史上最大の任務 7

 操縦不能になったリピッシュからシートごと射出して、なんとかパラシュートで島の中心付近に降り立ったせいは、そこから見える地獄のような景色に愕然としていた。


「私のせいだ…………私が、遊んでからにしようって思ったせいだっ! 私がもっと、最初から真剣にやってれば、今頃こんなことには……っ!」


 人が大勢集まっていたリゾート地区はめちゃくちゃに破壊されて炎上し、美しかった砂浜には大勢の死体が血を流して転がっている。

 港や空港は黒焦げになり、島から脱出するための手段はすべて失われた。


 戦いのためとはいえ、罪のない人々を大勢巻き込んでしまったことに、せいは胸を痛め、自分の不甲斐なさが悔しくて、歯をギリっと食いしばる。

 退魔士見習いとはいえ、彼女はまだ中学生――――まだまだ遊びたい盛りがゆえに、任務よりもリゾートを満喫したい気持ちが勝ったのだろう。

 そして、この惨状は、まだまだ子供だった彼女の心に大きなトラウマを植え付けてしまったようだ。


「ああそうだ………競技はまだ終わってないよね。私が……私が全部終わらせなきゃ。そしてあいつは……この手で必ず、殺すっ!」


 術力が残りわずかになり、身体にもかなりの疲労が来ているにもかかわらず、せいは最後の力を振り絞って、ボーイが向かっていった方に走り出した。




 一方、何とかせいのリピッシュを撃墜したボーイは、自身の残存魔力の枯渇を感じ取り、せめて勝利条件を達成すべく、ある場所へと足を運んでいた。


「ッハハ! まさかこんな所に、こんなモン隠し持っていたとはなァ……! 今まで空で戦ってなのは正解だったな……!」


 せいの攻撃の巻き添えを食らい、回復のために一時撤退したゲーデの行き先を見逃さなかった彼は、彼女の撤退場所を探っているうちに、島の中心部に隠してあったロケット発射基地にたどり着いた。

 しかも幸運なことに、そこでロケットの発射準備を行っていた「ケンタウリ三連星」の最後の一人である金髪の女性兵士、ゲルダを発見。

 彼女を非道な方法で拷問した末、彼はとうとうターゲットの居場所を割り出したのだ。


「もしあのまま地下で戦ってたら、俺が殺そうとしている奴はこのロケットで逃げ出してたってわけか! ギャーハハハハハ、教えてくれて感謝するぜっ! 感謝の気持ちに、テメエの石像をここにぶっ立ててやったぜ!」


 ボーイの背後には、苦悶の表情を浮かべる女性を象ったコンクリートの石像があった。

 その石造の正体は、拷問の末に体全体をコンクリートで固められて石像にされてしまったゲルダの末路だった。石畳が「敷物」であるならば、アスファルトやコンクリートで固められた街路もまた「敷物」であり、その成分を操ることで、とうとう対象の石化まで行えるようになったのである。


「さてと……あのガキが来る前に、とっととターゲットを殺してやるかなァ!」

「そうは問屋が卸さねぇよ……! 俺様がいる限り、VIPには指一本も触れさせねぇ!」

「ンだよババア、まだやる気かよ。テメエもここで石人形にしてやろうかァ!」

「ミイラの癖によく言いやがる……!」


 ターゲットのもとに向かおうとしたボーイの前に、ゲーデが三度立ちはだかる。

 常人なら消し飛んでいるほどの威力の攻撃を直撃して何とか耐えているのは、彼女がダメージをあえて魔力で受けたからだが、それでも体の傷はごまかしようがなく、あちらこちらが流血して服もボロボロだった。

 だが、ボーイもまた回復のための包帯を取ることができないほど、肉体へのダメージが大きかった。今は生命を維持するだけでも魔力を消耗する危険な状態であり、魔力切れになれば立ちどころ体が崩壊してしまうだろう。


 お互いに傷つきボロボロになりながらも、最後の力を振り絞る。

 ボーイは両手にナイフを逆手に持ち、ゲーデは赤く染まった二股槍をまっすぐに突き出す。

 そして両者とも、必殺の一撃を狙うべく、息を深く吐くが――――お互いに吐いた息が急に白くなった。


「ん……な、なんだ……気のせいか? 急に寒くなったような……?」

「グオッ、寒みぃっ!! 冷房の効き過ぎじゃねーのか!?」


 ついさっきまでは、南国特有の汗ばむような暑さだったのが、たった数秒間で気温が一気に下がり、あっという間に真冬並みの寒さに――――いや、それを通り越して、冷凍庫の中にいるような氷点下の気温へと突入していくようだった。


「ウソだろ!? ここは南国のリゾートじゃなかったのかよ! チクショウっ!」

「う……うぅ、何が……起きている? 冷房でも、ここまで下がるはずが……」


 ボーイは防寒のために分厚い毛皮のマットを召喚し、それにくるまることで寒さをしのごうとする。そのため、手に持っている武器も使えず、戦うことができない。だが、ゲーデも南の世界の出身のため寒さに慣れておらず、ボーイと違って防寒着も持っていないせいで、気温の急激な低下に耐えられず、その場にうずくまってしまった。


