝者が選んだ衣服を着用して帰り、以後7日間は学校にそれを着て通わなければならない。

 つまり、試合終了から7日間、霧子が面白半分で買い漁った衣服の何れかが圧倒的敗者ノーヒットノーランの制服となる。

 なお、この7日間というのは、学校に通った日数であり、仮に7日間休んでも回避することは出来ない。

 圧倒的敗者ノーヒットノーランについての説明はこの程度で良いだろう。

 次は、真の圧倒的な敗者である最悪の結末ルーザー・ルーズについて説明しよう。

 最悪の結末ルーザー・ルーズとは、野球で言うところの完全試合による敗者のことである。

 最悪の結末ルーザー・ルーズになるのは、全問不正解ノーヒットなだけでなく、勝者が一度も不正行為を行っていないことが条件となる。

 仮に全問不正解ノーヒットの状態であっても何らかのペナルティでランナーが出たり、得点をする場合があるのが野球式クイズ対決なのだが、最悪の結末ルーザー・ルーズはそれもしてない状態の勝者と、圧倒的敗者ノーヒットノーランが複合した時に適用されるルールである。

 最悪の結末ルーザー・ルーズとなった者は、まさに最悪の結末が待っている。


 敗者ルーザー失うルーズ


 これこそ最悪の結末ルーザー・ルーズと呼ばれるルールの本質である。

 なにを?

 全てだ!

 最悪の結末ルーザー・ルーズになった場合、敗者は今までの地位を失う!

 今までの自分を失う!

 人として生きる尊厳を失う!

 今までの日常が全て失われる!

 なぜか?

 それは、最悪の結末ルーザー・ルーズになった場合、持ち込んでいない着用物すら使ってはならないというルールがあるからだ!

 つまり、敗者は一切の慈悲も与えられず姿させられるのである!

 そう、全裸の状態で部室から放り出されてそのまま帰宅しなくてはならないのだ!

 え?

 部室から帰宅までの道中で何らかの物を身に纏って隠せばいい?


 甘い!


 相変わらず甘過ぎる!!


 まるでラグドゥネームの様に甘い!!!


 諸君らは剣ヶ峰霧子がそんな中途半端なことを許すと思うのか?

 答えは無論…


 否!


 否!!


 否!!!


 否バウアー!!!!


 最悪の結末ルーザー・ルーズとなった場合、敗者が自宅または寮へと帰宅するまでの間、勝者による監視が伴う決まりとなっている。

 これにより、帰宅途中で何らかの物で身体を隠すことが無いように監視し、同時に勝者は敗者が羞恥する姿を堪能出来るのである。

 最悪の結末ルーザー・ルーズの説明は以上だ。

 圧倒的敗者ノーヒットノーラン最悪の結末ルーザー・ルーズについて、理解出来ただろうか?

 なお、圧倒的敗者ノーヒットノーラン最悪の結末ルーザー・ルーズについては、試合を行っている者が何れも10点差コールドにならずに7回表まで試合が続いた場合に適用される物であり、6回裏までに全問不正解ノーヒット10点差コールド負けしても適用されない。

 長くなってしまったが今回の説明は以上だ。


 では、時間停止タイムストップ解除!


「いくらなんでも全問不正解ノーヒットは…」


「絶対に無いと言えるのかしら?」


「う…それは……」


 正直、太陽は絶対に無いとは言い切れなかった。

 なぜなら、前回の霧子との対決でも太陽は正解率が極めて低く、本来ならば元々クイズ部に入るほどの知識と教養を持ち得ていないのである。


「いい?太陽たいようくん。世の中、のよ」


「…また誰かの格言ですか?」


「どうかしらね?強いて言うなら私自身の言葉かしら…さあ、太陽たいようくん。あかねちゃんが待っているわ。私が言ったことを少しでも理解出来たのならば、手を抜くことなんて考えずに全力でやりなさい」


「…わかりました。霧子きりこさんの言いなりになるわけではないですが、手を抜くなんて言う甘い考えは捨てます」


(でも、脱がない脱がせないという結末にすることは諦めませんけどね)


 太陽は心の中で再び誓った。

 この試合を脱がない脱がせないという結末にすることを…


「相変わらず生意気な物言いをするわね。まあいいわ。やっと本気になった様だし、わざわざ不正行為までしてあなたを先攻にした甲斐があったわ。面白い試合を期待しているわよ。ふふふ…」


 そう言うと霧子は、太陽への注意が終わったと茜に説明してタイムを解除した。

 その後、茜が出題した問題に太陽はあっさり連続不正解となり、1回の表の太陽の攻撃は終了した。


 太陽の思惑と霧子の期待が入り交じった試合はまだまだ1回の表が終わったところである。


 次回へ続く………

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