疑心の先に待つ奇跡 5

 競技会場全体に強い風が吹きつける中、雪都ゆきとはその風をひたすら会場全体を駆け巡った。

 楓迦がなりふり構わぬ手段に出た以上、彼も座して待つことはできない。


「こうなっては、もはや半分だけを見ていくだけでは確実に負けるでしょう。

しかし、あれだけのものを集めてもまだ楓迦さんの勝ちにならないということは、まだまだチャンスは残っているようですね」


 その場にいるだけで、会場全体の品物を自分の周囲に集められる楓迦に対し、雪都ゆきとはいまだに自分の足で走り、自分の目で確認し、自分の手で合わせていかなければならない。状況はかなり不利なはずだが、雪都ゆきとは真顔ながらもどこか楽しそうだった。


(そうです……競技、戦いとは、本当はこうでなくては……! 事前の小細工は全て潰え、お互いに闇雲の状態で、限界まで知恵と力を振り絞る。それこそが…………!)


 退魔士としての雪都ゆきとは、数いる精鋭のなかでもかなり慎重かつ緻密な作戦で、堅実に戦うという評価を得ている。

 敵を知り、己を知れば、百戦百勝危うからず――――その言葉通り、彼は仲間の力量と敵の勢いを十分に検討し、その上でいくつもの動き方を用意して、その都度最善を選ぶことで、味方の被害を極力抑えようとしてきた。

 その、突き詰めたような合理的な戦闘指揮があるからこそ、雪都は見習いたちの中で最も将来有望とされている、唯祈をはじめとする六花特殊作戦群の教官を任されたわけだが…………その実、雪都ゆきとが求める本当の戦い方は、それと全く異なるものだった。


 雪都ゆきとにとっての「本当の戦い」とは、不利な状況を己の力ですべてひっくり返す――――ジャイアントキリング。

 男ならば誰もが夢見る、苦境からの逆転……勝てるかどうかわからない戦いで、追い込まれながらも火事場の馬鹿力を発揮する。そんな、子供じみた熱い戦いこそが、彼の望むもの。

 雪都は軍人である以上、そのような博打的な戦術戦略はご法度と言うことは理解しており、教官になった今でも教え子たちの模範になるように、そのような考えはおくびにも出さないでいた。


 しかし、今ここにいるのは自分と敵の二人だけ……しかも、負けても命を落とすこともないし、競技に負けたところで味方に不利益はない。

 その上相手は、分霊体とはいえ自然界の頂点に君臨する精霊であり、対戦相手としてはこの上ない存在でもある。


「楓迦さんは、一定以上の軽さの物から、どんどん物の重さの比重を重くしていくようですね。確かに効率的ではありますが、万能と言うわけではないようです」


 上空で竜巻を起こし、遠心力で品物の重さをよく吟味している楓迦を見て、雪都ゆきとは彼女のやり方にも限界があることをすぐに悟った。

 ペアにならない不要なものを、会場外にポイ捨てしているのも、いらないものをきちんと選り分けていかないと邪魔になるからだろう。


「ならば私は、重さが中程度の品物を中心に得点を稼いでいきましょうか。重量物はなるべく後回しで大丈夫でしょう」


 軽いものから徐々に選別していく都合上、どうしても重いものは後回しになってしまう。

 そこで雪都ゆきとは、中程度の重さの品物から先に選別し、楓迦に点数を取られる前に先取りすることにしたのだった。

 このあたりの判断の切り替えの早さは、退魔士の教官ならではだろう。




『もう対応してきましたか…………つくづく得体のしれない人間ですね。退……と、言いましたか。異世界にも、あの人――――旭のような存在がいるというのも驚きですが、あの人は一体全体どんな術を使っているのやら』


 一方で楓迦の方は、点数が増えてきてある程度余裕ができてきたことで、改めて対戦相手について考察し始めた。

 風の大精霊が巻き起こす突風の中でも自在に動くことができるというだけでも、人間としてはありえないというのに、彼は楓迦が巻き起こした風を蹴って加速までしているのだ。そのような能力は今まで見たことも聞いたこともない。

 しいて言えば、突貫同盟の総大将――神門旭のような身体強化に似ているだろうか?


