わたしは人気ユーチューヴァー 3

 開始地点のタワーマンションから外に足を運び、限られた時間でいろいろと見て回った来朝らいさは、競技が行われている世界が、自分が元居た世界と似ているようで違うことに気が付いた。

 そもそも彼女のいた世界の日本の国力は、ドイツに続いて世界2位であったし、長年続く不況など聞いたこともなかった。「消費税」なんていうアホみたいな税金があるのも、にわかに信じがたかった。


「まあ、この世界には「魔の物」も退魔士もいないから、平和と言えば平和なのかもね」


 元居た世界に比べてどこか元気がない日本だったが、それでも地名や建物の配置はほぼ彼女が元居た世界と同じだった。しいて言えば、最近できたばかりだという最寄りのJRの駅が変な名前になっているくらいだろうか。

 とりあえず彼女は、戦闘用の服では寒いし目立つので、近くの服屋で新しい服をいくつか調達し、その足で近くにある公園に向かった。

 屋台で大好物のフライドポテトを買い、それをお昼代わりに公園のベンチで頬張りながら、頭の中ではひたすら思考に耽る。


「ん~、ここにせいちゃんがいてくれれば、複垢とか使ってインチキできるんだろうけど、私はそっち方面にはあまり詳しくないし、動画とかも撮ったことないしなぁ。学校で教えてくれないことも大切……か」


 いくら学業優秀な来朝らいさと言えど、この世のすべてをそつなくこなせるわけではない。今から学べば行けるかもしれないが、もっと効率的な方法があるはずだ。

 そんなことを考えながら、すぐ近くで制服を着た女子高生二人がタピオカ片手にスマホで自撮りしているのを眺める。普段なら気にも留めない光景だが、彼女は少なくともあんなことを親友の唯祈いのりとしたことがない。

 来朝らいさは、自分の「JK力」の意外な低さに少しへこんだ。


(あれ、そういえばあのタピオカ、さっきも飲んでる人がいたなぁ。どこで買ったものなんだろう…………ああ、あの屋台か)


 だがここで、来朝らいさの脳内に突如として「天啓」としか言いようがないアイディアが電流のように迸った。


「ひょっとしたら……いけるかもしれない!! そうと決まれば、妨害されないうちにすぐ準備よ! ポテト食ってる場合じゃないわ!」


 来朝らいさはベンチからすくっと立ち上がり、手に持っていたフライドポテトを袋から一気に口の中にザーっと流し込んで、唾液を強力な溶解液に変えて一気に分解すると、そのままダッシュでどこかに走り去ってしまった。



×××



 それから3日後――――霧矢きりやは、室内にいるばかりでは考えが煮詰まってしまうため、一度外に出てどこかで適当なものを食べながら今後の方針について考えることにした。


「まずはできる限りの複垢の調達だな。1万は現実的じゃねェけど、安いケータイやらノーパソやらをかき集めりゃ、偽装工作もしやすい。足りない分は、適当に底辺投稿者どもを煽てて相互応援をイナゴするかぁ………あとは、それなりの動画を撮ればいいんだろうが、それが一番の難題だな」


 ここ数日考え抜いた末、霧矢きりやが出した結論は、グレーゾーンギリギリの手段を複数用意し、それらを組み合わせてノルマを達成するというものだった。

 流石はなんでもありのMDCに所属しているだけあって、使える手段はすべて使うという柔軟かつ合理的な思考だ。

 ただ問題は、どのような手段を講じるにしても、最終的には自分の動画を投稿しなければ何も始まらないということ。様々な手段で「いいね👍」を嵩増しするとしても、それなりに見るに堪えるものを作らなければ意味がない。


 タワーマンションが建つほどの立地だけあって、拠点周囲は料理店が高級なものばかり。

 霧矢きりやはわざわざ駅前まで行って、サイ〇リヤでドリアとアップルパイ、ドリンクバーを注文。ドリンクバーでオレンジジュースとコーラを混ぜてから、メロンソーダを注いだドリンクを飲みながら動画の内容について思案する。


「動画で一定の需要があるといやァ…………ドッキリとかどうだ? せっかくだから、あのいけ好かねぇビッチを罠にかけて、動画で笑ってやろうか……」


 そう言って彼は、目の前にあるオレンジジュースとメロンソーダを混ぜて、シュワシュワ音を立てるコーラ飲料を見て考えを巡らせる。


 ~以下、妄想~


「ふんふんふふ~ん、のどが渇いちゃった~。冷蔵庫に何かないかしら? あ、こんなところにコーラがある! うんうん、やっぱり喉が渇いた時にはコーラが一番よね!」


*蓋を開ける音*


「このコーラgくぁwせdrftgyふじこlp!!!????」


*ドッキリ大成功*


 ~妄想ここまで~


「メン〇ス入りコーラ爆弾……ニッシッシ! 古典的だがなかなか面白そうな絵面じゃねぇか! …………いや、待て。そもそもどうやって相手の部屋に入って、罠と隠しカメラを仕掛けるか……?」


 まず真っ先に思いついたのが、ふたを開けるとメ〇トスが落ちる仕掛けのコーラを用意して、見事引っかかってコーラまみれになる来朝らいさを隠し撮りするというものだったが、そもそも彼らの部屋はセキュリティーが高度過ぎて、不法侵入はかなりリスキーな作戦になる。


「リスクの割にリターンが釣り合わねぇ……なら、いっそのこと、奴の方から開けさせるとか」


 次に彼が視線を移したのは、今さっきできたばかりのアップルパイだ。



 ~以下、妄想~


*インターフォンが鳴る音*


「オイ、パイ食わねぇか」

「あらー、私のために作ってくれたの? ありがとう!」

「おう、残さず食えよ」


*帰ると見せかけてこっそり扉のロックを嚙ませて侵入し、隠しカメラ設置*


「私アップルパイ大好きなのよねーっ! いただきまーす! もぐもぐむしゃむしゃ…………!!?? あひいいいいいぃぃぃぃ!? か、からいぃぃ!?」


*ドッキリ大成功*


~妄想ここまで~


「っとまぁこんな感じで…………いや、流石に警戒されるだろーな」


 結局、来朝らいさが部屋の中にいては話にならないので、どこか屋外で待ち伏せしつつ何か仕掛けることに決めた。

 幸い霧矢きりやは足の速さには多少自信がある。外で見かけた時に、行く手に先回りするのも容易だろう。


 食事を終えた霧矢きりやは、すぐに拠点に戻らず、このあたりに何かあるのかを調べるために、いくつかの場所を歩き回った。

 だが、彼が駅のすぐ近くにある公園広場を通り過ぎようとしたところ、なぜか学生が大勢集まっているのが見えた。一体何事かと思った霧矢きりやが、学生たちの集まりを遠目に見ていると、意外なものを見つけた。


「アイツ…………あんなところで何をしてやがんだ?」


 なんと、公園の屋台のいくつかに混じって、来朝らいさが手作りのタピオカミルクティーを販売していたのだ。

 動画も作らずにタピオカを売り歩く来朝らいさの意図が、霧矢きりやにはさっぱりわからなかった。

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