インターバル

インターバル 4

「教官! 今戻ったよ!」

「たっだいまー!」

「お帰りなさい鹿島さん、千間さん。今回も得るものがあったようですね」

「あれ? 来朝らいさも競技に出てたの?」

「そうなのよー、なんで私ばっかり。まあ、今回は楽しかったからいいけど」


 転送装置から帰還した唯祈いのり来朝らいさを、教官の雪都ゆきとがすぐに出迎えてくれた。

 自分だけ競技に出たと思っていた唯祈いのりは、前回連続出場したばかりの来朝らいさも一緒に戻ってきたことに驚いていたが、来朝らいさは困るような口ぶりながらも楽しそうだ。


「どのような選出基準かはわかりませんが、やはり均等という訳ではないことは確かですね」

「むー、私だっていっぱい戦いたいのにー! Unfairオンフィアだよー!」

「こらっ、せいちゃん、お行儀悪いことしないのっ。まだ戦いは終わりじゃないんだから、そのうち出番はあるはずよ」


 一方でまだ一回しか出番のないせいは、ソファーの背もたれに頬杖しながら、つまらなそうな表情で足をばたつかせていた。そんなせいのバタ足を、かなめがピシャリと手で打って止める。


「あはは、でも今のせいちゃんの顔、まるでニャンコみたいで可愛かった! ビデオカメラがあったら動画にアップしたいくらい」

来朝らいさはいきなり何言ってるのよ……ほら、あなたの分のジュースも持ってきたよ」

「サンキュー唯祈いのり! …………ねぇ、ちょっと思ったんだけどさ。もし私たちの世界に、魔の物も退魔士もいなかったら、私たちは将来何の仕事を目指してたんだろう?」

「魔の物も退魔士もいない世の中!? そんなのちょっと考えられないけど、またなんで…………?」

「いや、実はね――――」


 突然、突拍子もないことを言い出す来朝らいさ。困惑する唯祈いのりや、きょとんとしている周囲の同僚たちに、来朝らいさはつい先ほどまでの競技で自分が転送された世界のことについて語り始めた。


「なるほど、競技の舞台が千間さんの言う「魔の物も退魔士もいない世界」の日本だったのですね。それは興味深い」

「でしょう教官! 私たちの世界と比べて、なんというか緊張感? っていうの? なんとなく活気が足りないなーなんて思ったけど、なぜだか少し懐かしいような気分になって…………それで、もし私があの世界の日本に生まれていたら、将来何を目指してたかなって思ったの」

「で、来朝らいさは退魔士にならなかったら、何になりたかったの?」

「うーん、それがね、動画投稿のための自撮りが意外と楽しくてさ! もしかしたらアイドルを目指すのもいいんじゃないかって思ったの!」

「アイドルですか! 私もいいと思いますよ♪」


 そう言って後ろからひょっこり話に混じってきた、天使のステラエル。今の言葉は皮肉とかではなく、彼女なりの本心のようだ。


「むしろこんなに可愛い女の子たちを、軍隊みたいに使う方がもったいない! 唯祈いのりちゃんだって、結構スタイルがいいんですから、モデルとか余裕でなれると思いますよ!」

「あたしは別に……そういうのは、いいかな。たとえ平和な世の中だったとしても、たぶんあたしは戦う職業についてたかもしれないし。ほら、陸軍の士官とか」

「私も私もー! 空軍とかに入って戦闘機ブンブン乗り回したいな!」

「……教官さん、あなたは本当に、女の子に名に教えてるんですか?」

「私に言われましても…………」


 唯祈いのりはもちろんのこと、せいも両親が軍人だったので、職業軍人以外に興味がなさそうだ。将来の軍人としては頼もしいが、女の子がそんな思考をするまで育て上げた雪都ゆきとに、ステラエルが若干非難の目で見ていた。