『……巻き上げた品物が合致する組み合わせが急に少なくなりましたね。今までも多いとは言えませんでしたが、更に少なくなるということは、向こうにあらかじめ取られているということでしょうか』


 雪都ゆきとが途中から動きを変えて、見ていないはずのもう半分にも立ち入り始めたことはわかっている。しかし、動きはわかるが相手がいつ得点を稼いでいるかまではわからない。

 それでも楓迦は、10分で78点ものペアを作っていたのだが、60を超えたあたりから、組み合わさる物品が急に少なくなるのを感じ、雪都ゆきとが先回りして得点源にしていることを知った。


『まあ……初めからわかってはいましたわ。私がものを巻き上げれば巻き上げるほど、会場から物は少なくなり、その結果…………向こうも見つけるのが容易になってしまう。しかし今の私には、これしかないのです』


 試合が進むにつれ、楓迦も雪都ゆきともとある問題を抱えていた。

 それは、相手がどれだけの点数を稼いでいるのかわからないことだった。

 もっと言えば自分がどれだけ得点を稼いだかも、どこにも表示されないので、自分で覚えているしかない。幸い楓迦は、体の中に小さな空気の塊を点数分作ることで、自分がいまどれだけ得点しているのか把握しているが、普通なら自分がどれだけ点数を稼いでいるのか把握できなくなってしまうだろう。


『もはや、どれだけリードしているのか、それとも離されているのか……全く分からない。しかし、わからないのであれば、全力を尽くすまで……!』


 楓迦はとうとう、重さ20kg以下の物を浮かせるほどの暴風を発生させた。

 ここまで来ると、もはや各テントの下には品物がほとんど残っておらず、ごちゃごちゃしていた会場はかなりすっきりとしてしまっている。


「楓迦さん、勝負に出ましたか…………それもそうですね。今私の得点は、96点。あと3点で勝てるということは、もう得点源の物はほとんど残っていないはず」


 重さ20kg以下の物品……それこそテレビやデスクトップパソコンといった家電製品から、ドラム缶に入った業務用の麵つゆに小さな石灯籠まで、目立つものがこれでもかと言うほど飛んでいく。

 それはもはや、台風すらも凌駕する凄まじいダ〇ソンぶりであった。


「しかし、今残っている物は、どれもこれも見たものばかりで、点数になるものはほとんど残っていませんね。さて、どうすべきでしょうか…………? ……おや、これは?」




『これ以上重いものになると、もう得点源になるものはほとんど残っていないでしょう。できることなら、ここで決着をつけましょう!』


 テントすら根こそぎ持っていかれかねない暴風の中心で、楓迦は一気に決着をつけるべく、物品の選別を急いだ。

 もうここまで来ると、雪都ゆきとのほうもなりふり構ってはいられなくなるだろう。もし彼が勝利にどん欲になるのなら、いよいよもって彼の方から妨害禁止の約束を破ってくる可能性が高い。


