戦いの終わりに

 六花特殊作戦群の6人は、戦いのまとめを終えてすぐに、控室から転移装置を使って、どこかの温泉旅館に転移した。

 この温泉宿は、どうも元々は別のグループが使っていたようだが、彼らが予定より早めに帰ってしまったので、代わりにSSSが1泊利用できることになった。

 数多くの源泉がわいた、総和風造りの高級旅館であり、戦後の精神的な疲れをいやすのに持って来いであった。


 時刻は既に夕暮れ――――女性陣5人が揃って女湯に向かっている頃、教官の雪都ゆきとは、大部屋の机の前に座り、ノートパソコンを開いて一人無言で仕事に没頭していた。

 今彼が作っているのは、上層部に提出するための中間報告書だ。

 これの出来栄えによって、SSS――――ひいては退魔士たちの進退に関わるのだから、彼の責任も重大である。


 思えば今回の競技も、いろいろと未知の経験を得ることができた。


 初めは塔の上で綱引き

 未来世代のサイボーグ相手の力比べは、将来の可能性を示唆した。


 広大なショッピングモールとその周辺地域での、ゾンビパニックのサバイバル

 相手したのは精神術に寄らない、未知の洗脳攻撃を受けた。

 これを受ければ大半の退魔師は無力化してしまう故、対策は急務である。


 かと思えば、異世界で資格試験をさせられたという

 異世界に入世界の文化があり、それを手早く把握するための社会学研究も重要だ。


 正体不明の敵は、時に理不尽な暴力として襲い来る。

 見習いの一人がハンバーガーづくりの最中に対峙した敵は、古に語られる強大な魔の物に匹敵するか、それ以上の力を持つ。

 それが現世界に顕現したら、どうなるか……考えるまでもない。


 また、中にはどのような原理か不明ながら、無限の再生能力を持つ個体が存在する。

 その力の一部分でも解析できれば、今後の強化につながるだろう。


 悲しきヒーローがいた。

 守るべき存在に見放され、理性を狂わされた戦士がいた。

 過去の歴史でも、退魔士が魔の物側に寝返った事例は数多くある。その逆はまれだ。

 欲望の歯止めを失えば、将来の退魔士たちからまたしても魔の物が現れる可能性は考慮に入れるべきである。


 神の力なしに生きられない生き物たちがいた。

 戦の精霊は、彼らに戦うための力と知恵を与え、一騎当千の戦士に育て上げた。

 近代兵器が魔の物を駆逐したとしても、その逆がありえないとは限らない。


 天性の才能に人生を左右される者たちがいた。

 彼らは生まれつきの能力だけで、すべてが決められる。それに反逆する者もいる。

 これもまた、退魔士の未来を暗示する一幕と言える。


 未知なる世界には、未知なる魔術がある。

 永久に増え続けるウサギの魔物に対し、異世界の根源不明の術が襲い掛かった。

 未知なる世界には、経験と直感のみがモノを言う。


 時として異世界の魔の物は、生きとし生けるものすべてに牙をむく。

 そして彼らもまた、成長し続ける。

 強くなる前に押さえつけられるのならそれに越したことはないが、自分たちが手の付けられないほどの強さになって、すべてを破壊することも十分に考えられる。

 ゆえに、我らもまた強く、進んでいかなければならない。


 だが、異世界の住人との対話もまた忘れてはいけない。

 彼らもまた今日を生き、明日を迎えんとする命なのである。

 お互いに剣をおさめ、手と手を取り合うことができれば、これに勝る勝利などないのだから――――



 一通り文章を書いたところで、雪都ゆきとはウンと一回背伸びをする。

 そんなとき、天使ステラエルがなぜか一人で部屋に入ってきた。


「あら? あらあらあら? こんなところまできてなーにしてるんですか、雪都ゆきとさーん? せっかく温泉旅館に来たのに、お仕事なんて、案内した私への侮辱ですか? ほらほら、女湯で可愛い女の子たちが待ってますよ♥ 今なら覗きたい放題ですよ♥」

「ステラエルさんですか……申し訳ありませんが、何分これは私の性分のようなものでして。やはり仕事が残っていますと、どうしてもそちらの方ばかり考えてしまって…………心から楽しめないのですよ」

「本当に仕事人間ですねぇ。そこまで国家に忠誠を尽くす人、初めて見ました」

「はい、ありがとうございます」

「……皮肉で言っているんですけど」

「わかってます」

「もう、将来この人の奥さんになる人は、苦労しそうですね」

「冷泉の実家は弟が継ぐそうなので、私は別に独り身でも問題ないですよ」

「ダメです♪」


 鬱陶しく絡み始めるステラエルだったが、雪都ゆきとは華麗にこれをスルー。ステラエルは、改めてこの鉄壁の朴念仁を突破するのは並大抵ではないと悟るのだった。

 おそらく今頃は、しびれを切らした女性陣たちが、男湯に逆覗きを掛けているに違いない。


「お願いをかなえるための話し合いにもいかないんですか? 雪都ゆきとさんがいない間に、誰かの結婚相手にさせられても知りませんよ?」

「それはないでしょう。鹿島さんたちも、あの場ではああ言っていましたが、彼女たちは彼女たちなりに、考えてくれるでしょう。まあ、もしも過激な内容なら、私が後で修正いたしますが」

