史上最大の任務 5

 さて、静とボーイがあまりにも派手に動き回るため、つい忘れがちになるかもしれないが、今回の競技内容は「あんさつ」である。

 殺人鬼のように正面突破して堂々と殺害するのではなく、影のごとく忍び、対象や周囲に気づかれることなくスマートに仕事をするのが理想とされる。

 そのためか、今回の競技には正面突破に対するペナルティーのようなものが存在する。それが――――トランポリン元大統領の護衛にして、この世界でも一二を争う腕利きの傭兵、ゲーデだ。

 魔術も剣術も達人級の腕前を持つゲーデが放つ光線剣は、連射は出来なものの戦艦も一撃で沈める威力があり、自分を「ババア」呼ばわりしたボーイに全力で必達技「エクスブレイド」を叩き込んだのだった。

 ボーイの姿は消え、代わりに地下から地上に一直線に伸びるトンネルができていた。


「ふっ、まずは一人…………」


 ボーイを消し飛ばしたと確信したゲーデだったが、すぐに別の足音が地下から近づいてくるのを感じた。


「ほう、まだネズミが残っていやがんのか!」


 ゲーデのいる階段に近づいてくるのは、ボーイを追いかけてきた乱射魔ことせいだった。

 ボーイが巻き起こした爆発で、爆風をやり過ごしたはいいものの、破壊された飛行機の破片を一部防ぐことができず、体に多少傷を負っていた。


(曲がり角が多くてなかなか攻撃できなかったけれど、そろそろ追いつける……はず!)


 せいにとって、兵器を呼び出して操る異能を持つ都合上、室内……特に地下での戦闘は正直あまり得意分野ではない。このようなロケーションは、どちらかと言うと先輩の唯祈や来朝が得意とするところだ。


(shiseっ! あいつのせいで、せっかくバカンスを楽しもうとしてたのに、台無しだよっ! もうこうなったら、アレを見逃してさっさと目標を達成して………あれ!?)


 階段を駆け上がろうとしたその時、頭上から何かが振り下ろされる。

 せいは両手に持つ機関銃を頭上でクロスして、振り下ろされた槍のような武器を何とか受け止めた。しかし、受け止めた機関銃は銃身が見事にへこんでしまい、使い物にならなくなった。


「なんだ、ただのガキじゃないか!? その恰好……さては敵組織の連中、子供を観光客に仕立てて入管を突破したか……!」

「え……えと、あなたも参加者……じゃない?」

「何わけわからん事言ってやがるっ! その武器は明らかにガキが持つもんじゃねぇ!

 しかも、この地下道にいるってこたぁ、それなりの手練れだな! この先は俺様が通さねぇよ!」

「むぅっ!」


 大技を使ったことで、オーバーヒートして全体が赤くなった槍を振るうゲーデに対し、せいは咄嗟にスコップを手元に召還して、槍をはじき返す。

 鋭い穂先が連続でせいに襲い掛かり、彼女は完全に防戦一方となった。


(こんなところで邪魔が入るなんてっ!)


 ボーイさえ排除すればあとは邪魔するものはないと考えていたせいにとって、ゲーデの存在は完全に想定外だった。

 せいはスコップを振るい、熱の魔術で周囲の気温を急上昇させながら戦うものの、近接戦では明らかに相手の方が上手だ。

 このままでは、先行していたはずのボーイがどこかに逃げてしまうどころか、競技を優先して標的を暗殺しに行くかもしれない。こんなところで足止めを食らっている場合ではないのだ。


「なんだこの暑さ…………お前が原因かっ!」

「Genauっ! あなたに恨みはないけど、私が勝つためにそこを通してもらうよっ!」


 密閉された地下通路は、せいの異能であっという間に温度が急上昇し、その温度はなんと50℃にも達した。

 熱帯地方の出身であるゲーデでさえも、この急激な気温上昇はつらく、動くたびに大粒の汗が額からしたたり落ちる。

 それでも、熟練の戦士である彼女はこの温度の中でも、動きを鈍らせない。手から放たれる呪術の光弾と、先端からビームを放つ槍で、せいを徐々に追い詰めていく。


 だがその一方で、秘密の通路全体の気温が一気に上昇したことで、地下通路で動き回っていたトランポリン元大統領とその一味たちは、たちまち熱中症になった。


「ぜぇ……ぜぇっ! あ、暑いっ! 地下の空調はどうなってるんだっ!」

「こっちです、ボス! 最後の脱出口が準備できるまで、こちらのシェルターに避難してください!」


 重装備の護衛兵たちが、暑さに耐えられず次々と倒れていく中、まだ何とか動ける「ケンタウリ三連星」筆頭の金髪女性兵士ゲルダが、邸宅の地下三階から延びる最後の秘密の通路を進み、途中にあるシェルターにトランポリンを避難させた。

