インターバル

インターバル 5

「…………ただいま」

「あらお帰り、せいちゃん。ずいぶんと落ち込んでいるようだけど、大丈夫?」

「お帰り、せい。もしかして、負けちゃったの?」


 転送装置から戻ってきたせいは、いつもの無邪気さをどこに置いてきたのか、かなりわかりやすく落ち込んでいた。

 彼女を出迎えた唯祈いのり来朝らいさも、せいの変わりようを見て困惑するばかりだった。もしかして、二回連続で負けてしまったから落ち込んでいるのではと唯祈いのりは思ったのだが、せいは静かに首を振る。


「戦いには勝ったよ。勝ったけど…………私のせいで、関係ない人が大勢死んじゃったの。私のせいで……」

せい……」

せいちゃん……」


 二人ともまだ詳細を聞いていなかったが、せいが競技中に何かしらの理由で現地人を大勢巻き込んで死なせてしまったことに、心を痛めているようだった。

 競技が終わった後の競技会場がどうなるかは、本来彼らの知ったことではないが、それでもあの世界が今後も生き続けていくのだとしたら、せいは一つの世界の島丸ごと一つを滅ぼしたということになる。退魔士として、やってはいけないことだ。

 そんなせいを見て、二人は思わずお互いに顔を見合わせた。


「げ、元気出しなよせい! ほら、あたしだって競技とはいえ、味方の子たちの命を共産国家並にたくさんすりつぶしちゃったし!」

「そうそう! 私なんて、異世界の学生をハンバーガー中毒にしたし、警察をあおって対戦相手を攻撃させたし!」

「あなたたち……そんなことしてたのね」


 二人の言葉に、今度は後ろで聞いていたかなめが呆れてしまっていた。

 とはいえ、唯祈いのりの場合はピ愚民同士をたたかわせなければならない関係上、犠牲を気にしている暇はないし、来朝らいさはあくまで効率を重視した結果であり、犠牲者もそこまで出てはいない。(やり方はアレだったが)


「そういう私も、現地住民を大勢見捨てちゃいましたけど、あれはいわゆるコラテラルダメージ……競技目的の致し方ない犠牲ですわ」

「そう軽々しくコラテラル扱いするのも、どうかと思うんだけど……勝敗がかかってる状況では、それもやむを得ないかもですね」


 摩莉華まりかもまた、競技中に困っている人々を大勢見捨てたが、摩莉華まりかの場合は別に助ける義務などないし、彼女にできることなどたかが知れている。

 いずれにせよ、見習いたちはいくつかの競技で自分たち以外の犠牲者を多かれ少なかれ出していたのだが…………


「舩坂さん、あなたがそこまで落ち込むということは、もしや競技中に手を抜こうとして失敗しましたね」

「え……なんでわかるの、教官!?」

「舩坂さんは訓練は真面目ですが、まだまだ遊びたい年ごろでしょう。日ごろの厳しい訓練の反動が出たのかもしれませんね。ですが、今回の戦いを反省するのであれば、どうすれば最善に動けたのか、しっかりと考えてくださいね。私もあとで相談に乗りますから」

「ふえぇ~ん! きょうか~ん!」


 せいが自信を責めるのは、自分が手を抜いたせいで被害が拡大したことだ。これが現実の戦いなら、戦いに勝っても殆ど負けたと同じことだ。

 手を浮いた自分の心の弱さが許せないせいは、堰を切ったように泣き出し、雪都ゆきとの胸に顔をこすりつける。雪都ゆきとはやや困った顔をしたが、それでも服に涙をしみこませるせいをしかることはなかった。


