エピローグ

エピローグ:人の世界は続いていく

 少女が目を開けると、まず白一色の天井が見えた。

 そしてすぐに、4人の少女の顔がひょこひょこっと現れた。


「あ! 目を覚ました!」

「おはよう、ステラエルっ! へぇ、あなたの瞳って緑色なのね、初めて知ったわ!」

「えへへ~、Langeラング nichtニヒト gesehenゲジーン! また会えたねステラエルちゃん♪」


 ベッドの両側から唯祈いのり来朝らいさが少女――――ステラエルの顔を伺い、せいが無邪気に抱き着いてきた。


 一方で、病院着を着させられているステラエルは、すぐに今の状況が呑み込めなかったせいか、異世界でずっと顔に張り付いていた笑みがなく、ポカーンとしていた。ずっと笑顔だったせいで見ることのできなかった瞼も開き、エメラルド色の瞳がだれの目にもはっきりと見えた。


「ええと、ここは?」

「地球よ。よく来たわね」

「正確には日本国東京都新宿区市ヶ谷ね。いえ、言ってもわからないわよね。ここは私たち退魔士の本部よ」


 ステラエルの疑問に、摩莉華まりかがものすごく簡潔に答え、それを後ろに控えていたかなめが補足する。とはいえ、異世界の天使だった存在に日本だの東京だの言ってもピンとこないだろう。


「まさか本当に、私たちの「お願い」が叶うなんて、言ってみるものだね」

「どうよステラエル、気分は?」

「なんだか背中が軽いですね…………えへへ、私……本当に人間になっちゃったんですね♪」


 唯祈いのり来朝らいさに言われて、ステラエルはその場に起き上って自分の背中の方を振り返ってみた。

 いつも彼女の背中についていたはずの二対の羽が見当たらず、背中を出さない普通の服を着ることができる人間の身体がそこにあった。


 六花特殊作戦群のメンバーたちが、活躍の対価として差し出した願い事は――――「ステラエルを人間にして自分たちの世界に連れてきてほしい」ということだった。

 半永久的な生を得たはずの天使から、長くてもわずか100年程度しか生きることができず、様々な制約が多い単なる人間になるというのは前代未聞であり、同僚のデストリエルは、この願いを「ステラエルへの強い恨みか何か」ではないかとすら思ったほどだ。


 しかし、これは罰ゲームでもいやがらせでもなく…………ステラエル自身が望んだことだった。

 生まれながらにして天使だったステラエルは、大会の案内をしている最中に、SSSのメンバーたちに情が移ってしまい、たとえ短い一生になろうとも、人間として生きていきたいと思ってしまったのである。


「ねぇ、もしかして人間になったら歳が一番近いのは私かな! 私と同じ歳ってことでいいよね! 一緒に学校行こっ! ねっ!」

「そうですね……。見た目は舩坂さんと同年代といえなくもないですが、一度精密検査を行って、正確な年齢を算出した方が」

「もう、教官は相変らずお堅いんですから。そんなことより、せっかくですからステラエルちゃんが人間になった記念として、みんなで写真を撮りませんか?」

「そうね、記念にも記録にもなりそうだし、こうして全員集まっているのですから、何枚か取っておきましょうよ!」


 人間になったばかりのステラエルが、この先どう過ごすか、人間にすると何歳の状態なのか、色々調べなければならないことは山ほどあるが、今は摩莉華まりかの提案で全員で集合写真を撮ることにした。

 六花特殊作戦群に新しい子が加わる記念だが、異世界から来た存在が人間としてこの世界に来たばかりの記録というのも、とても重要なものだろう。


「では、私がシャッターを切りますから、皆さんはステラエルさんの周りに集まってください。一応、こんなこともあろうかと、カメラは用意してあります」


 用意がいいことに、雪都ゆきとは手持ちのカバンの中から手ごろな大きさの記録用カメラを取り出す。

 ところが、これに女性陣が一斉に抗議し始めた。


「ちょっと教官! 教官も写真に写らないと意味ないでしょ! 教官もあたしの隣に来てよ!」

「そうよそうよ! 教官だってSSSのメンバーなんだからっ!」

Genauゲナウっ! 女の子ばかりだからって遠慮しなくていいと思うんだっ!」

「せっかくですから、ステラエルちゃんを抱っこしてあげてください♪」

「それがだめなら、私を抱きしめてくれてもいいんですよ、雪都ゆきとさん…………」

「うむ、羨ましいのう冷泉君。では代わりにワシが写真に写るとするかの」

『元帥!?』

「わ、わかりました……タイマーセットしますから皆さんで入りましょう」


 すったもんだあった末、雪都ゆきとはカメラのタイマーをセットして、ここにいるメンバー全員で映ることにした。

 ちゃっかりその場に居合わせた米津よねづ元帥は、一枚目だけは記録的な意味を残すため映らないことにしたが、二枚目以降は遠慮なく入るようだ。彼が入ると、写真に別の意義が生まれてしまいかねない。


