最終戦:疑心の先に待つ奇跡(冷泉 雪都 対 大精分霊・楓迦)

疑心の先に待つ奇跡 1

※今回のスタートレギュレーションを一部変更してます。予めご了承ください。



 雪都ゆきとが転送装置から競技会場に入ると、すぐに自分の足がアスファルトを踏みしめる感触を覚えた。目を見開けば、そこは目の前にだだっ広い駐車場が広がり、すぐ後ろには赤茶色の立派な建物と、いくつの芝生がある場所だった。

 目の前にあるとんでもなく広い駐車場には、青色のタープテントが無数に並んでおり、それを囲うようにやや高めの鉄柵がずらりと並んでいる。どうやら、何かしらの大規模イベント――――雰囲気的には蚤の市が行われているようだが、妙なことに商品が大量に並んでいるにもかかわらず、中には人の気配が全くない。


 雪都ゆきとこれらのことを、転移して1秒以内にすべて把握したが、それと同時にこの光景に彼は見覚えがあった。


「フォート・ブラッグ基地……の、完全なレプリカと言ったところでしょうか。世界最大の軍事基地を、このような目的に使用するとは考えにくいですからね」


 フォート・ブラッグ基地――――それは、アメリカが誇る世界最大の陸軍基地であり、連合国陸軍の精鋭を訓練する場所であると同時に、かの国が「超人兵士スーパーヒーロー」……を養成する施設でもある。

 日本の退魔士に比べて歴史は浅いとはいえ、その人員の数は日本の比ではなく、雪都ゆきともかつて二回ほど、この基地を訪れた経験がある。

 だが、いつも大勢の超人兵士でにぎわっていたこの基地には、人が殆どいないところを見ると、競技のためのレプリカだろうと雪都ゆきとは判断したのだった。


 だが、全くの無人かと言えばそうでもなく、鉄柵で囲まれた会場の入り口に、緑色の服を着た女の子の姿を見つけた。

 見たところ、年頃は見習い最年少のせいよりもさらに年下だろうか。

 肌は色白だが、淡い緑の髪の毛に、深緑のワンピースと黄緑のスカートを着用している、全身緑ずくめの格好だった。しかし、現役の精鋭退魔士である雪都ゆきとは、彼女が生身の人間ではないことにすぐに気が付いた。


(魔の物の一種……というよりも、完全な霊体ですね。しかも、無垢体(※魔に全く染まっていない霊体)とは珍しい。私も生まれて初めて見ました)


 自分の世界を基準に物事を考えるのがベテランの悪い癖ではあるが、とりあえず雪都ゆきとは、少女の肉体がすべて魔力で構成されていることと、少なくとも今の段階では人間に敵対的な存在ではないことを確認した。



 一方で緑ずくめの少女――――楓迦もまた、ほぼ同じタイミングで雪都ゆきとの存在に気が付いた。


(……何やら冷たそうな人が来ましたね。しかし、それなりの魔力は感じますが、「水」の気はあまり感じない……ふむ)


 四大精霊の一、シルフの分霊体である楓迦は、目で見るよりも先に「空気を読む」。相手が纏う空気、匂い、魔力、音……すべてをすぐに分析できる彼女に対し、隠し事は通用しない。

 彼女がしゃべる言葉も、肉体から発する音ではなく、どこか空中から響いてくるような感覚がある。


『あなたが今回の対戦相手でよろしくて?』

「はい。その質問から察するに、あなたもまた対戦相手なのでしょう。私は冷泉 雪都れいぜい ゆきとと申します。六花特殊作戦群に所属し、退魔士をしております。以後、お見知りおきを」

『……ええ、これはどうもご丁寧に。私は、風の大精霊シルフの別け身にして、日本に配置された欠片の一角……突貫同盟所属の楓迦です』


 対戦相手を前にして、わざわざ右手を胸に当てて非常に綺麗な角度でお辞儀をして名乗る雪都ゆきと。あまりの礼儀正しさに、逆に少々戸惑う楓迦だったが、名乗られたからには応じなければ失礼に当たると考え、彼女もまたできる限り丁寧に挨拶を返した。


(思っていた通り、話はきちんと通じる相手のようです。話が通じない相手が多いと聞いていましたので、助かりました)

(硬い…………話は通じますけど、冗談は通じなそうですね)


 周りに非常識な存在が多すぎて、時折頭やお腹に幻痛を覚える楓迦だが、ここまで真面目一辺倒の堅物というのも対応に困る相手だった。せめて、あの30歳の長老並に感情の起伏があればまだやりやすいのだが…………


 そんな二人がファーストコンタクトをした直後、会場のゲートの前に突然二人の大人の男性が転移してきた。

 赤と白の縞模様の服、長靴下、帽子、ジーパンを身に着て、眼鏡をかけて杖を突いている男――――が二人。本当に全く同じ背丈服装格好をしていて、双子と言うよりもクローンのようだった。


「「やあ、参加者さんたち! 楽しい楽しい『しんけいすいじゃく』にようこそ!」」


 そして、当たり前のように同時に喋り始める二人。どうやら彼らは、競技の説明者のようだった。


「Hey! シャルリ、大変だ! オンリーワンの品物を集めたBAZAARに、本物そっくりの模造品が紛れ込んじゃったZE☆」

「OK、安心するんだワルター! なんたって僕たちは著作権属性の魔術士だ! 偽物は、偽物同士をぶつけ合わせて、消しちゃえばいいのSA!」

「Oh! Nice ideaだねシャルリ! でもこれだけ広いと、面倒くさくないかい?」

「HAHAHA! 心配することはないよワルター! この会場には、僕たちの「著作権封神フィー〇ド」が張ってあるから、あとはそこの二人に同じもの同士を探してもらえばいいんDA!」

