希望の代償

 競技が終わった翌日、六花特殊作戦群のメンバーたちは元の世界へと帰っていった。

 彼らが戻った後、誰もいなくなった控室の世界と温泉旅館の世界は、彼らについていた天使ステラエルがすべて閉ざして、後片付けを行い………そのまま天使たちの座へと戻ってきた。


「あれー? ムキンちゃんじゃーん。ずいぶん遅かったねぇ?」

「デストリエルちゃーん、ただいまーっ。今回の代理戦争、楽しかったねー♪」

「顔を合わせるたびに思うけど、君の笑顔は見てるだけで心の底からムカつくねぇ。その開かない瞼、ボクが縫いつぶしてあげようか?」

「奇遇だね! 私もデストリエルちゃんのドヤ顔見るたびに、お腹にパンチしたくなるの」


 ルンルン気分で戻ってきたステラエルの前に、同僚の天使――デストリエルが現れて、早速天使らしいハートフルなやり取りを繰り広げた。

 ちなみに、デストリエルの言う「ムキンちゃん」とは彼女がつけたステラエルの仇名で、生まれた時から温室育ちのステラエルを皮肉っている。


「まあいいや、ボクのほうは上々の戦果だったね。やっぱりボクの選眼は間違いないってことは、今回の戦争でよくわかったよ」

「そうなんだ! よかったね!」


 長い髪をふさっとかき上げ、相変わらずドヤ顔するデストリエルに対し、ステラエルもまたいつもと変りない笑顔で、いつも通りそっけない返答をする。


「ムキンちゃんのほうはどうだった? うちの部下がさりげなく君の所の子に目をつけてたみたいだけど?」

「私たちも頑張りましたよ! 頑張ったおかげで、なんと上層部の天使さんが願いを一つだけかなえてあげてもいいって言ってきました!」

「お願い事ねぇ。どうでもいいけどさ、人間って本当にバカでどうしようもないよね。神様が叶えるお願いなんて、昔からそれなりの代償と引き換えに決まってるのに」


 一応各陣営とも、戦った人間たちが活躍したと判断したら、神様の権能で願いを一つ叶えてもいいとお達しが来ている。

 デストリエルがどうしたのかは不明だが、少なくとも彼女は、人間が神頼みして願いをかなえてもらうことに侮蔑を感じているようだ。

 デストリエルにとって、願望とは自分の力で達成してなんぼなのだから。


 しかしステラエルは、そうは思っていない。

 人間が本当に神に対して縋り付くのは、もはや自分の力ではどうしようもないことがわかっていることが多い……ならばその苦しみが、願いの代償にはなりえないのかとステラエルは感じている。


「で、ムキンちゃんとこの子たちは、どんなお願い事してきたわけ?」

「あら、人間たちのつまらない願い事に興味あるんですか? すごくくだらないことかもしれませんよ?」

「下らないなら、下らないなりに笑えるからね。それがお願い事を書いた紙?」

「見ます?」


 ステラエルは、SSSのメンバーたちが話し合った末に決めた「願い事」が書かれた、とても豪華な紙をデストリエルに見せてあげた。そして、そこに書いてあった内容を見た瞬間―――――――


「あ、あはははっ! あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww! あひっw! あひひひゃははははははははははwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww! こ、これ、本気でっ!? あっふふふんはははははははっwwwwwwwwwwwwww!!!!」


 腹を抱えて大爆笑し、そのまま床を左右にゴロゴロと転がり始めた。

 人間の願いに対する最上級の侮辱と言ってもいいほどの動きだったが、あまりのくだらない――――いや、下らないなどと言う言葉では済まない滑稽かつありえない願いだったようだ。


「あひっww、あはははははっ! はっひっほっwwwwww、君はボクを笑い死にさせる気? こんなの見せられたら、あと1000年は思い出し笑いできるよっ!」

「………………やっぱりそうなるよね」


 デストリエルが放り投げた紙を、ステラエルは丁寧に回収する。

 いくら下らない願いと言えど、流石にここまで笑われるのは、ステラエルと言えど腹が立った。


 だが、そんな時に、二人の天使の脳内に直接、上位の天使からの神託が下った。


「あ、本当ですか♪ お願い叶えるのOKですって!」

「本当に叶えるんだ……でも、ムキンちゃんは本当にいいの? 今ならぼくが、バレないようにこっそりとその紙を処分してもいいんだけど」

「ううん、これでいいの。あ……でもそのかわり、すぐに自殺しろですって」

「バカじゃないの?」


 声なき意志として二人が聞いたのは……ステラエルが持ってきた願いをかなえる代わりに、ステラエルに対してこの場で自ら命を絶てという命令だった。

 確かに神々の意図はわからなくもないが、天使であるステラエルが自殺するのは思いのほか難しいことだ。

 体が引きちぎれるほどの大怪我でも元通りになるし、何十年も飲まず食わずでも生命活動に影響はない。そんな天使と言う存在が、自ら命を絶つというのはとても難しいことだった。


「ムキンちゃんは本当に自殺するの?」

「うん」

「やけにあっさり答えるね。やっぱりボクは君のことは永遠に理解できないみたい」

「そんなことないよ。デストリエルちゃんも、いつかわかる日が来ると思いますよ♪」

「あっそ。で、どうやって自殺するの? 何ならボクが手伝ってあげようか?」

「えへへ、大丈夫。私にはこれがあるから」

「あ、それは…………」


 そこでステラエルは、懐にしまってあった亜空間袋から、真っ黒いシルエットとずらりと並んだ牙のような見た目が特徴的な――――『終わりのあやかバーガー』を取り出した。

 その圧縮された暗黒物質のような物体を見たデストリエルは、あまりのおぞましい見た目と雰囲気に、思わずその場から一歩後ずさりしてしまった。どうも彼女も、どこかで見覚えがあるらしい。


「じゃあね、デストリエルちゃん。もう二度と会えないけど、元気でね♪」

「まって! 本当にそれを食べるくらいならボクが苦しまず介錯して…………うわあああああああああああ!!??」


 手の中で暴れる『終わりのあやかバーガー』を、ステラエルはその小さな口で精いっぱい頬張った。

 口の中から体の内側にかけてたちまちズタズタになり、世界を滅ぼす劇毒が、その後に想像を絶する苦痛を与え――――る前に、ステラエルは息絶えた。

 彼女の身体は再生するどころか、あっという間に暗黒に染まっていき、あっという間に形もないほどボロボロに崩れて…………彼女がいた場所にマイクロブラックホールが発生して、周囲の空間を崩壊させ始めた。


「あの最悪天使っ! 何勝手に置き土産残してるのっ! このボクが後始末させられるなんてっ!」


 最悪、天界の一角が崩壊する大惨事になるところであったが、デストリエルが必死に食い止めたおかげで、なんとか抑えることができた。

 しかし、デストリエルと競い合うことができた数少ない存在は、この世界から永遠に消滅することになった。


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