「あら、いいんですか? そんなに信用してしまって」

「なんだかんだ言いましても、私の教え子たちですから、そうなるように教えてきたはずです」

「ふぅん…………」


 まだ少し納得がいっていない様子のステラエル。

 ずっと笑顔で、一切の喜怒哀楽の表情を見せない薄気味悪い天使だったが、この日一日彼女と関わっていると、ステラエルの考えていることが何となくわかる気がしてきた。


「ステラエルさんこそ、お風呂には入られないのですか? 私は男性ですので、教え子たちと湯舟を共にすることはできませんが、ステラエルさんなら彼女たちと語り合うこともできたのでは?」

「…………それはできません。私は天使ですから、本当なら私事で人間と深くかかわってはいけないんです」

「なるほど、天使は人間を導き、糺すのが使命なのでしょう。はじめは私たちに懐疑的だったのも、そのせいなのでしょうか?」

「よく……わかりますね。ええ、そうですとも。私は貴方達が嫌いでした。きちんとした上下のけじめがありながらも、まるで一つの家族のように仲良くしているなんて…………よくもそんな羨ましい光景を、見せつけてくれるものですね。雪都ゆきとさんもわかっていますでしょう? 私のこの性格…………これでも、天使の中ではまだかわいい方なんですよ」

「……………」


 やはりステラエルは笑顔だったが――――雪都ゆきとは彼女が「泣いている」と判断した。

 上位存在たちの組織の在り方など、彼の知る由もないが、寿命がほとんど永遠に等しい天使や神たちともなれば、かのギリシャ神話のような無慈悲な暗闘が繰り返されているのだろうと想像できた。


「なーんて♪ せっかくのお疲れモードなのに、こんなお話はナシナシで♪ それよりも雪都ゆきとさん、お風呂に入りましょう! 今なら天使の私が、お背中とお腹と《検閲削除》と《検閲削除》を念入りに洗ってあげますよ! というか、生まれてから一度くらい男の人の裸を見て見たかったんです! 見せてください!」

「仕事はひと段落しましたが、それとこれは話が別です」




「話は聞かせてもらった! 教官をお風呂に連行するよっ!」

雪都ゆきとさんひどいじゃないですか、私たちはずっと男湯で雪都ゆきとさんが来るのを待ってたんですよ」

「もう帰ってきたんですか…………しかも今、聞き捨てならない言葉が」


 ここで、いつまで経っても浴場に姿を現さない雪都ゆきとに痺れを切らした女性陣が全員で部屋に戻ってきてしまった。しかも、旅館ごと貸し切りなのをいいことに、男湯で待ち伏せしていたらしい。


「千間さん……舩坂さん……それに翠さんまで、何をしてるんですか」

「わ、私は止めたんですけど、この二人に腕っぷしは敵わないから、ね?」

「いいじゃんいいじゃん! 減るものじゃなしー!」

「私は人間なので気にしませんよ♪」


 ついさっきまで「教え子たちを信じる」と言い切った雪都ゆきとの思いは、こうして無残にも打ち砕かれてしまい、彼は眉間にしわを寄せて、思わずため息をついた。


「ダメなものはだめです。私もあとで入りますから、今は……」

「いいことひらめきました! せっかくなので「競技」の延長戦をしましょう! そして、雪都ゆきとさんに勝てばなんでも言うことを聞いてくれるということで♪」

Hmmフーム? 今なんでもするって言ったよね?」

「それでは、せっかくの旅館なので「まくらなげ」なんていかがです

?」

「いいね! 教官を枕で埋めちゃおうか!」

「ふふふ、覚悟してくださいね雪都ゆきとさん? 女の子たちを待たせた罪は重いですからね!」

「え? 私もやるの? じゃあ私は、この媚薬入りの枕で……」


 競技が終わって気が抜けたのか、好きかって言い放題する女子たち。

 雪都ゆきとは何とか耐えていたが――――彼の心の中で、何かが切れる音がすると、その場でノートパソコンを閉じて、ゆらりと立ち上がった。


「どうやら…………全員、お仕置きが必要なようですね。いいでしょう、まとめてかかってきなさい」


 その後、六花特殊作戦群のメンバーだけで、6対1エキシビジョン競技「まくらなげ」が開催されたが、あいにくこの競技の詳細は報告書に記載されていなかった為、どのような結果になったのかは不明である。


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