「…………」

「…………」


 そして、それを見た唯祈いのりかなめは、わかりやすく不服そうな顔をしていたのだった。


「あらあら、せいちゃんってば負けた時は嬉しかったのに、勝ったら悔しがるんですか? 不思議な子ですね~、ふつう勝った方が嬉しいはずですよ」


 そんな時に、相変わらず空気が読めない……いや、むしろ空気を壊しに来る天使ステラエルが、満面の笑みで水を差しに来る。


「……ステラエルさん、それはわざと言っているのですか?」

「もちろんですよ♪ 今回の目的は、競技になるべくたくさん勝つことなんですから、どんな手を使っても勝てばいいんです。それこそ、競技会場にいるあらゆるものを犠牲にしても……」

「それは舩坂さんもわかっているんですよ。そのうえで、こうして泣いている気持ちが理解できないのであれば、天使と言う存在に対して、私は考えを改めなければならないでしょう」

「…………」


 ステラエルと違い、あまり笑うことも怒ることもしない鉄仮面の雪都ゆきとだが、彼の視線は彼の表情以上に、感情が強く表れるようで…………雪都ゆきとの眼光に射抜かれたステラエルは、笑顔を張り付けたまま背筋に汗をかいた。


「もういいです。それより、雪都ゆきとさんは次の競技に呼ばれています。きっと次が最後の競技になりますので、せいちゃんみたいに、悔いが残らない様に頑張ってくださいね♪」

「そうですか……なら、準備をするとしましょう。ステラエルさんの言う通り、悔いの残らないようにしたいものですね」


 露骨に話を逸らすステラエルだったが、雪都ゆきとは特に気にすることなく、せいの涙をきっちりぬぐってから、競技の支度に移り、そのまま転送装置へと歩いて行った。


「教官! あたし、離れていても応援してるからっ!」

雪都ゆきとさん! 私も、雪都ゆきとさんの勝利を祈ってます!」

「ありがとうございます、鹿島さん、かなめさん。前回は負けてしまいましたから、今回はしっかりと勝ってきたいですね」


 まずは、雪都ゆきとに想いを寄せる二人が、それぞれが片手ずつしっかりと手を握って、彼を激励した。雪都ゆきとを巡ってしょっちゅう反発する二人も、こういう時はきちんと協力して、笑顔で見送るのだった。


「教官っ! 私みたいに遊んできたりしたらダメだからねっ!」

「あまりプレッシャーを背負いすぎるのもどうかと思いましたが……教官なら、きっと買って戻ってきてくれると信じています」

「えへへ、私もキッチンでハンバーガーとフライドポテト作っておくから、教官が帰ってきたら、みんなでお疲れパーティーしましょ!」


 ほかの見習い三人も、最後の競技と言うことで、しっかりと手を振って雪都ゆきとを見送る。雪都ゆきとが教官として慕われている何よりの証拠だろう。


「ええ、ありがとうございます皆さん。では、行ってまいります」


 競技会場に向かうために、転送装置へと歩いていく雪都ゆきと

 その後ろ姿を、唯祈いのりかなめが頬を真っ赤に染めて、じっと見つめている。そして、それを一番後ろから見ていたステラエルも――――どこか少し頬が赤い。


(なるほど、これは二人が惚れるわけですね…………)


 期待を背負えば背負うほど、大きくたくましく見えるような気がする雪都ゆきとの背中を見て、人間ではないはずのステラエルも、思わず胸キュンしてしまったようだ。


「ふふ……やっぱり教官はかっこよかったなぁ。この戦いが終わったら、あたしは教官にプロポーズして……♪」

雪都ゆきとさん、私はもうこの想いを我慢できません……帰ったら結婚を申し込んで……」

「待って、教官はあたしのものだって前から言ってるよね」

「いいえ、雪都ゆきとさんと付き合いが長いのは私の方です」

「『貴公のおっぱいは柱に吊るされるのがお似合いだ!』」

「『かかってこい! 相手になってやる!』」

「二人とも、こんなところで喧嘩しないでっ!」


 だが、雪都ゆきとが競技会場に移動したとたん、喧嘩を始めてしまう二人を見て、ステラエルは改めて人間の業の深さを感じたのだった。


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