わたしは人気ユーチューヴァー 4

 動画の撮影を行おうとせず、なぜかタピオカの販売を行っている来朝らいさ

 その行動に何の意味があるのか……霧矢きりやには全く分からなかった。


(まさか……ここ数日で資金が尽きた、とか? いやいや、そんなバカなことがあるかよっ!)


 手持ちの資金が尽きた故に、資金を稼ぎなおしている可能性もなくもないが、それならバイトするなり、もっと他にいい方法があるはずだ。

 そう考える霧矢きりやの横を、ついさっきタピオカを買ったばかりと思われる男子高校生が、異様なまでにニヤニヤした顔をしながら通り過ぎようとする。

 その異質さを見逃さなかった霧矢きりやは、即座にその男子高校生の腕を乱暴に掴んだ。


「な、何するんですかっ!?」

「オイ、テメェっ! 随分とニヤついてる顔してんじゃねェか……俺の目の前でそんなムカツク顔するってェこたぁ、殴られてぇってこンだろ? あ?」

「やめてくださいよぉ! 僕は……僕はっ! 来朝らいさちゃんのタピオカのおいしさを、すぐにみんなに伝えなきゃいけないんだっっ!」

「何わけわかんねェこと言ってやがるっ! このっ、腐れメガネっ!」


 完全にチンピラモードの霧矢きりやに対し、なよなよして弱そうなメガネ男子は、怖がるどころか抵抗してきた。これは明らかに異常な兆候である。

 霧矢きりやは手掛かりを得るべく、男子高校生をその場に引きずり倒そうと胸ぐらをつかんだ――――瞬間、彼の身体の奥にある「何か」が手ごたえをつかんだ。


(は……? この感覚、間違いねぇ……『施療』が効く奴だ!)


 霧矢きりやの持つ固有の天賦ギフト――『施療』は、人体に与えられたいかなるダメージや状態異常もたちまち治す、それなりに万能な能力だ。

 ほとんど「勘」だが、傷や持病ではない何らかの状態異常が、この男子高校生を蝕んでいる。一か八か……霧矢きりやは、男子高校生を無傷のまま地面に押さえつけると、少々のタメ時間を挟んで『施療』を発動した。

 すると、今まで暴れていた男子高校生は、見る見るうちに気力を失っていき、完全に治癒したころには、魂が抜けたかのようにポケーっとしてしまった。


「僕は……いったい? 何をしようと?」

「お前、ちょっとソレよこせっ」


 霧矢きりやは、彼が手に持っていた飲みかけのタピオカを取り上げた。

 見た目は何の変哲もなく、きちんと黒いタピオカが沈んでいるミルクティーだが…………


(こりゃぁひょっとして、社長と同じ………いや、麻薬か何かか!?)


 その瞬間、彼の頭の中で今起きていることすべての点と点が、線でつながった。

 よく見れば、周囲で和気あいあいとタピオカを飲んでいる学生たちの誰もかれもが、不自然なまでにニコニコしていることに気が付く。

 そして、その元凶であるタピオカを売りさばいているのは――――


「はーい、毎度あり~♪ おいしかったら『らいさのアトリエ』チャンネル登録よろしくね~♪」

『ヨロコンデー!』


「そこまでだ! 悪党っ!」

「あら、誰かと思ったら霧矢きりや君じゃ~ん。タピオカ屋始めました、なんてねっ☆」


 怒りの形相で殴りこんできた霧矢きりやを見て、来朝らいさは少しだけ意外そうな顔をしたが、まるで「いつかは来るだろう」と予想していたかのように、わざとらしい笑顔で返事をしてくる。

 その笑顔は、どことなく控室にいるステラエルに似ていた。


「どう? よかったらあなたも一つ飲んでみる? 友達価格でタダにしてあげるわ。ああもちろん、ちゃんと並んで買ってね」

「ふざけんなっ!! テメェの企み、見逃すわけにはいかねェっ!!」


 そう言って彼はナイフを隠すために着ていた上着を脱ぎ棄てると、問答無用で両手にジャックナイフを構えた。


「わあぁ!? こ、こいつ、ナイフもってるぞ!?」

「きゃああぁぁぁ!?」

「人殺しー」


 横入りしようとしているように見えた霧矢きりやが、突然殺人鬼のような形相でナイフを装備するものだから、タピオカを買うために並んでいた学生たちは、恐怖でバラバラに逃げ出してしまった。