 この先のシェルターは核攻撃にも耐えられる非常に頑丈なつくりとなっており、空調装置によって熱も毒ガスも遮断できる安全地帯となっている。

 ここに入っていれば、静もボーイも全く手出しできなくなるだろう。


「ボス、私は姐さんが時間を稼いでいる間に、脱出用シャトルの起動を行います! それまでこの場所でお待ちください!」

「あぁ……頼んだぞ、ゲルダ」


 安全安心の核シェルターに逃げ込んだことで、トランポリンはようやく一息つくことができた。

 コンゴーナス島に存在する脱出経路の大半は失われたが、最後の一つ――――島の中央部にある秘密のロケット発射基地にある、脱出用シャトルが起動すれば、彼はこの島から逃げることができるだろう。

 島全体図を見て、すべての脱出口を正確に予想した静や、シルヴィアを拷問して聞き出したボーイたちでさえ、まさか島のど真ん中に個人邸宅の庭の池がロケット発射場になっていることは知る由もない。


「やれやれ、ゲーデが襲撃者どもを全員始末してくれるといいのだが」


 かつてメディアから「現代の独裁者」と揶揄された元大統領は、今やすっかり覇気をなくして引きこもらざるを得なくなっている。

 どうせなら、民衆の前で派手に狙撃された方がましだったかと思いながら悶々としていると、またしても島全体が大きく揺れ、まるで爆撃されたかのような衝撃がシェルターに響いたのだった。



 ×××



Sturmシュツルムぅぅぅぅ! undウントぉぉぉぉ! |BANZAぁぁぁぁいっ!!」

「ぬおぅっ!」


 少し距離を取って、低めの姿勢から助走をつけた一撃を放つせいに対し、ゲーデは槍で防ぎつつ、隙をついて反撃する手はずだったが、せいの攻撃――――シュツルム・ウント・バンザイが炸裂すると、正面から受け止めたはずなのに衝撃波が防御を貫通してゲーデを吹き飛ばす。

 予想外の一撃を食らったゲーデは一瞬息を詰まらせたが、即座に体勢を立て直した。だが、その次の瞬間に、二人のいる場所の天井が大きく揺れ、轟音と共に地下通路の電気が消えた。


「えぇい、今度はなんだ!?」

「あ、まさかっ! あいつ、外に!」


 通路が暗くなって初めて、せいは階段付近の通路に、ビームで打ち抜かれたトンネルが地上まで貫いていることに気が付いた。

 おそらく、今はここにいないもう一人の対戦相手――――ボーイが、ゲーデと戦っていた際に空いた穴なのだろう。

 せいは暗視スコープをどこからか召喚し、一時的にこちらを見失っているゲーデを無視して、地上へ貫通している穴を大急ぎで駆け上った。


 地上に出たせいが見たのは、炎上するリゾート街と、泣き叫び逃げ惑う人々、そして…………空飛ぶ絨毯に乗って、目につく人間を片っ端から襲撃するボーイの姿だった。



「ギャハハハハハァァァァァ!! そうだ、これだゼこれっ!! 無防備な人間どもを、片っ端から殺しつくす! これほど楽しいことがあるかってんだァっ!」


 彼のいる上空から『グランド』で召喚された無数の隕石が、島のいたるところに降り注ぐと、直撃した建物はひしゃげて粉砕し、人間は押しつぶされ、落下した破片ですら重傷を負わせる。

 さらに、リゾート街に敷かれている石畳のすべてが、完全に彼の支配下に置かれ、逃げ惑う人々に向かって容赦なく襲い掛かる。

 ボーイという残虐な魔人たった一人のために、すでに大勢の人たちが犠牲になってしまったのである。


「そんな…………異世界とはいえ、関係ない人たちを無差別に殺すなんて! 許せないっ! 私がやっつけてやるっ!」


 久々に心の底から怒るせいは、どんな手段を使ってもあの殺人鬼を倒さなければならないと心に決めた。


Chum jetzeコメ ヤッツっ! Stahlflügelシュタイフリューガーっ!」


 「来たれ! 鋼の翼!」とせいがドイツ語で叫ぶと、空の彼方からジェットの音が響き、紙飛行機をさかさまにしたような、奇妙な形の飛行機が飛来した。

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