第6戦目:史上最大の任務(舩坂 静 対『極悪魔人』ボーイ)

史上最大の任務 1

「ん~……ここは、飛行機の中? これもしかして、唯祈いのりセンパイと同じ奴かな?」


 せいが目を覚ますと、そこは旅客機の中のようで、しかも彼女が座っているのはおそらくファーストクラスと思われる、非常に豪華な座席だった。

 周囲に囲いがあってプライバシーに配慮されているし、目の前には大画面の液晶テレビ、側面にはいろいろな飲み物が入った簡易冷蔵庫がある。

 飛行機に乗ったことは今まで何度かあるが、ファーストクラスは座るのも初めてであり、なんなら見るのも初めてだ。せいのテンションが、早速爆上がりする。


Genauゲナウっ♪ いい座り心地~! 漫画喫茶よりもすごーい!」


 ほとんどベットのような大きさの座席でゴロゴロ転がって、心地よさを満喫するせいだったが、そこにキャビンアテンダントが扉をノックして食事を運んできた。


「失礼いたします。機内食の『ウニとキャビアのテリーヌ』でございます」

「機内食があるの!? 食べる食べるー! いっただっきまーす!」


 運ばれてきた機内食もまさに一流の味で、超有名シェフが素材からこだわった逸品が出てきた。もっとも、中学生のせいには繊細な味などわからず、単純に「Leckerレッカーっ!(※うまいっ)」と一言だけだったが…………量が少ない高級料理をあっとに食べつくすと、お皿の底に何か残っていることに気が付いた。


「ん? あれ、こんなのあったっけ? おたのしみ………! お楽しみっ! なんだろうなんだろう!? ちょっとエッチなビデオかな?」


 そこにあったのは、残ったソースで「お楽しみ」と書かれている、明らかに怪しいマイクロチップ。だが、怖いもの知らずのせいは、何も疑うことなくうきうきでマイクロチップを専用機器に取り付けた。すると―――――


『…おはよう暗殺者ちゃん。今回君には、とある人物の暗殺を暗殺してもらう』

「えー、エッチなビデオじゃないんだ。つまんなーい」


 始まったのは子供向けビデオでもムフフなビデオでもなく、競技説明だったので、せいはあからさまに嫌そうな顔をした。だが、説明はきちんと聞かなければならないので、暫くは真面目に聞くことにした。


『今回のターゲットは「D・トランポリン」という元大統領にして実業家の男だ。君も知っている通り、彼は現大統領ジョセフ=バイコディンとの選挙戦に敗れて落選し、「民主主義破壊罪」で起訴された。だがトランポリン元大統領は、逮捕直前に亡命し、これから向かう目的地……コンゴーナス・アイランドに潜伏していることが判明した。現大統領はすでに彼のことなど認知症で忘れ――――もとい、敗者など眼中にないのだが、大統領の熱烈な支持者たちは、元大統領が生きている限り民主主義は再び破壊されるだろうと考えている。そこで君は、民主主義を守る自由の戦士となり、ターゲットの抹殺を行ってもらう』

「なんかよくわからないけど、気に入らないから殺しちゃうって、民主主義的に大丈夫なのかな? 人間の暗殺か~、なんかやだな。魔の物なら喜んで倒すのに」


 さっきまで高かったせいのテンションが、あからさまに下がっていく。

 いくら競技とはいえ、何が悲しくて退魔士がテロリストまがいのことをしなければならないのか。とはいえ、一度負けている彼女に、勝負の放棄と言う選択肢はない。


『この先の目的地、コンゴーナス・アイランドは、周囲およそ3kmほどの小島だが、島全体がリゾート地となっていて、限られた富裕層とリゾートスタッフ以外は立ち入りが許可されていない。警備も厳重で、そこらの警官ですらいい武器を持っていることだろう。トランポリン元大統領の居場所周辺になれば、より警備は厳重になるだろう。その上、脱出用の乗り物もあらかじめ多数配備されているはずだ。


 要するに、今回の競技はターゲットがエリア外に出てしまうと負けなのだろう。

 このことをせいは、しっかりと頭に入れておくことにする。


『暗殺の準備については君に一任する。当面の資金も用意してある。ただし、例によって、君が捕えられ、あるいは殺されても、当局は一切関知しないからそのつもりで』

「あ、やっぱり? じゃあ、次におまえは「なお、このテープは自動的に消滅する」と言うっ!」

『なお、このテープは自動的に消滅する――――ハッ』


 せいにセリフを先取りされたのが余程恥ずかしかったのか、マイクロチップは赤面しながらいそいそと逃げ出してしまった。こうしてテープは自動的に消滅した。


「…………なんかよくわからないけど、よしっ! 説明は聞いたから、後はのんびりとファーストクラスを満喫して―――――」

『ご搭乗の皆様、当機は間もなく着陸します。よい一日を』

Scheisseシャイセっっっ!」


 結局せいは、ファーストクラス滞在時間中はずっと説明を聞かされただけで、無駄に豪華な設備を満喫することはできなかった。

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