 ――Oi, Suomi, katso, sinun päiväs' koittaa

 ――yön uhka karkoitettu on jo pois


 どこからか、歌うような呪文が聴こえた。


 二人がそろって声がする方…………撃ちあがることなく静かにたたずむロケットの先端部を見れば、そこには白い毛皮の帽子に白い服を着た金髪の少女――せいが立っていた。



「熱くなりすぎちゃったね。ちょっと涼しくなろうか―――――きゃはははっ♪」


 ひとたびせいが指をくるっと振ると、ロケット発射場全体に猛吹雪が吹き荒れた。


 せいはとうとう、自身が持つ最後の手段―――――

 【オーバードライブ】冬将軍を発動してしまったのだ。



 ×××



「く、くぅぅ……なんだこの寒さはっ! 冷房の故障か!? ゲーデは何をしている! 早く何とかしろ! このままだと俺が凍死するぞ!?」


 ロケット発射場からすぐ近くのシェルターでは、暗殺対象であるトランポリン元大統領が、あまりの寒さに部屋の隅で縮こまり震えていた。

 ついさっきまで猛烈な暑さに晒されていたはずの地下道の気温は一気に下がり、さらに先ほどのボーイのEPM攻撃でエアーコンディショナーが故障して、暖房が効かなくなってしまったのだった。

 しかも、部屋を照らすはずだった電気も、島の発電所が停止してしまったため非常電源に切り替えざるを得ず、太陽の光が届かないシェルターの中はとても暗かった。


「お、俺は……こんなところで、負けるわけにはっ!」


 歯を食いしばって寒さに耐えるトランポリン。

 しかし、無情にも地下の気温は……いや、島全体の気温はさらに低下していき、気温はおよそ-70℃まで到達した。


 いつも南国の気候が保たれているコンゴーナス島は、今や南極大陸以上の極寒の地となり、島を照らすはずの南国の太陽は、すべてをなぎ倒す猛吹雪へと変わった。


「さむい………さむいよ、まま……」

「毛布は、どこだ………かねなら、いくらでも……」

「僕はもうつかれたよ………」


 寒さの被害を受けたのはトランポリンだけではない。

 ボーイの殺戮から辛うじて逃げ切った観光客たちや、避難誘導に当たっていた警備兵たちもまた、経験したことのない極寒地獄の中で次々と倒れていった。

 常夏の島だったことが災いして、誰もかれもが軽装で、寒さをしのぐ装備が全く用意されていないのも、被害の拡大に拍車をかけた。



 ――Ja aamun kiuru kirkkaudessa soittaa

 ――Kuin itse taivahan kansi sois'



「わたしは……まけたくないんだ。わたしのせいで、たくさんひとがしんじゃった。だから、わたしは……せめて、かちたいんだ。ね? わかるでしょう? わたしは、ぜったいにかつんだ! きゃは、あはははははっ♪」


「知った……ことかヨォっ! テメェは……ぶっ殺して―――」

「この、なめるなよ………クソガキがぁ!」


 口の悪い大人二人は、先ほどまで敵対していたにもかかわらず、ともにせいを倒そうと、吹雪が吹き荒れる中必死に立ち向かっていった。

 ボーイは靴から風魔法で推進力を出して飛び、ゲーデも残る魔力で浮き上がり、ロケットの先端で座っているだけのせいめがけてとびかかる。


 しかし彼らの動きは極寒で大いに鈍り、もはや戦うどころではなかった。

 せいは冷静に、スコープ付のスナイパーライフルを手元に召喚し、自分に向かって飛んでくる二人を容赦なく撃ちぬいた。


「ガハッ!?」

「……っ、撃たれた……」



 ――Yön vallat aamun valkeus jo voittaa

 ――Sun päiväs' koittaa, oi synnyinmaa



 撃たれた衝撃で、地面に叩きつけられる二人。

 そうこうしているうちに気温は下がるところまで下がり、とうとう-100℃まで低下。息を吸って吐くだけでも肺が凍るようで、吹きすさぶ吹雪の雪に混じって、融点を下回った二酸化炭素――――つまりドライアイスが、白い塊となって打ち付けた。


(冗談じゃ……ねェ! 俺は、こんなところでっ……! まだ、まだ殺し足りねぇ…………!)


 この極寒地獄の中で、ボーイはなおも立ち上がろうとする。

 しかし――――彼の身体が、突然寒さを感じなくなり、白い光に包まれ始めた。


「な、なんだ………っ!? オイまて、ひょっとして!!??」


 寒さを感じなくなったことで、ボーイは思考を取り戻すと同時に、自分の身に何が起きているのか一瞬で理解した。

 競技が終わったのだ。



 下がり続ける島の気温。不足する防寒装備。

 シェルターの中にいた、競技の標的トランポリンは……寒さを堪えしのぐことができず、薄暗いシェルターの中でひっそりと凍死してしまった。

 派手好きと知られた男の、あっけない孤独な最期であった。


 そして、耐えられなかったのは彼だけでなかった。

 島にいた人間全員、人間が耐えられる低温の限界を下回ったことで、例外なく全員凍死した。

 凍り付いたリゾート地で、最後まで命があったのは、目の前で光に包まれていくボーイとせいを眺めていることしかできなかった、ゲーデただひとりであった。そして、胸を銃弾で打ち抜かれて呼吸も回復もままならないゲーデも、そう遠くないうちに命を落とすことだろう。


 こうして、史上最大の犠牲者を出した暗殺任務は幕を閉じた。

 なお、勝敗判定は、せいの能力が直接的な死因と判断され、せいの勝利となった。



第六試合結果

勝者:舩坂 静ふなさか せい 勝利条件達成により

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