疑心の先に待つ奇跡 2

「お互いに妨害行為はしない」という紳士協定が結ばれてすぐに開始した競技。

 雪都ゆきとと楓迦は入り口から入ってすぐに、まるで示し合わせていたかのように左右に分かれ、雪都ゆきとが時計回りに、楓迦が反時計回りに、それぞれテントの間を猛スピードで駆け抜けていった。


『この中からペアを探す…………想像以上に骨が折れる競技ですね』


 テントの中に配置してある品物は様々で、バザーをテーマにしているせいか、統一感があるようなないような、とにかくごちゃごちゃした配置になっていた。

 服ばかりを取り揃えているような、ほとんど専門店に近い品ぞろえのテントもあれば、アンティークもおもちゃもごちゃ混ぜになった、ガラクタ置き場一歩手前の場所もある。

 楓迦が一番辟易したのは、やたら薄い冊子がこれでもかと詰まった本棚が陳列されているテントで、しかも内容が妙に耽美な裸の男性ばかり。この中からペアを探せと言われたら、それだけで文字通り「神経衰弱」になりかねない。楓迦は、ここを漁るのは最後の最後にしようと心に決めたのだった。


『その上でこの広さ……私だったからよかったものを、ふつうの人間なら一通り見て回るだけでも日が暮れてしまうのではないでしょうか?』


 会場となる駐車場の広さはおよそ700m四方で、隅っこの方になると、ほとんど隣町くらいの距離になってしまう。風と一体化できる楓迦は、その気になれば音速以上で動くことも可能なのだが、ここでそんなに早く動いてしまうとどんな品物が置いてあるかわからなくなるし、なにより突風や衝撃波で周囲の品物がすべて粉々になってしまう。

 それゆえ、なるべく早く移動しつつも、その目でテントの品物がどのようなものかを、大まかに一通り見ていかなければならない。当然、すべての品物を覚えることは楓迦の能力では不可能なので、ある程度的を絞った動きが要求される。


『それでも、相手よりも早く動くことができれば、この競技も有利に…………っ!?』


「とうとうすれ違いましたか。考えることは同じとはいえ、やはり相手の方が少々動きが速いですね。シルフと言うからには、大気を操る能力に長けるはずですから、術で動く時の突風を無理やり抑え込んでいるのでしょう」


 雪都ゆきとが時計回りから縦方向に通路を折り返しながら駆け抜けていると、彼の2本前の通路を風の精霊が横切っていったのが見えた。

 彼は直ちに自分が現在出している速度と、楓迦が横切った通路の距離から、相手が駆け抜けている速度を計算し、向こうが出している速さを瞬時に求めたところ、楓迦のほうが雪都ゆきとよりも1%ほど速いと結論付けた。

 一定速度で動くことはありえないので、あくまで目安でしかないのだが、少なくとも速度勝負では相手に分があることはわかった。


(すべての配置を覚えるのは得策ではない……最低限目に付くものと、すべてのテントの品物の傾向を掴んでからでも遅くはないはずです。そして、楓迦さんもそのことは理解しているはずです)


 そんなことを考えながら通路を駆け抜ける雪都ゆきとだったが、傍から見ればその動きは完全に異常(あるいは変態)だった。

 水面すらも駆け抜けるほどの尋常でない脚力は、地面を一蹴りするだけでも百数十メートル跳ね、しかも地面すれすれを跳ぶので、普通の視力だと何か青いものが浮きながら猛スピードで滑っていくようにしか見えない。

 しかも、そんな速さだと当然テントの下に置いてある品物を見ることができるのは一瞬でしかなく、さながら駅を通過する特急列車の前面展望から、駅のホームに立っている人々や設備を確認していくようなものだ。いくら雪都ゆきとが動体視力に優れているとはいえ、細かい品物を一つずつ覚えていくことはできない。


「ふむ……ここは発想を変えましょう。一通り見ただけでも、いくつか得られたものはあります。正々堂々の勝負を選んだのは私ですから、せめてアドバンテージだけは得ておきましょうか」


 そう言って雪都ゆきとは一旦急停止してUターンすると、数秒前に通り過ぎたテントの前まで戻った。



 一方、ひたすら通路の間を駆け抜けながら、テントの内容をチェックしていく楓迦は、雪都ゆきとが突然Uターンしたのを、空気の動きで感じ取った。


『相手の動きが変わった……? いったい何を考えているのでしょう?』


 楓迦はつい先ほどから、大気の流れを読んで、雪都ゆきとが今どのあたりの位置にいてどのくらいの速度で動いているのかを常に把握していた。

 このような高度なことができるのも、大精霊の分霊体ならではの力だが、それは同時に精神内で処理すべきタスクが一つ増えたということでもある。

 ただでさえ、早く動いている中で品物の傾向を把握するという離れ業をやっているうえで、これ以上考え事を増やすのは、見落としを増やすことにもつながってしまう。


『ただでさえあの人の真意を測りかねているというのに、なかなか厄介なことをしてくれますね。これならいっそのこと、初めから戦闘に持ち込んだ方が楽だったのかもしれません…………』


 楓迦の心の中では、いまだに「相手への妨害不可」という協定について腑に落ちないことが山ほどある。そもそも、対戦相手の雪都ゆきとは提案側なので、よほどバカか自信過剰ではない限り、彼自身が大幅に不利になることはないと考えていい。

 逆に、楓迦にとってどんなデメリットがあるのかがいまいち見えてこない。それが彼女の心の中に、モヤモヤとして残っているのだが――――1秒たりとも無駄にできない今は、協定の真意について考えている暇はない。たとえそれが、雪都ゆきとの罠だったとしてもだ。


『いけない………今、集中を切らしては、ダメ。やると決めたら、最後まで貫き通さねば…………!』


 まるでスポーツカーのように、颯爽と通路を駆け抜ける楓迦。

 彼女が最後に、入り口から一番遠い通路に差し掛かろうとした時、彼女はすぐに景色の違和感を見つけた。


『……? テントがない区画がある……?』


 通路の十数メートル先の区画の一つだけ、テントがぽっかりと消えている区画があった。まさかと思った楓迦は、すぐに会場全体を見渡せる高さまで浮かび上がると、膨大な数の区画のうち、6区画ほどテントがない場所ができていたのだった。

 それを確認した瞬間、楓迦は雪都ゆきとが突然動きを変えた理由を完全に理解したのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る