史上最大の任務 4

 戦端を開くや否や、ボーイは警官の装備をまとっているせいの体を、丈夫な敷物で何重にもぐるぐる巻きにして、その上からさらに丈夫なコードで締め上げた。

 円筒に膨らんだその恰好は、さながら樽詰めされた隻眼の海賊のようであり、ご丁寧にも敷物の絵柄も木目調だった。


「ギャハハハハー!! 何本目に死ぬかなあァァァ!!」


 コードから抽出した金属が、鋭利な鉄の剣となってボーイの周囲に浮かび上がる。これが樽模様の敷物を貫けば、まさにリアル危機一髪だ。

 だが、空中に浮いた剣が飛び出す前に、ぐるぐる巻きにされた敷物が猛烈な勢いで炎上し、一瞬ではじけ飛んだ。

 おそらく装備していた警官の装備の中にあった、マシンガンの弾丸と手りゅう弾に引火したのだろう。すさまじい爆発音と熱風が吹き荒れ、ボーイは爆風と飛んできた破片を避けるために、分厚い耐熱ビニールシート正面に貼った。


「チッ!? 自爆か!?」


 だが次の瞬間―――――


「鋼色に染まれっ!!」


 少女の甲高い叫び声と共に、工事現場のドリルのような爆音が鳴り響き、ボーイの視界がたちまち真っ赤に染まった。


「グアアアアァァァァァァァっっ!!??」


 肉体がたちまち引きちぎられ、爆風を防ぐために召喚したビニールシートと共に襤褸切れのように吹き飛んだが、ボーイは一瞬の判断で、自分の前にとても分厚いコンクリートの壁を召喚。同時に、自分の身体の周囲に大量の包帯を乱舞させ、引き千切られた肉体を強引に戻した。

 人間なら――――いや、それこそ生半可な人外であれば確実に死んでいたであろう攻撃を、ボーイはその膨大な魔力に物を言わせて何とか防ぎ切った。

 だが、召喚したはずのコンクリート壁は、数十秒後にはドリルで乱暴に撃ち抜かれたかのようにボロボロに崩れ去った。


Alter Schwedeアルタ シュヴィーデっ! この至近距離で耐えるなんて、本物の魔の物はしぶとさが違うねっ!」

「……ンだその恰好は、ふざけてんのかっ」


 もくもくと立ち上る煙の向こうから現れたのは、子供用のビキニを着て、両手に二丁の機関銃を握るせいだった。

 彼女が両手に持っているのは、『グロスフスMG42機関銃』――――ドイツ第三帝国が世界大戦に送り出した、発射速度は最高で1,500発/分というオーバースペックにもほどがある機関銃である。

 もちろん、こんなものを人が立って使えば反動で吹っ飛んでしまうし、ましてや両手に持つなど腕力的に不可能だ。しかしせいは、自身の異能で兵器の重量と反動を完全に抑え、おまけにどんな給弾ベルトも一瞬で発射しつくす弾丸消費量も、銃身を変えないと変形するほどの過熱も、すべてなかったことにしてしまっている。

 これほど理不尽なことが、ほかにあろうか?


「先に攻撃してきたあなたが悪いんだからねっ! 今度は肉片の一つも残さないくらいハチの巣にしてやるんだからっ!! バターーーコォーーーー!!」

「畜生っ、ヤベェっ!?」


 せいの二丁機関銃が再び火を噴く。

 ドガガガガガガガガと絶え間なく続く発砲音と、やけくそともいえる量の銃弾の嵐――――――それを防ぐために、再びコンクリート壁を召喚するボーイ。いつもはどんな苦境でも敵に突っ込んで殺しに行くボーイが、珍しく防戦一方だったが、彼もまたやられっぱなしではいられない。

 ボーイはコンクリート壁が削れるか、側面に回り込まれる前に壁と天井の隙間から一枚の絨毯を飛ばした。その絨毯は、彼がこの島にある船の動力に仕掛けたものと全く同じ模様で…………せいは機関銃を撃ちまくることに夢中だったため、絨毯が自分の頭上を通り過ぎるまで、その存在に気が付かなかった。


「あばよ、クソガキっ!」

「あ、ヤッバ――――」


 静が振り返ったときにはもう遅い。

 絨毯が背後の飛行機のエンジンにパサリと引っかかると、絨毯の模様に過ぎなかった魔法陣から光が発せられ――――


「ギャハハハハハ! こうなりゃ全部ぶっ飛ばすゼエェェェっ!!」


 絨毯が爆発した。


 格納庫の飛行機が、港に係留されていた大型船舶が、桟橋に浮かぶボートが、ヘリコプターが、航空機が――――自爆式魔法陣は、ボーイの合図で一斉に爆発し、各地で大勢の犠牲者を出したのだった。



 ×××



 島のあちらこちらで同時に起きた大爆発による衝撃波は、小さな島全体を小刻みに揺らし、爆音は島の中心部にあるトランポリンの邸宅まではっきりと聞こえた。

 そして間髪入れずに、島全体に緊急事態を告げるサイレンが鳴り響いた。


「な、なんだっ!? 爆発音が!?」

「ハッ! やっぱりやってきたか!」


 突然降って湧いた緊急事態に、心臓に毛が生えていることで知られるトランポリン元大統領も騒然としたが、そばに控えていたゲーデは、むしろこの時を待っていたかのようにニヤリと笑った。


「これほどの大規模な爆発、恐らく襲撃者は一人や二人じゃないはずだ! 島から脱出するための船や飛行機はすべてダメだろう! 連中は俺様たちを島から逃がさないつもりらしい。お前ら、かねてより計画していた通り、秘密の脱出路を使う。できれば一番近い潜水艦用ブンカーを使う。エアフォース・ワンも準備しろ。さすがにアレを使う事態にならなければいいが…………!」


