第3話「1回表」

 新入にいり太陽たいよう水無月みなつきあかねの野球拳式クイズ対決は、第3話目にしてついに1回表に突入した。


 霧子のイカサマコイントスにより、先攻は太陽、後攻が茜となった。

 つまり、回答者バッターが太陽、出題者ピッチャーは茜という形で試合が始まった。


「ほらほら!アブドゥワーの開発者だよ!簡単簡単!アブドゥワーだよ!あ、ごめん発音間違えた!アブドゥアーね!」


「んなもんどっちでもいいよ!どっちにしてもわかんねえから!ほら、回答放棄ギブアップだ。答えを教えてくれ」


 茜の出した問題の答えに検討もつかなかった太陽は、両手を上げて小さく万歳をするように回答放棄ギブアップを宣言した。これにより時間切れを待たずに不正解となった。

 野球式クイズ対決はツーストライク制のため、次の問題に不正解または未回答の場合はワンアウトとなる。


「知らないんだー!たいよーって意外と非常識人なのかな!まあ、たいよーはエロ魔人だから仕方ないか!あははは!」


「いや、エロ魔人ってなんだよ…つか答え教えてくれよ。正解のない問題として異議申し立てするぞ?」


 当初は太陽に対して刺々しい態度をしていた茜だったが、試合開始直前に機嫌が良くなってからは親しそうに会話をしていた。

 それもそのはず、元々この二人は周囲から見ても仲がいい友達であった。茜は太陽と同じクラスで隣の席に座る女の子であり、太陽が編入してきた時に初めて会話したのが茜だったのだ。

 太陽にとって茜は、この私立剣ヶ峰学園に編入してから最初に出来た友達であった。童貞である太陽が新たな学校で最初仲良くなったのは、男ではなく女の茜だったのである。

 尤も、まだ二人が友達となって一ヶ月しか経ってはいないが…しかし、茜は知り合って間もない太陽をクイズ部に推薦するなど、決して太陽を悪くは思ってはいなかった。


「あー、うん!答えはマイク・アブドゥー!これ常識!」


「どこの常識だよ!つかーが開発したの!?アーを!?もー!マジでアブドゥアーって何なんだよ!あー!超気になる!写真見せろ写真!」


「常識とは偏見のこと…ふふ、あなたにこの言葉を聞かせるのは二回目ね。でも、アブドゥアーの開発者がマイク・アブドゥーなのは一般常識よ」


「ですよね!やっぱ部長は常識人です!あ、ごめんねたいよー!アブドゥアーの写真は用意してないんだ!じゃ次の問題いくよ!」


「ならせめてアブドゥアーがどんなものなのか教えてくれ」


(つか、霧子きりこさんが常識人って…霧子きりこさんほど非常識な人はいないだろ。本当、色々と非常識だよ)


 茜の出題、審判である霧子のイカサマコイントスと言葉による横やり、太陽は明らかに心を乱されていた。

 太陽の言葉を聞いてか聞かずか、茜は太陽を無視して次の問題へと移っていた。


「問題!今度は少し難しいよ!アブドゥアーエクストリームの日本国内での販売価格は凡そいくら!あ、割引なしの価格ね!」


「もうアブドゥアーは勘弁してくれよ!気になって夜眠れなくなるよ!販売価格なんてどうでも良いよ…100000円?」


 太陽はに答えた。ではなく、テキトーに答えた。


「ザンネン!凡そ13000円!たいよーは金銭感覚も非常識なのかな!?」


「アブドゥアーを知らないんだから金銭感覚は関係ないだろ。つかアブドゥアーばっかりしつこい!アブドゥアーの宣伝担当者かお前は!」


「…太陽たいようくん。対戦相手に対する文句や野次はペナルティの対象になることもあるから慎みなさい。それと、アブドゥアーはまだ2回しか出題に使われていないからしつこいと言うのは適切ではないわ」


「すみません。気をつけます」


(霧子きりこさん達が試合の前に買うとか買わないとか言って話題にしてた時からずっと気になってるんですよ…アブドゥアーって何なんですか?)


 太陽は心の中で呟いたが、当然それに対して霧子が応えるはずがなかった。


 ここで、時間停止タイムストップ


 今回はとあるパターンの問題とその正否について説明をしておこうと思う。

 先ほど茜が出した金額の問題や前作で霧子の出した太陽の表面温度の問題において、という言葉が入っていることは既にお気づきだろう?

 この凡そという曖昧な表現が入る問題の正否に関して、野球式クイズ対決ではどういう扱いをしているか説明しよう。

 凡そという言葉が入る問題の場合、その解答は必ずによる物でなくてはならない。そして、解答となる数字は切り捨てや四捨五入するなどでとなっていなくてはならない。

 それらを満たしていない場合はとなる。

 なお、回答者は回答時に凡そという言葉を省略してもいいが、出題者は出題時に必ず凡そと言わなくてはならない。凡そを言い忘れるととなるため注意が必要である。

 ちなみに、問題や解答の整合性などについては審判が判断するものであり、回答者が出題内容に対して異議申し立てをしていなくても、審判の判断で問題と解答について協議する場合があり、整合性がないと判断された場合は出題無効となる。

 この様に、野球式クイズ対決において凡そという言葉を使う問題は意外と制約が多いので、凡そという言葉を使う問題を作る際には特に注意が必要である。

 しかしながら、出題無効と判断された場合は出題不正と違ってペナルティがないため、凡そと付く問題を無理に避ける必要はない。


 説明は以上だ。


 では、時間停止タイムストップ解除!


