第5戦目:わたしは人気ユーチューヴァー(千間 来朝 対 夜久 霧矢)

わたしは人気ユーチューヴァー 1

「あーあ、まーた私が出る羽目になるなんて。誰がどうやって選んでるのか知らないけど、もう少し機会の均等を心がけてほしいな」


 恐れ多くも、この文章を書いている存在に対し不満を垂れる来朝らいさは、現在高級タワーマンションの最上層階の部屋に設置された、デスクトップパソコン前の椅子に腰かけていた。

 先輩のかなめや教官の雪都ゆきとが競技に呼び出された場所は、まさしく別世界といった雰囲気の所だったようだが、来朝らいさが呼び出される場所はなぜか決まって日常生活に毛が生えたような場所が多かった。前二回はそれでも、実際に競技を行う場所が非常識な場所になったが、今回もそんなパターンなのだろうかという不安しかない。


 そんな彼女が、やけに座り心地のいいチェアに深々と腰かけると、目の前にあったパソコンが何の操作もしていないのに電源が立ち上がり、画面が点灯したのと同時にチープな動画が始まった。


『君もなれる! ユーチューヴァー! めざせ、1万いいね!』

「うわ~、今時こんな一昔前の教材ビデオみたいなの作る人いるんだ」


 まるで一昔前の教習所のビデオのような、安くて硬いお役所仕事感あふれるオープニングと共に、これまたどこかで見たことあるような青いイルカのキャラクターが現れ、ネット動画配信サービスについての説明を始めた。

 この時点で来朝らいさは、競技の目的と勝利条件についてある程度の目星をつけた。


(ははぁん、今回の勝負はユーチ〇ーバー対決ってとこかしら。めざせ、1万いいねってことは、敵より先に「いいね👍」を1万ポイントを獲得するか、さもなくば再生数が多い方が勝ちか…………)


 彼女の読みは大体当たっていたが、いつぞやの野球拳のようにルールの把握不足で両方敗北で引き分けに終わったこともあり、得られる情報はすべて把握するため、動画を最後まで真剣に見ることにした。


『参加者の人には、どっちが人気の動画を作れるのか勝負してもらうよ。基本的にはこのパソコンで投稿することになるけど、自分の部屋にあるものなら何でも自由に使ってもいいよ。ハンディーカメラから、放送局でも使ってる本格的なカメラもあるし、契約済みの最新スマホやタブレットもあるからね。あと、参加者さんには初心者プレゼントとして500万円を金庫に入れてあるから、それも自由に使っていいんだ』

「500万円……私、そんな大金使ったことないなぁ」


 来朝らいさが一瞬だけ後ろを向いて部屋を見渡すと、確かに大きな机の上には携帯電子機器が色々置かれ、部屋の隅にはカバーがかかった何か大きなものがある。恐らくそれが、説明にもあった本格的な撮影機材なのだろう。


『最後に動画をアップしてから1週間たつとタイムリミットだから、注意してね。それと、仮にアカウントが凍結や削除されてもゲームオーバーにはならないけど、新しいアカウントを作るのに10万円、凍結解除には5万円かかるから、あまり公共に反する内容はアップしないようにしてね』

「罰金たっか。公共に反する内容って、つまり暴力や犯罪、それにエッチなのはダメってことね。ま、現実でもそうだもの、気にしたら負けよね」


 犯罪的な内容や、18禁な内容は確かに悪い意味で注目を集め、一瞬だけなら爆発的に高評価が付くだろうが。リスクもまた大きい……諸刃の刃という訳だ。


『動画の投稿は最大24時間まで。それ以上長くなると、アップできなくなっちゃうから注意してね。さあ、以上でルールの説明は終わりだよ。これで、今日から君も、ユーチューヴァーだ!』

「…………これで終わりかぁ」


 結局ルール説明動画は5分で終わり、説明内容もいたって当たり前の事柄ばかりだった。あまりのチープさに、最後まで見て若干損した気もするが、今度こそルールの把握はばっちりだ。


 とりあえず来朝らいさは、デスクトップPCの近くにあるカートリッジ式のコーヒーメーカーに水を入れて沸かし、適当な銘柄のコーヒーを注いで砂糖を2個ほど入れた。

 競技が開始したからと言って、何も考えずに焦って動き出すことはない。同学年一の知恵者である彼女は、甘いコーヒーをゆっくりと飲んで――――


「なんとかインチキできないかな?」


 すぐに邪道な方法を考え始めたのだった。


「まずは、周りの材料をすべて確認してからにしよっと。部屋の外には自由に出ていいって話だし、お買い物もしていいんだよね。あとは、対戦相手の情報を知りたいな」


 「話が分かる相手だといいんだけど」と呟きながら、部屋を一通り見て回った後に玄関から外に出る。

 玄関を出れば、そこはすでにそれなりの広さのエレベーターホールで、自分の部屋の向かい側にはもう一つの玄関がある。どうやらそこが、もう一人の対戦相手の部屋らしく、来朝らいさがホールに足を踏み入れた時には、すでに誰かが彼女を待ち構えていたかのように堂々と立っていた。


「よォ……! テメエが勝負の相手か? 随分とエロい恰好してんじゃねぇか…………ビッチってやつか? キッヒヒッ!」


 そこにいたのは、見るからに獰猛そうな表情をした、中学生の男子。

 半袖のワイシャツをわざとだらしなく着崩していて、黒い髪も乱れ放題、そして何より腰のベルトには左右に三本ずつ、計六本もの立派なジャックナイフを携行している。

 雰囲気と言動も相まって、来朝らいさは一目でこの対戦相手を「異常者」だと認識した。


(まーたこういうのか…………しかも中学生。この競技、若者の人間離れが深刻よね。いつぞやのみたいなプレッシャーは感じないけど、武器を持っている分油断はならないわ)


 来朝らいさは完全に自分のことを棚に上げ、この好戦的な見た目の相手を警戒する。


「ん~……あなたが対戦者さん? もしかしてちょっと……いえ、結構拗らせちゃってたりする?」

「オイ、なんだと!?」

「まーまー、今回は面倒くさいからお互いに殴り合いはナシにしましょ? でも、やるっていうならそれ相応の報いは受けてもらうんだからね」

「…………チッ、しゃーねぇな。お前を殺すのは後にしといてやんよ。せいぜい背中には気を付けるこったな」


 全く殺気を隠さない対戦相手の男子中学生は、意外にもあっさりと引き下がり、挨拶ができて満足したのか、そのまま部屋に戻っていってしまった。

 彼が入っていった玄関のネームプレートには「夜久やく 霧矢きりや 様」と書かれていた。今回はお互い警戒して名乗らなかったが、どうやらそれが彼の名前であり、同時に来朝らいさの名前もネームプレートで割れているのだろう。


「出合頭に毒殺してもよかったかな。ま、いっか。向こうがちょっかい出してくるなら、反撃すればいいし」


 そう独り言ちながら、来朝らいさはエレベーターに乗って地上に降りていった。

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