神様からの試練 8
アルの生きている世界では、人ならざる者たちはそこかしこで健在だったが、
彼女の世界にいた「魔の物」も決して弱いわけではなかった。むしろ、個体によっては人間にとって討滅するのがほとんど不可能に近い存在もあった。
古くは山一つを覆いつくす百足に、国を丸ごと滅ぼす妖狐……中世では凶暴な鬼や害をなす魑魅魍魎が闊歩し、たびたび人間世界に危害を加えていた。そんな彼らを逆転不可能なまでに追い詰めたのは、弱い人間たちが獲得した科学技術と言う名の武器である。
特に、産業革命以降の火器の威力向上は目覚ましく、逆に己の力を最後まで信じ、文明の受け入れを拒絶した魔の物たちは、魔法と見分けがつかなくなるほどまでに発達した科学の力に叩き潰されることになった。
教官である
彼らは、子孫が自分たちのような苦労をしなくてもいいように…………魔の物が子孫繁栄の妨げにならない様に、容赦なく敵を討った。
おそらく、この話をアルが………いや、人魔の共存を掲げる「突貫同盟」が聞いたら、
「でも今は、やるしかない。あたしが勝つために……そして、この子たちの未来の繁栄のために! 全員、あたしに力を貸して!」
『(`・x・´)』
「さあ、まずは景気づけにカノン砲一斉射撃! 指示された座標めがけて撃ちまくりなさい!」
『∠(・x・)』
ゴロゴロと車輪を転がしながら運んできたカノン砲が所定の位置につくと、そこからアルの陣営めがけて、一斉に砲撃した。
そして、それがまるで合図になったかのように、先端に銃剣が付いたマスケット銃を装備した青ピ愚民たちが、四方八方から進軍を開始した。
拠点周囲の平原は、まるで洪水のようにとめどなく溢れる青いピ愚民で埋まっていき、もはや数を数えるのが馬鹿らしくなってしまうほどだった。
「ハ……ハハハっ! アッハハハハハっっ!! もう笑うしかねぇなこりゃ!」
対するアルは、そんなことを言いながら、怒っているともおどけているともとれる、妙な笑い声をあげていた。
彼の言う通り、ここまで戦力差があるともはや笑うしかない。
ここにいる自軍だけで、今目に見えている分をすべて倒せるかどうかも怪しいし、これからまだ増える分を考えると、突然ルールが変わってアルが直接攻撃可能になったとしても勝てるかどうか怪しくなってくる。
この戦いに生き残れなければ、完全敗北あるのみ――――アルは覚悟を決めた。
「オラッ! いくぞてめぇら! 1匹あたり最低一万匹は殺してこい!」
『WOOOOOOOOOO!!!!!』
日緋色金の武器と、ダマスカスの武器を掲げた赤ピ愚民たちは、まるで瞬間移動したかのように敵との間合いを一気に詰め、勢いそのままに切り込んだ。
「突貫っ!!」
たちまち、大量の血飛沫が上がった。
以前よりもはるかに戦闘能力が向上した赤ピ愚民たちは、銃を向ける青ピ愚民たちを次々に撃破する。
青ピ愚民たちは、味方への誤射などお構いなしにがんがん銃を撃ってくるが、赤ピ愚民たちが頭のキノコ傘を前方に向けると、銃弾はわずかな凹みを作るだけで受け止められたしまう。
この強さは、石炭を掘る洞窟の奥深くに生息していた、巨大リザードマンたちを撃破して、その強靭な鱗の能力を獲得したことによるものだ。
赤ピ愚民にほとんどダメージがないのに対し、相変わらず強さがさほどでもない青ピ愚民は、開戦からわずかな間に数千もの被害を出してしまう。
だがここで、アルの耳に拠点にいる留守部隊から悲痛な叫びが聞こえてきた。
「ちっ! 拠点まで浸透されたか! 俺たちも前と同じように包囲されたらどうなるかわからねぇ…………いったん拠点まで戻るぞ!」
『Wor!!』
アルが拠点の外で戦っている間にも、本拠地は大砲の猛攻撃と、バリスタから浴びせられる鉄槍の雨に晒され、青い津波がすぐ近くまで迫ってきていた。
「いくら拠点が硬い合金製と言えども、大砲ですべて耕してしまえばいい! 弾と火薬は後ろからどんどん運んでくるから、どんどん無駄遣いしなさい!」
『∠(・x・)』
この時のために用意した、10000門という訳のわからない数のカノン砲が、絶え間なく轟音を響かせ、破裂する弾丸を打ち込んでいく。
どうせ今の技術では、宇宙船の破片だった合金は貫通できないので、なるべく法範囲を巻き込むための対人殺傷向けのブドウ弾を使っている。
ついでにバリスタも持ってきたが、これは前回の戦いで残ったものをそのまま使うための中古品である。
「敵の身体……なかなか硬いね。けど、ダメージが全くないってわけじゃなさそう。もう、戦術もへったくれもない。このまま押し切る……!」
青ピ愚民たちも、初めに比べればはるかにタフになったとはいえ、敵の赤ピ愚民から攻撃されれば、相変わらず一撃で倒されてしまう。それでも、銃を持ったことで接近戦を挑まなくてよくなった分、前回よりも状況は格段に良くなった。
とはいえ、自分たちの数があまりにも多すぎるせいで全員に武器がいきわたらず、一部のピ愚民は槍を装備したり、すでに倒された味方の銃と弾丸を拾って攻撃に参加するなど、まるでどこぞの赤い国を彷彿とさせる状況ではあるが…………