「あら?存外聞き分けが良いわね、太陽たいようくん。では、今の問題でツーストライク。つまりワンアウトよ」


「あははは!たいよーってば全っ然答えられないね!エロい事ばっか考えてるから脳ミソ溶けちゃったんじゃないの!」


「く…霧子きりこさん、今の水無月みなつきさんの発言は野次じゃないんですか?注意してくださいよ」


「そうね。あかねちゃん、太陽たいようくんの脳味噌は溶けていないわ。腐っているのよ」


「ちょっと!霧子きりこさん!対応があからさまに違うんですけど!」


「けど、なに?」


 太陽はこの言葉を言った時の霧子の鋭い目付きに気圧され、それ以上は何も言えなくなった。


「………水無月みなつきさん、次の問題出して」


「うんうん!サクサクいこー!よーし!問題!アブ…」


「アブドゥアーはもう良いって!!!」


「………いや、今回はアブドゥアー関係無いんだけど…」


太陽たいようくんに出題妨害行為を確認。出題妨害ペナルティを与える」


(しまったぁぁぁぁあ!!!)


 太陽は早とちりで茜にツッコミを入れてしまい、審判きりこに出題妨害ペナルティを言い渡された。

 繰り返し聞かされたアブドゥアーという単語が太陽のミスを誘ったのである。

 出題妨害ペナルティとは、出題途中に出題者の言葉を遮るなどの行為を行い、出題を妨害したとしたときに取られることがある人為的ペナルティであり、出題妨害ペナルティを取られた場合、回答者はその問題を不正解となる。

 なお、出題妨害ペナルティは主審の判断のみで出されるペナルティのため、主審を担当する者によりペナルティの基準は異なる。

 厳しい主審だと頻繁に取られるため、主審の癖を見抜くことも野球式クイズ対決の必須テクニックとされている。

 ちなみに、そろそろ解説しておくが、アブドゥアーとは椅子のように座って使う筋トレ器具である。

 主にアブドミナル(腹部)に効果があるために名前にアブが付いているという、アブシリーズ特有の名称と思われるが、開発者がマイク・アブドゥーだからアブドゥアーという名前になった可能性は否めない。


「自滅してくれてサンキュー!じゃ、今度こそ問題いくよ!」


(くっ!可愛い笑顔しやがって!)


 空回りして自滅した太陽に礼を言った茜の笑顔には嫌味が全くなく、心から礼を言っているようだった。

 その笑顔は可愛かった。

 太陽にとって茜は、あくまでも仲の良い異性の友達という関係だが、友達でも可愛いものは可愛いのである。


「問題!アブダビコンバットの正式名は!」


「んなもん知るか!つかアブから始まる問題ばっか出すな!………アブストラクトダービーコンバット?」


「ブッブー!正解はADCC Submission Fighting World Championshipでした!フツーは知ってるよね!ADCCはアブダビコンバットクラブの頭文字だよ!そもそもアブダビコンバットとアブストラクトは関係ないよ!アブダビは都市名だからね!よし!これでツーアウト!」


 茜は元気一杯だ!


「アブダビはアラブ首長国連邦の首都ね 。アブダビコンバットの発足にはアラブ首長国連邦の王子が関わっているわ。というより、彼はアブダビコンバットを創設した張本人よ。ちなみに、アブダビコンバットの試合は制限時間の前半はポイントが入らないの。だから前半は一本取ることのみを狙うのよ。後半からはポイントが入り、制限時間が無くなるまでに決着がつかなければポイント判定、判定で勝者が決まらない場合は延長戦になるわ。延長戦はゴールデンスコア方式が採用されているから瞬き厳禁よ。それと、アブダビという言葉の意味は…もしかしたら問題に使われているかも知れないから言わないでおくわ」


「さっすが部長ですね!完璧な解説です!」


 審判である霧子がアブダビコンバットについて解説し、それを茜が誉めていたが、太陽は話に着いて行くことが出来ていなかった。


「ぐ……当たり前のように解説を…」


(水無月みなつきさんってスポーツ特待生だから勉強が苦手っていう噂があるけど、実はかなり頭良いんじゃないか?これはまずいかも知れない…こんな聞いたこともない問題を作る子に俺の用意した問題が通じるのか…僕が水無月みなつきさんを脱がさない様に接戦を演じても逆に脱がされたら結局気まずいぞ…)


 太陽は茜から出される問題が思っていたよりも高難度であることに焦りを感じていた。

 そして、その焦りはある意味では焦りではなく予感に近く、この試合の展開は徐々に太陽の思惑からハズレていくことになる。

 この時の太陽はまだ、茜の出す問題のに全く気が付いていなかった。


 現在、1回表ツーアウト。

 新入にいり太陽たいよう水無月みなつきあかねの戦いは始まったばかりだった。


 次回へ続く………

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る