「あら、魔の物がいなかったら、私は生まれてないわ。どうしましょう?」

「えー、別に摩莉華まりか先輩は初めから人間って設定でもいいと思うな」

「設定……そうね、やっぱり私は音楽家がいいですね。生まれ変わっても、このフルートとは一緒にいたいです。ああでも、お洋服も好きですからファッションデザイナーになるのもいいわね。そうそう、考古学者なんていうのもありかも~」

「やりたいこといっぱいあるんだね、摩莉華まりかさん…………」


 祖先が魔の物だった摩莉華まりかだが、人間として生まれているなら色々となりたいものがあるらしい。多趣味な彼女ならではの選択肢の多さに、ほかのメンバーも少々羨ましいようだった。


「じゃあ教官は?」

「私、ですか………そうですね。無難なところでは警察官でしょうか」

「なるほど、警察官!」

Polizistポリジストっ! それすっごく似合うっ!」

「えー……警察官?」


 一方で雪都ゆきとは、自分に話題を振られた時、なんとなく警察官を選んだ。軍隊とかでなく「警察官」を選ぶのが、彼らしいといえば彼らしい。有事にならないとあまり役に立たない軍隊よりも、日常で人々の役に立ちたいという思いなのだろう。

 唯祈いのりせいは、警察の制服を着て敬礼する雪都ゆきとを想像して、心の中で思わず「かっこいい!」と叫ぶくらいだったが、なぜか話を振った張本人の来朝らいさが難色を示した。


「何か不満なの来朝らいさ?」

「あー……うん、別に似合わないってことはないけど、教官が警察だとなんかこう、宝の持ち腐れかなーって」


 来朝らいさはこう言っているが、実際のところは、先ほどの異世界で警察官が対戦相手の少年に無残に蹴散らされた光景が、いまだに脳裏に残っていたからである。


「あ、だったら弁護士なんてどうですか? 雪都ゆきとさんは法律にも詳しいので、きっとドラマのようなかっこいい弁護士になれるはずです!」

「へぇ、それいいかもっ!」


 ここでかなめが、あえて雪都ゆきと弁護士説を提示した。

 彼の気質的に、検察や裁判官の方が合っている気もしなくもないが、パリッとスーツ姿になった彼が、理路整然と弁護を行う姿を想像するのも、なかなか乙である。来朝らいさも、警察官より断然こちらの方がいいと賛同する。


「そして……私は雪都ゆきとさんの秘書になって、お仕事のお世話から夜のお世話まで……♥」

「なっ!? そ、それはあたしの仕事にするっ! かなめさんは事件が解決できなくてあたしたちに泣きついてくる刑事でもやってればいいと思うよ」

「まぁ、ひどいわ唯祈いのりちゃん! あなたなんて私たちにコテンパンにされる嫌味な検事でもやればいいと思うの!」

「なにを」

「あなたこそ」

「二人とも、外部の人も見てるんですから、その辺にしておきなさい」


 相変わらず対立する二人を、雪都ゆきとは何とか抑え込んだ。

 この二人、喧嘩をすると雪都ゆきとが仲裁するまで辞めないのがやっかいである。


「えー、私はもう少し見てたかったですよー。ポンコツ刑事さんと冷酷検事さんの大岡裁き♪」

「「なにおっ!?」」

「あーっ、そうそう、せいちゃんと摩莉華まりかちゃんは、次の競技に呼ばれてるから、準備してね!」


 煽るだけ煽っておいて、わざとらしく仕事のアナウンスに戻るステラエル。

 やはりこの天使は、性格に相当に問題がありそうだ。


「よぉし! こんどこそ負けないぞーっ! Viel Feind, viel Ehr'っっ!」

「私ですね。今度は奇麗な声のかわいい人が相手だといいわ~」

「前の相手はそんなにひどかったのか……」


 こうして、次はせい摩莉華まりかが転送装置に入っていく。

 やる気満々の二人は、はたして勝ち星を挙げることができるのだろうか――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る