「あーら、営業妨害はやめていただけるかしら?」

「はっ、見え透いた真似を……テメエ、このタピオカの中に麻薬仕込んだだろ! そして客を依存させて、動画の宣伝をしようってか?」

「さあ、どうでしょうね?」


 霧矢きりやの読みは的中した。

 来朝らいさはまず、自室で『らいさのアトリエ』なるタピオカづくりの動画を撮影し、投稿。そのあと、この周辺にたむろしている若者をターゲットに、自室で作成した自家製タピオカを売りさばくと同時に、売り物にこっそり来朝らいさのタピオカに依存させる毒を混ぜ込んでいたのである。

 まさに典型的な悪党の所業であった。


「それより見て見て! これ、私の動画なんだけど、よくできてるでしょう? みんなが見てくれるから「いいね👍」もいつの間にかこーんなにたまっちゃった♪」


 そう言って来朝らいさは、台車に置いてあったタッチパットを見せびらかすように掲げた。

 画面には動画サイトで『らいさのアトリエ』を再生しており、動画の端っこの方にある「いいね👍」の数は早くも6000を超えていた。

 しかも、変なところで凝り性の来朝らいさは、秋葉原まで赴いてコスプレ衣装を調達し、ゲームキャラクターのような恰好で動画に映っている。その姿はなかなか可愛いからか「いいね👍」の伸びは来朝らいさの予想以上であった。


「今日も売り上げ好調だったし、今日買っていった子たちが広めてくれれば、もう何もしなくても私の勝ちは確定かもね?」

「………ハッ、それがどうした……! ここでテメエを殺して、投稿した動画を削除してやりゃあ何も問題ねぇよなァ!」


 瞬間! 霧矢きりやのナイフが来朝らいさの首元目がけて一閃――――しようとしたが、素早く躱される。


(チッ、思っていたより早えぇっ! こいつ、やっぱり………、……っ!?)


 この動きはやはりただものではない……霧矢きりやがそう思った直後、急激な頭痛とめまいと吐き気を覚え、体中が痙攣してその場に倒れ伏した。


「ガハッ……ぐ、げっほ………っ!?」


 体中の水分が失われていき、意識もどんどん遠のいていく。だが、霧矢きりやにはアレがある。


(「毒」か……クソッ、『施療』っ!)


 天賦ギフト――『施術』の効果で、霧矢きりやはなんとか命を失う寸前で持ち直し、その場に立ち上がった。前回のボクシングでも少しは役に立ったが、まさか自分の天賦ギフトに命を救われるとは思ってもみなかった。


「えー、もう回復したの?」

「ウルセェ……」


 息を整えつつある霧矢きりやを見て、来朝らいさはあからさまに嫌そうな顔をした。


(ないわー……。今度は毒を完全に回復しちゃうとか、ないわー)


 というのも来朝らいさは、以前のハンバーガー対決で、自分と相性が最悪の「毒が全く効かない化け物」と対決する羽目になった苦い経験があった。

 そして今回、またしても自分と相性の悪い能力を相手が持っているとわかり、自分のクジ運のなさに辟易してしまったのである。

 とはいえ、彼女は別に負けたとは思っていない。ただちょっと決着が面倒になっただけである。


「おまわりさーんこっちです! こいつがナイフを持った不審者です!」

「うお、しまった!」


「警察だ!」

「動くな! 武器を捨てろ!」

「逮捕する!」


 異世界とはいえ、ここはまかりなりにも先進国日本の首都の一角である。武器を使って人を脅せば、当然警察がやってくる。


「警察の皆さん! 頑張って! 逮捕してください!」

「よし! 本官に任せろ!」

「御用だ御用だ!」

「フザケンナ!このヤロウ!」


「だああぁぁ畜生! 余計なことすんじゃねェ!」


 来朝らいさはさらにダメ押しで、闘争本能がむき出しになる物質を散布。これにより、温厚なはずの日本の警察官たちが、銃や警棒をもって霧矢きりやに襲い掛かってきたのだった。


「らァっ! こんなところで逮捕されてたまっか! アイツの動画を消してやるっ!」

「グワーッ! 公務執行妨害!」

「巡査長が切られた! 許せるぞオイ!」

「増援だ、増援を呼べ!」

「曲者だ! 出会え出会え!」


 こうして霧矢きりやは、最後の最後まで抵抗をつづけ、ナイフの二刀流で集まった警官を10人切り殺した。そのあまりの無双っぷりに、とうとう機動隊が出動する事態にまで発展し、最終的に狙撃班に撃たれて死亡した。

 (手配度★★★★★)

 そして、ちゃっかりその場に居合わせて騒動を録画していた来朝らいさは、録画した動画をほぼリアルタイムで投稿サイトにアップロードした。


 歴史に残るであろう殺人鬼の無双風景を映した動画は『らいさのアトリエ』を一瞬で上回る再生数を獲得し、その後わずか30分で目標の1万いいねを獲得したのであった。



第五試合結果

勝者:千間 来朝せんげん らいさ 勝利条件達成により

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