「Wow! それなららくちんだねシャルリ! でも、それだと本物も消えちゃわないかい?」

「大丈夫SAワルター! 後で新しい本物を作るからNE!!」

「「HAHAHAHAHAHAHAHA!!!!」」


(ゑェ……なにこの茶番)


 まるでどこぞの怪しいテレフォンショッピングのような漫才をしながら説明をする双子を見て、楓迦は思わずげんなりしてしまった。

 しかし、雪都ゆきとは二人の茶番ともいえる説明を、真顔で頷きながら聞いていた。真面目に見える彼も、やはりどこかずれているようだ。


「なるほど、神経衰弱ですか。つまりこの中に存在する同一の物を確保して、それらを消していけばいいのですね」

「Yes! その通りSA☆! そして、先に99個のペアを消した方が、Victoryってわけなんだ! ね、簡単だろう?」

「ただし、消す前に壊しちゃうとカウントされないYo☆ あんまり壊しすぎると、どっちもクリアできなくなっちゃうから、要注意DA!」

「すべてに同一のものが存在するという訳ではないのですね。不要な攻撃は控えるべきでしょう」

『あなたも付き合いがいいのですね。でも、少し助かりますわ』


 雪都ゆきとがわざわざルールの細部まで確認してくれたことで、楓迦も競技の全貌を大体把握することができた。要は、会場の中からペアになっているものを探し出して、それらを突き合わせて消すことで、一定以上の点数を稼ぐのが目的となるわけだ。

 いうだけならば簡単だが、一目見ただけでも会場のスペースは広く、この中から同じものを99以上見つけるのは、想像を絶する大変さだろう。


「制限時間は無制限! ただし、品物の数が勝利に届かない数になっちゃったら、試合終了だ! 気を付けてくれよ!」

「後ろの門が開いたら、試合開始だからね!」

『……私からも確認ですが、同じもの同士は、触れ合わせれば消えるのですよね?』

「Oh、LADY! 大丈夫だ、安心したまえ! 僕たち二人がお手本を見せようじゃないか!」

「そうそう! 仮の僕たちがペア物品だとすると!」

「こんな風に触れ合った瞬間に―――」


 お手本と称して、シャルリとワルターがハイタッチした瞬間…………


「「NOOOoooooooooooo―――――」」


 白く光ってあっという間に消滅してしまった。

 競技説明は唐突に終わったのであった。


「消えてしまいましたね。もう少し聞きたいことがあったのですが」

『えっと、ごめんなさい……』

「いえ、大丈夫です。後は実地で確認しましょう。さて、門が開いていないということは、まだ開始時間まで少し余裕がありそうですね。楓迦さん、私から一つ提案があるのですが、よろしいでしょうか?」

『提案?』

「はい、今回の競技ですが、お互いに意図的な妨害行為は慎むこととしたいのですが、いかがでしょうか」


 再び二人きりになった直後、雪都ゆきとは楓迦に思いもよらない協定を提案してきた。


『……なぜそのような提案を? 私に何か利があると?』

「はい。妨害行為の禁止を確約することで、楓迦さんにも、私にも、三つの利があります。まず一つ目に、お互いに妨害をしあえば、今回の競技の遂行は非常に難しくなります。下手にエスカレートすれば、最悪共倒れになりかねません。ですから、今回の競技はスポーツマンシップにのっとり、お互いの実力を存分に発揮できるようにしたいのです。二つ目に、お互いがお互いを信頼することで、より競技に集中することができます。それゆえに、純粋な力量の上下で、競技の勝敗を決められるでしょう。そして三つ目に、恐らく私たちにとってこれが最後の競技となるでしょう。ゆえに、お互いに遺恨を残さないようにしたいのです。とはいえ、半分は私の希望のようなものですが…………楓迦さんは落ち着いた方なので、純粋に競技を行えると期待しているのです」

『ふぅん、初対面なのに、ずいぶんと買い被るのですね。ですが……私もその方が、無駄に神経をすり減らさずに済みそうです。いいでしょう、私はその提案を受け入れましょう』


 お互いに妨害行為を行わないとする協定を堂々と提案してくる雪都ゆきとに対し、楓迦は少しだけ逡巡したが、様々なことを鑑みて、提案を受け入れることにした。

 正々堂々と戦えるのであれば、楓迦にとってもメリットは非常に大きい。もちろん、雪都ゆきとが協定を破らない前提ならば…………


『ですが、私はまだあなたを完全に信用しているわけではありません。もし協定を破ったのであれば、どうするおつもりですか?』

「その疑念はごもっともです。ですから、楓迦さんが私の行動が協定違反だと確信したのなら、好きなように反撃、または先制攻撃も可能です。その代わり、私も信義則が破られたと確信したとき、それ相応の反撃を行いますが」

『呆れるほど脆い協定ですわね……言っておきますが、私に嘘は通じませんよ』

「承知しました」


 こうして、二人の間に、スポーツマンシップにのっとった相互妨害行為の禁止協定が結ばれた。

 そして、彼らが合意に達した数秒後に、会場への門が自動的に開く。


 二人は目線だけ交わして静かに頷くと、ほとんど同時に会場の中に突入していった。

 果たして二人の協定は、うまく機能するだろうか…………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る