「えへへ、せっかくですから、やっぱり教官さんの膝の上に座りたいですね♪」

「ふーん…………」

「我儘はこれが最初で最後ですからね」

「あの、鹿島さん……かなめさん……少し近いのでは?」

「あっははは! 教官が女の子をたくさん侍らせてる写真が、歴史に残っちゃうね?」

「では私も、こんな表情をしてみましょうか?」

「はいはい二人とも、そろそろタイマーの時間だから、そんな怖い顔しないで、ね! ほら、3……2……1……」


 タイマーがセットされたカメラが、カシャリと音を立てて、フラッシュが同時に光った。

 中央でちょっと困ったような笑顔の雪都ゆきとと、彼の膝に腰かけ、満面の笑みを浮かべるステラエル。その両側には、雪都ゆきとの両腕を抱えて「我こそが正妻だ」と主張せんばかりの笑顔を見せる唯祈いのりかなめがいる。そして、手前には両手でピースサインをするせいに、カメラを意識して「キラッ☆彡」のポーズをする来朝らいさと、意味深にうっとりとした笑いを浮かべる摩莉華まりか――――七人が写った写真は、この後重要な記録として、退魔士たちの資料の中に保存されるだろう。


 この後さらに、米津よねづ元帥も交えて全員で自由気ままなポーズで写真を撮りまくる。

 たったそれだけのことなのに、常に写真の中央にいるステラエルは、心の底から楽しそうな笑顔だった。


(仲間がいるって、こんなに楽しくて…………こんなの幸せだったんですね。これから先は、人間としての悩みもあるかもしれないけど……私、これからもみんなと一緒に過ごしていきたい!)


 生まれた瞬間から周囲と競い合い、マウンティングし合い、蹴落とし合う過酷な世界に比べれば、ステラエルにとってこの世界はまるで天国のように思えた。

 彼女の言う通り、これから先は、人間ならではのしがらみや病気といった、今までになかった悩みも起きるかもしれないが、それでも彼女はこの選択に悔いはなかった。


 そしてさっそく……人間の悩み第一弾が、彼女のお腹から「グゥー」と音を立て始めた。


「あら? や、やだ……私ったら」

「お腹すいてたんだねステラエル。こっちの世界に来るまで何も食べてなかったんだよね?」

「もう、そういうことは早く言いなさいよ! 写真なんていつでも撮れるから、まずはみんなでどこかに食べに行きましょ!」

「よし! そんな時にはワシに任せろ! 日本に来たらまずは寿司じゃな! 回転する寿司と、回転しない寿司があるが、どっちにするかね?」

『回転する方でお願いします!』

「げ、元帥!? ステラエルさんをいきなり回転寿司屋に連れて行く気ですか!?」

「はっはっは! 心配せんでも、今日はワシのおごりじゃ! 何でも好きなだけ食べるがよいぞ!」

『ありがとうございます!!』

「ど、どうしましょう雪都ゆきとさん……後で幕僚に怒られませんでしょうか?」

「こうなっては仕方ありません……そのあたりは私が後で何とかしておきます。それより今は、ステラエルさんのお祝いを楽しむことにしましょう」

「お寿司楽しみですね! 天国だとお寿司なんて高貴なものは、座天使以上じゃないと食べられなかったんです! しかも回転するなんて、どんなものなのかワクワクします!」


 こうして彼らは、なぜか米津よねづ元帥のおごりで、8人全員で回転寿司に食事に行くことになった。

 そう遠くない日のうちに、改めてステラエルの歓迎会が開かれることになるだろうが、結局こんなグダグダっぷりが人間らしいと言えるのかもしれない。


 魔の物が絶滅し、立ち会を失いつつある退魔士見習いたち。

 異世界の存在が明らかになり、そこからの侵攻を想定するとしても、この先彼らの規模縮小は免れないだろう。


 それでも…………彼女たちにはまだ無限の可能性が広がっている。

 新たな仲間を加えた六花特殊作戦群は、この先もどこかで戦いに赴く日が来るのかもしれない。




『出撃! 六花特殊作戦群!』――完――

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出撃! 六花特殊作戦群 南木 @sanbousoutyou-ju88

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