『91……92……まだ動きませんか。ふふっ、最後まで私に手を出さなかったことは、素直に称賛してもいいかもしれませんね。人間にしては律儀な人物でしたが』


 重い割には違いが分かりにくい、絵画や壷と言った美術品が、次々と点数に加算されていく。ただ、巻き上げた品物の中に、妙なものがあることに楓迦は気が付いた。


『同じ絵が3枚……? しかし、重さが全部一緒……?』


 同じ額ふちに入った、同じエッフェル塔を書いた絵が3枚あった。重さは額ふちから換算するに12kg前後といったところか。

 念のためそれらをぶつけ合わせようとしたところ、3つのうち2つが白い光に包まれて消えた。


『一つは違うものだったのでしょうか? ですがこれで98点…………あと一つ見つければ……!』


 だが、それ以外に得点源になりそうなものはなかった。後1点足りないのは非常に悔しかったが、不必要な品物は、いつも通り会場の外に投棄する。


 楓迦の得点は98点となり、いよいよリーチ――――といったところで、今まで静まり返っていた会場に、アナウンスが響き渡った。



『競技の参加者の皆様にご案内いたします』


『アナウンス――――まさか、向こうが99点集めたというのですか!?』


 競技参加者への案内と聞いて、楓迦はないはずの心臓が飛び出しそうになるほど驚いた。なぜなら自分はまだ1点足りていないのだから、自分の数え間違えか、あるいは雪都ゆきとが勝利したかのどちらかだと思ったからだ。

 だが、アナウンスの続きを聞いて、楓迦はさらに驚くこととなる。


『得点となるアイテムが勝利条件の数を下回りましたので、競技は終了となります』


『なんですってぇっ!!??』


 普段から落ち着いた態度の楓迦は、ありえない内容のアナウンスに対して思わず絶叫してしまった。


「あの、楓迦さん……」

雪都ゆきとさん……これはいったい?』

「楓迦さんは、運命と言うものを信じますか」

『突然何を言い始めるのですか? 告白なら……受け付けません』

「そういった意味ではないのですが…………楓迦さんはこの絵に見覚えはありませんか?」

『あ………』


 彼女の足元まで来た雪都ゆきとが手に持っていたのは、ついさっきなぜか3枚あった同じ絵……エッフェル塔が書いてある絵だ。楓迦は、3つのうち2つを得点に変換したが、残りの1枚は場外に飛ばしてしまっていた。


『なぜあなたがそれを持っているのですか?』

「私もこの絵の存在は後半になるまで気が付かず…………あの後手に取ったのですが、もう1枚と合わせるために運んでいたところで、もう3枚が飛んで行ってしまうのを見まして…………」

『なるほど…………ちなみに私は98点です。雪都ゆきとさんは?』

「同じく98点です。本当に偶然と言うものはあるものなのですね」

『私は、運命なんて言うあやふやなものは信じていなかったのですが、なんだか今回だけは、何者かの作為を感じますわ』


 お互いに勝利まであと1点だけと言う状況まで来て、たった一つだけ得点源を壊しただけで両方の勝利が失われるとは、だれが想像しえただろうか。

 もし楓迦が3枚あった絵の1つを捨てなければ、今頃は…………


『あの絵がまだ手元にあったなら、私はあなたを殺してでも奪い取るところでしたわ』

「そうなりますでしょうね。そのようなことにならなかったのは、何かの運命としか言いようがない…………そう思えるのです」


 会場全体に吹き荒れていた風は止み、品物がほとんどなくなったテントの群れの中心で、二人は所在なさげに立ち尽くした。

 なんとも微妙な気分であるが、双方ともやるだけのことはやったと言う満足感は残っている。


『ふふっ、まあいいでしょう。仲間には自慢できないかもしれませんが、何の後腐れもなく、正々堂々と戦えたのには感謝いたします』

「こちらこそ、最後まで私の我儘に付き合っていただきありがとうございました。楓迦さんの強さは、十分すぎるほど理解できましたから、今後直接戦うことがないよう願いたいところです」

『あら、ずるいですね。私はあなたの能力をほとんど知らないままなんですよ。ま、私の手の内が知られるのも、有名税ですね。それでは……ごきげんよう』

「はい、どうぞご達者で」


 こうして、多数の品物を使った神経衰弱は、双方勝利まであと一歩のところで引き分けるという、ある意味想像を絶する結末を迎えた

 あと1点で逃した勝利は大きかったが、雪都ゆきとも楓迦も、どこか満足そうな表情で自分たちの控室に戻っていった。


 血と憎悪、虐殺と謀略で彩られた狂気の競技のなかで、最後まで正々堂々と戦えたことは、ほとんど奇跡だったのだから。



第七試合結果

引き分け:勝利条件達成不能により

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