 ゲーデの動きは素早かった。

 肝心な時に混乱して慌てふためく私兵たちを一喝すると、すぐに邸宅の地下から脱出路に向かう用意をさせると同時に、自らは前線に出て襲撃者を撃退する準備を始める。

 だが、そんな彼女の計画に、早速の狂いが生じた。


「姐さん! シルヴィアが戻ってこない! 生体反応も消えている!」

「大変ですリーダー! エアフォースワンの格納庫で戦闘が発生しています! 空からの脱出はできません!」

「ブンカーの出航口が開きません! 水門の外が崩壊しています!」

「あんだって!?」


 なんと、あらかじめ用意していた秘密の脱出経路すらも、ことごとく塞がれているという報告が続々と上がってくる。

 しかも、戦闘が発生しているのは、よりによって脱出経路になる予定だった島の地下道だ。いくら何でも、このような事態はゲーデの想定外だ。


「こうなりゃ、俺様が叩き潰して血路を切り開いてやる! お前ら、ついてこい!」


 こうしてトランポリンたちが脱出を試みている間にも、コンゴーナス島はこの世の天国から一気に地獄へと叩き落されていた。

 爆発炎上する豪華客船、地面が隆起して用をなさなくなった滑走路、海に沈んだ桟橋…………バカンスに来ていた世界中の上級民たちはたちどころにパニックとなり、必死になって助けを求め始めた。


「なぜだ! なぜ貴族である私がこんな目に!?」

「怖いよ! 死にたくないよママン!」

「金ならいくらでも出す! 全財産出してもいい! 俺を真っ先に助けろ!」

「警察は何をやってるんだ! 早く襲撃者を殺せ!」


 地上が地獄だが、地下もまた地獄だった。

 飛行機を爆破した隙に、格納庫から脱出しようとしたボーイだったが、彼の前に音を聞いて駆けつけてきた警備兵たちが立ちふさがる。

 それを見たボーイは、困るどころかむしろ心の底から楽しそうな、邪悪な笑顔になった。


「ギャハハハハハァァァァァ!! まずはテメェラからだっ!!」


 全身チタンアーマーを着こみ、サブマシンガンを装備する兵士たちは、練度は決して低くないはずであるが、ボーイにとっては水着で機関銃を乱射する少女にくらべれば雑魚にも等しい相手だった。


 酸素発生魔術「オーツー」で足裏に気流を発生させると、ジェットのような速度で一気に接近し、果物ナイフを数本まとめて投擲。前に出てきていた兵士3人の肩や腕に命中させた。

 生半可な銃弾ならはじき返すはずの強固なアーマーに、術でコーティングされた果物ナイフが突き刺さり、彼らはサブマシンガンの引き金を引くことができなかった。


「死ねェっ! 血反吐をぶちまけろっ!」


 彼が手に持つナイフは、正確に兵士の首筋を切り裂き、アーマーの隙間から血が噴水のように吹き上がる。こうして、5人いた防衛兵はあっという間に殺害されてしまったが、ここでモタモタと殺人を楽しんでいる場合ではない。

 爆発に巻き込んだのはいいが、せいがそう簡単にくたばるとは思っていなかった。

 そして、言っているそばから、通路の後ろであの特徴的な射撃音が鳴り響き、ボーイが即座に床に伏せた直後に、頭上を弾丸の嵐が猛スピードで駆け抜けてゆく。

 MG42機関銃の射程は1000mもあり、言ってしまえば島の直線距離の三分の一が射程圏内となる。遮蔽のない一直線の地下通路で、この弾丸の嵐を避けるのは困難だ。


(ざっけンな……んだってこの俺が逃げなきゃなンねぇんだ! 俺は正々堂々の勝負がしてェんじゃねェ! 俺は、殺しを楽しみてェんだよっ!!)


 不利な状況を楽しむ気などさらさらないボーイは、不本意ながらも自分が少しでも優位に立ち回れる場所まで逃げることにした。

 頭はなるべく低くし、匍匐姿勢のまま空飛ぶ絨毯に腹ばいになって駆け抜けることで、背後から迫りくる弾丸の嵐を回避する。中には、頭上から弾丸もあったが、彼は自分の上にも防弾ガラスでできた敷物を召喚し、弾を防いだ。

 タワーなどの観光地で、床下が見えるように設計された、人が乗っても割れない強度のガラスは無数に降り注ぐ弾丸の雨を何とか耐えきった。


 そしてボーイは適当な曲がり角で右折し、とりあえず勘で曲がりくねる通路をひた走る。


(とにかく外だ……外に出りゃ、いくらでもやりようはある!)


 駆ける途中で続々と現れる警備兵たちを、片っ端から蹴散らし、階段がある場所で上のフロアに移動すると、彼はちょうどそこで、ただものではない雰囲気の敵と遭遇した。

 紫の燕尾服に紫のとんがり帽子をかぶった魔女、ゲーデだ。


「オウ、てめぇか! ウチのシマでドンパチやらかすバカは!」

「あぁん? ンだっテメコラっ! 死にテェのかよクソババア!」

「俺様が…………ババアだとぉ!」


 出会って5秒でゲーデの地雷を踏みぬいたボーイ。

 怒るゲーデが右手に持つ、先端が二股に分かれたフォークのような形状をした鈍色の槍が青白い光を纏う。


「くたばれえぇぇぇぇぇいっ!!! エクスぅぅぅブレイドオォォォォっ!!」

「なにいいぃぃぃぃぃ!?」


 槍の先から放たれた、雷と見まごうほどのビームが、地下通路から地上まで一気に貫通した。


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