疑心の先に待つ奇跡 3

 退魔士の名門、冷泉家は、その閉鎖性ゆえ他家にはない独特の術や戦闘思想を持っていると言われているが、雪都ゆきとに言わせれば、根本的な部分はさほど違いはなかった。

 どのような戦いであれ、最も大切なのは「自分が主導権を握ること」であり、相手に対策を強いる一方でこちらは最善の手段を取る――――それこそが、理想的な戦いであり、冷泉家の戦闘思想でもある。

 そのための幻術、そのための謀略…………時に味方を欺いてでも、戦いを優位に運ぶのが冷泉家のやり方だったのだが、若いころの雪都ゆきとはそのことを根本的に間違っていると考え、自分なりの戦い方を見出そうとしたのだが……戦いの経験を積めば積むほど、自分の考えが冷泉家のそれに戻りつつあるのは皮肉としか言いようがなかった。


(楓迦さんから見れば、これも立派な「騙し」かもしれません。兵は詭道なりとはよく言ったものですが、はてさて…………)


 雪都ゆきとは、会場の品物のみならずテントも対象になるのではと考え、通り過ぎるたびに一つ一つ見ていったところ、確かにどのテントにも識別番号のようなものが隅に書かれていた。

 彼が会場を6割ほど見て回ったところで、識別番号が同一のテントの6つ目を発見したことで、少なくともテントを三つ得点に加算できる可能性が出てきた。その上、すべての品物が真ん中より反対側にあるとは限らないことを鑑みると、もう半分の確認に時間を割くよりも、今まで見てきた半分に集中して、先に消せるものを消してしまったほうが、相手よりも早く得点を得られるだろう。


(この作戦を楓迦さんに先んじられたら危ないところでしたが、彼女はまだ確認に走っているようですね。しかし、私の動きが疑われるのも時間の問題……それまでに、なんとしても優位を作っておきたいところです)


 協定を結んだとはいえ、雪都ゆきとは勝利を譲る気は全くない。

 目をつけていたテントを三つ抱え、覚えていた同一の番号のテントに触れさせると、テントは白い光とともに消えた。この時点で彼は、3点のリードを得た。あとは、見ていない半分の区画をいったん捨てて、自分が見てきた半分で重点的に得点を得る作戦に出たのだった。



 そして、楓迦が雪都ゆきとの作戦を理解したのは、彼が動きを変えてから1分半が過ぎてからだった。


『これは……してやられましたね。妨害ではない以上、協定を破ったことになりませんが、これ以上小細工を弄するのであれば……………いえ、今は落ち着きましょう。私としたことが、少々熱くなっているようです』


 相手に点数を先んじられたことで、心に焦りが生まれた楓迦だったが、熱くなって思考が前のめりになっている自分を客観的に見て、いったん心を落ち着けることにした。

 確かに今はコンマ1秒でも貴重――――しかし、目先のことにとらわれて大局を見落としてはならないことは、突貫同盟の総大将からよく学んでいる。


雪都ゆきとさんはおそらく、会場全体の半分だけを重点的に見ていくことで、先行して点数を稼ぐ手段に打って出たのでしょう。大胆な賭けですが、確かに効果的ではありますね。そうなれば、私が取れる「」手段は三つ…………)


 楓迦は上空でとどまりながら、愛らしい顎に手を当ててじっくりと考える。


 彼女が今取れる手段は、大きく分けて三つある。

 このまま全体をくまなく探し回るか、雪都ゆきとが手を付けていないであろうもう半分の場所を重点的に探索するか、さもなくば、雪都ゆきとが探索している領域に自分も乗り込むか…………


(どれも一長一短ですが、現状のまま突き進むのは効率があまり効率がよくないので却下。とすると、相手が捨てた半分を自分が取って、純粋な速さ比べを挑むか、相手の確保している領域を荒らして、相手のペースを乱すか)


 正攻法ですべてを網羅するのは論外として、楓迦も雪都ゆきとと同じ作戦を取れば、ある程度は安定して点を取れるだろう。しかしこの選択肢の難点は、雪都ゆきとの後追いになってしまうので、すでに広がっている差を縮めなければならなくなる。雪都ゆきとはすでにいくつか目星をつけているのだとしたら、楓迦は一層不利になるだろう。

 一方で、雪都ゆきとが重点的に確保している領域にあえて踏み込んで、真っ先に彼のアドバンテージをつぶしにかかるのは、ハイリスクハイリターンな賭けとなる。楓迦はすべての区画を見ているので、多少なりとも相手の領域で点数を取ることができれば、残り半分の区画も見ている彼女が一気に有利となるだろう。

 ただし、点数が稼げなければ却って楓迦が不利となり、場合によっては雪都ゆきととの確執に火がついて、なし崩し的に戦闘に発展する恐れもある。楓迦からはなるべく協定は破らない様にしようと考えてはいるが、雪都ゆきとを完全に信用しているわけではないし、必要とあれば一方的な破棄も検討せねばならない。


(安全策を取るべきか……賭けに出るべきか………………? いえ、もしかしたら、すべてをひっくり返せるような手段があるかもしれない)


 楓迦が選択肢を二つに絞ったところで、彼女はもっと根本的に発想の転換する必要性を感じた。

 今や主導権は相手側にあり、自分は対抗手段の選択を迫られている

 だが、そもそも、相手のフィールドで戦う必要などないとも考えられるわけで……………


(私にはできて、人間にできないことは……………あぁ、そうです。よく考えれば、たくさんあるじゃないですか♪ 私としたことが、初めからこの方法を思いつかないなんて……これも雪都ゆきとさんの策のうちなのでしょうか)


 「正々堂々」「妨害禁止」

 この二つの言葉が、彼女の思考にロックをかけていたのかもしれない。

 だが、一歩引いて考えれば、この言葉は見掛け倒しでしかないことに気が付く。


『それでは…………一周回って、と行きましょうか。ふふふ………』


 今や冗談を飛ばすだけの精神的余裕を得た楓迦は、会場の中心の上空へ浮き上がると、右手を高く掲げて、旋風を巻き起こした。

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