わたしは人気ユーチューヴァー 2

「はーぁ……どうすっかな、これ」


 高級ソファーにあおむけで寝転がりながら、かったるそうに天井を見つめてため息をつく霧矢きりや

 競技が開始してまだ10分も経ってないにもかかわらず、彼の思考はすでに行き詰まりを見せていた。


 と、言うのも、彼がこの競技の説明を受けて真っ先に思いついた手段は「まずは対戦相手を見定めて、勝てそうなら出合頭に殺す」ことだった。

 相手が自分より弱ければ、そのまま倒してじっくり課題に取り組めばいいし、手に負えないほど強そうなら、いったん退却して何とか妨害することに決めていたのだ。しかし、来朝らいさの姿を見た彼は、果たして対戦相手が弱いのか強いのか、一目見ただけではよくわからなかったのだ。


「せんま……?(※千間せんげん) きあさ……?(※来朝らいさ) だっけか? ぱっと見そこまで強そうに見えねェんだがなァ……。歳もおんなじくらいだろーし」


 地味だがそれなりに整った顔、同年代ではなかなかお目に掛かれない抜群のスタイル、それに思春期男子ならだれもが鼻の下を伸ばすだろうと思うほどの扇情的な服装。ぶっちゃけ、あまり戦いに向いた体つきをしていないように思えた。

 しかし、両手には殴ったら痛そうなゴツいグローブのようなものを装備していて、見かけによらず殴り合いに強いのかもしれないという疑惑がある。


「アイツ……俺が殺す気満々だったってのに、鼻で笑ってやがった! クッソ、ムカつく………ムカつくが、そんだけ自信があるってことかよっ! それとも、単なる鈍いバカか、どっちだッ?」


 何より、全力で殺す気満々の殺気を浴びせたというのに、相手はビビるどころか、逆にこちらを挑発してきたのである。

 上は高校生相手でも、喧嘩腰になれば相手をビビらせることも多かったが、女子相手にこのような態度を取られるのは、自らが所属するMDCの社長と同僚たち以来だ。彼女たちもまた、見た目そこまで強そうには見えずとも、非常に強力な特殊能力や天賦ギフトを持ち合わせており、それが彼女たちの自信の源になっている。

 であるならば、対戦相手もまた天賦ギフトかそれに準ずる能力を持っていてもおかしくはない。そう判断したがゆえに、霧矢きりやはあえて「退く」という選択肢を取った。今はまだ死に急ぐ状況ではない


「チッ、殺るなら不意討ちだな。それも、人目に付かないところで……だ。下手をうって警察沙汰じゃ競技どころの話じゃねぇからなァ。やれやれ、ちょいと気分転換に動画でも見て、傾向と対策でも練るとすっか」


 出合頭に襲撃する機会を逸した霧矢きりやは、今はとりあえず競技の本題についてある程度の対策を講じようと決めた。最終的には直接対決になろうとも、念のために選択肢は多めに持っておくに越したことはない。

 MDCという組織に所属して任務をこなす能力を持つだけあって、霧矢きりやはそのあたりの思考は柔軟だった。


「動画を撮って視聴者を集めんなら、流行りに乗っかるのが一番手っ取り早ぇわけだが…………この世界の流行りはどんな感じだ?」


 元居た世界で過ごしていた時は、動画投稿サイトにさほど興味がなかった霧矢きりやだが、それでも動画の視聴者を集めるには、世の中のブームに乗るのが一番手っ取り早いことをすぐに理解したのは慧眼と言える。

 問題は、彼自身が動画を撮って編集した経験が全くないことだが、やって慣れていくしかないことは、開始時の説明の時からすでに腹をくくっている。


「再生数一位…………『ジョセフ=バイコディン 世紀の名演説』。どっかの偉い政治家の動画かよ。しかも、これだけでほとんど上位を独占してやがらァ……」


 総合上位に位置する動画は、どれもこれも有名な政治家の演説動画だった。こんなのが動画として面白いかどうか以前に、これを真似して動画を作るのは無理だ。

 一応、何か得るものはないかと思い動画を開いてみるも、中身は高齢の政治家が大げさな身振り手振りで喋っては、その場にいる観客から歓声が上がるだけ。

 転生したとはいえまだ中学生の霧矢きりやには、政治家がしゃべっている内容の良さが全くよくわからなかった。


「つまんねえぇぇぇ……。これならうちの社長が政治家になった方がマシなんじゃねーの? コメント欄も、いい感じに頭ん中ヨーグルトみてーなのバッカ。こんなのがリーダーになったら、どっかのちょび髭みたいなことして、世界が滅びるぜ」


 時間を無駄にした感がするのをぐっとこらえ、次にジャンル別の人気に目を通してみた。


「芸能は…………『BTSB』とかいうアイドルユニットみたいなのが多いな。そんなん流行ってんのかこれ?」


 芸能分野では『BTSB』という男性アイドルグループ関連の動画がほぼ一強状態で君臨していた。こういう類は意外とバカにできるものではなく、センスがいい者が人気アイドルの歌をカバーすれば、流行りに乗ってたちまち人気になることもできる。

 ここまで人気になるからには、さぞかしいいものなのだろうと、霧矢きりやは彼らの動画をいくつも見ていたが――――


「……ビミョー。こりゃぁ……歌や踊りじゃなくて、顔で売ってるタイプだ」


 霧矢きりやは意外にも厳しい評価。歌やリズムを真似しようにも、どこかつかみどころがなくて、印象に残りづらい気がする。これでは、例え真似して動画を上げても、効果は薄いだろう。

 そもそも戦闘のプロである彼は、人の動きには結構手厳しいのだ。


「個人系ならどうだ…………んー、『大食い』に『ペット』、『2.5次元アイドル』『異世界転生』『悪役令嬢』『犬神家』――――ったく、どれもこれも一朝一夕にできるものじゃねェ」


 こっちはこっちで、確かに面白いものが多かったが、すぐに真似できるものでもないのが歯がゆいところだった。

 むしろ、自分以外の仲間の誰かがいれば何とか動画になりそうな気がするのが、かえって悔しい気持ちになる。(大食いとか……)


 一通り面白そうな動画を見て、それなりに嵌って、時間がたちすぎて空腹になったことに気が付いていったん休憩にする。

 そうして再びソファーに戻って、霧矢きりやが出した結論は…………


「なんとかインチキできねェかな」


 奇しくも来朝らいさと同じだった。


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