ささやかな願い事

 異世界への遠征が終わり、元の世界に戻ってきた二日後――――

 六花特殊作戦群のメンバー6人は、雪都ゆきとに率いられて、東京市ヶ谷にある討魔省の本庁にやってきた。


「ここに来るのは久しぶりね。父さんも母さんもどこかにいるかしら」

「そういえば唯祈いのりのご両親は、平日ここで働いてるのよね。娘のためにわざわざ隣県から出勤するなんてすごいよね」

「私たちに話ってなんだろうね? 私たちのお願い事、叶ったのかな?」

「どうでしょう? 結構無茶なお願いをしてしまいましたが、叶っているといいですね」


「みんな、そろそろ部屋に入るから、静かにね」

『はーい』


 退魔士組織の上層部に呼ばれたにもかかわらず、見習いたちに緊張はあまりなかった。雪都ゆきとが先に部屋で話している間に引率しているかなめも、かつての古巣なので気楽なものだった。

 彼女たちが控室で待っていると、雪都ゆきとがすぐに戻ってきた。


「お待たせしました、案内します」


 彼らが通されたのは、庁舎の最上階に位置する、総合作戦本部室――――要するに、重要な会議がある際に使用される厳粛な会場である。両側に高級そうな机やイスがズラッと並んでいるが、この日は特に使用していないので誰もおらず、代わりに議長席に一人の老人が座っていた。


米津よねづ元帥閣下。冷泉雪都並びに、六花特殊作戦群メンバー揃いました」

「ああ、ご苦労さん。すまんな、今日は学校もあるだろうに、無理を言って集まってもらってのぅ。ま、ま、そこに腰かけてくれ」

『失礼します』


 退魔士たちの総元締めにして、日本国の魔の物掃討を指揮した老元帥――米津よねづは、御年90を超えてなお現役バリバリの、タフガイ退魔士である。

 性格は比較的穏やかだが、癖の強い退魔士たちを纏め上げているその調整能力は、特筆すべきものがあった。


「まずは6人とも、命を落とす可能性がある中、未知の世界の遠征ご苦労じゃった。冷泉君のレポートも読んだが、貴重な経験をたくさん積んできたことだろう。その経験こそが、将来の退魔士たちの力になる…………本当によくやってくれた。どうじゃ、異世界は楽しかったか?」

Genauゲナウっ! 楽しいことも、つらかったことも、色々ありました! 次もあったら挑戦してみたいですっ!」

「確かに危険もたくさんありましたが、やはり知らない世界を知ることができたのは、とても素晴らしかったです」

「そうか、そうか! 出来ればワシが行きたかったのぉ! 異世界に転移して、若返って、奇麗なお嬢ちゃんとパーッとやってじゃな!」

「元帥……奥様に叱られますよ」

「うむ、カアチャンには内緒にしてくれ」


 何よりこの元帥は日本国内でも特に強いのは間違いないのだが、子供好きで、ミーハーで、この歳になってラノベを読んでいたりする変わり者でもある。

 話が逸れ始めたので、雪都ゆきとが話を元に戻す。


「ま、なんじゃな、そなたたちは本当によく頑張ってくれた。若いのに、よくぞ未知の世界への遠征に志願してくれた。そのお礼と言ってはなんじゃが、褒美をやろう」


 そう言って米津よねづ元帥が手渡したのは、立派な表装の……旅行ガイドだった。


「少し早いが春休みでも夏休みでも、この中で好きな場所に6人で旅行に行くとよい。費用はすべて経費で落ちる」

「へぇ、この中のどれでもいいんですね! なんか高級リゾートばっかり!」

「わあぁぁ! 私南国がいいっ!」

「どうしよっかな? イギリスとか言ってみたいな」

「国内だと滞在日数長いんですね。また温泉でも私はいいですよ? 地獄のように熱いお湯がいいですね♪」


 見習いたちはにわかに色めき立ったが、とりあえずこの場ではいったん保留にしておく。


「それとじゃが……千間来朝せんげん らいさ、前に出てきてくれるか?」

「私ですか?」


 ここで、なぜか来朝らいさだけ前に出るよう指示される。

 来朝らいさは言われるまま前に出ると、そこで米津よねづ元帥から賞状と熨斗袋に入った目録を渡された。


「とある人物からこれを渡すよう言われてのう。よかったの、千間君、そなたが今回の戦いのMVPだそうじゃ。別途賞金100万円を渡そう」

「え、えええええ!? 私が!? ワタシナンデ!?」

「すごいじゃない来朝らいさ! MVPだって!」

来朝らいさセンパイGlückwunschグリュックヴンシュっ! すごいすごーい!」

「やるじゃない来朝らいさちゃん! 頭撫でてあげるわ♪」

「わ、わわわ、まってまって!? 私、そんなにっ!? えへへ、ありがとうっ、戦友っ!」


 なんと、今回の遠征で功績一番とされたのは、来朝らいさだった。

 ほかの見習い3人が、来朝らいさを祝福するように取り囲んで、その場で胴上げを始めた。ポンポンと宙に舞い上がる来朝らいさは、困惑しっぱなしだったが、目録をもらったのはとてもうれしそうだ。


「ふふふ、来朝らいさちゃんもこれでご両親に親孝行できますね」

「もしかしたら、競技中も異世界の存在が彼女の活躍を見ていたのかもしれませんね」


 仲間たちに胴上げされる来朝らいさを見て、かなめ雪都ゆきとも、心の底から嬉しそうだった。

 来朝らいさは退魔士になった経緯が複雑だっただけに、今まで頑張ってきた自分と、それを支えてくれた仲間たち、それに小さいころから応援してくれた両親に感謝してもしきれないだろう。


「ほっほっほ、女の子の友情は過激じゃのう。ま、わしももう少し話を聞きたいのじゃが…………その前に、先ほどこの討魔省の隣にある先進医療施設に、意識不明の異世界人が保護されたとの情報が入ってきてのぉ」

『異世界人が保護された!?』

「ちょっ、胴上げ途中でやめないで!」


 4人の見習いたちは、その話を聞いて急に騒然となった。


「気になるじゃろ。一緒に行くか?」

『はいっ!』

「元帥……その、あとできちんと正式な辞令を」

「相変わらずですね、元帥は。私たちも行きましょうか」


 こうして彼らは、正式な会合もそこそこに、米津よねづ元帥を先頭に病院に向かったのだった。


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