「固まれ! ばらけるな! お互いに援護しながら戦え! そこのお前たちは、俺とあのうるせぇ大砲をぶっ壊しに行くぞ!」
『WOOO!!!』
ついに拠点内部にまで敵が浸透してきたアル陣営は、常に二組以上で戦うことを指示し、自身は大砲陣地の一角を崩すために3000匹の決死隊を率いて突貫を開始した。
一歩歩いただけでも、無数の銃弾の嵐が前からも横からも、場合によっては後ろからも飛んできて、頑丈な赤ピ愚民たちの身体にぽつぽつと傷跡を作る。
それでも、生来の命知らずである彼らは、痛みにも轟音にも屈さず、アルの指示に文字通り命がけで突貫していく。中には何百発も銃弾を撃ち込まれ、身体のあちらこちらから血を流して真っ赤に染まりながらも、まるで前進速度が衰えないという屈強な個体すらいた。
「あの子たち……どんだけ根性あるの!? 普通はあんなに銃弾を撃ち込まれたら、巨大熊だって無事では済まないのに!」
「いくぞーっ! 根性みせろーっ!」
しかし、1km近くあるカノン砲の射程は、体の小さいピ愚民たちにとってあまりにも遠かった。
倒しても倒しても尽きることのない青いキノコたちにもみくちゃにされながら前進を続けるも、
そして、突貫を続けていくうちに、体力が限界になったピ愚民たちがあっという間に脱落していき、最後は動けなくなったところを無数の銃剣に突き刺されて死んでいった。
アルも、こうなってしまうことはなんとなくわかっていたものの、いざ目の当たりにすると、その無残な光景に心を痛めざるを得なかった。
「……っ! ここまで育ててきたってのに……! ぼろ雑巾のように踏みにじりやがるっ!」
もはや戦況は覆しようもないほど悪化している。
せっかく作った第二拠点も、まだ採掘を続けている鉱山も、敵の別動部隊の大群に襲われて各個撃破されていく。
将来的なことを考えれば、もう白旗を上げて降伏するしか道はない。だが、この競技の目的はどちらかの陣営が絶滅するまで殺し合い…………ゆえに、降伏という選択肢は初めから存在しない。
だとしても、アルにとってこの結果はあんまりだった。
「おい! 対戦相手の……イノリ、とかいったな! いるなら出てこい!」
「ん? 何か用事? 降伏なら受け付けないけど」
アルの怒鳴るような叫びに応じた
「お前、まだ若い人間の癖に、よくもまあここまでえげつないことをしてくれたもんだな。一体全体、どんなひねくれ方をすりゃあ、そうなったんだろうな?」
「……あたしは見習いと言えども退魔士だから。敵は容赦なく倒す、慈悲なんかない。それに、あなただって逆の立場なら、あたしたちのピ愚民を笑いながら絶滅まで追い込んだでしょう?」
「はっ、わかってんじゃねぇか。それを言われたら、返す言葉もねぇな。言っておくが、俺だって手を抜いたわけじゃねぇ。だからこそ…………この腕でっ、対決できねぇのが気に入らねぇ!」
「あたしもだよ。あなたのような、見るからに強くて、人に害をなしそうな魔の物は、あたしの人生で一番の大金星にしたかった」
「言うじゃねぇか。認めてやるよ、その大きな口を利けるだけの実力が、今のお前にはある。だからよ…………俺がテメエの世界に殴り込んで、テメエを血祭りにあげるまで、元居る世界で死ぬんじゃねぇぞ!」
「望むところ。むしろ、こっちから乗り込んでいってあげてもいいかな。ああ、でもその前に教官と結婚式を挙げてからでいい?」
「知るかよ、くたばれ」
そう言って、足元にペッと唾を吐くような真似をするアルと、ちょっとだけ呆れたような顔をする
結局刃を交える機会はなかったが、最後の最後までお互いを好敵手と認め合った。
「それじゃあ、あたしはうちの子たちのお世話に戻るね。あなたもできれば、そのまま無抵抗でいてくれると、こっちの被害も少なくて済むわ」
「バカ言え。俺の部下どもは、最後の一人まで男の意地を見せつけてやるぜ」
この会話を最後に、二人はそれぞれのピ愚民の指揮に戻った。
最後まで手を抜かずに細かい指示を出し続ける
途切れることのない大砲の音と銃声は、長い長い間続いたが、気の遠くなるほどの犠牲を払って拠点を制圧した青ピ愚民たちは、拠点中心部…………かつて二人が競技の説明を受けたメインルームに、最後まで残っていた赤ピ愚民の集団に一斉射撃を行い、これを全滅させた。
かつてない死傷者数を出した大規模な戦争は、終わったのだ。
「やーやれやれ、この俺様が負けちまったか。あいつらに何を言われるか、わかったもんじゃねぇな」
朽ち果てたコックピットの椅子に座っているアルは、バツが悪そうに髪の毛を搔いた。彼にとってはまだまだ消化不良だったが、結果は受け入れなければならない。
そんな時、コックピットのスピーカーから、機械音声が響いた。
『こちらは機長です』
「……懐かしい声だな。お前結局どこにもいなかったじゃねぇか」
『赤陣営が全滅したため、競技は終了となります。今回の競技を心行くまで満喫できましたでしょうか』
「できるわけねぇだろ。どっかにいるなら、ぶったぎってやるから、出てこい」
『お客様は間もなく転送に移ります。この後の競技も、どうぞごゆっくりお楽しみください』
「うるせぇよ! 最後の最後までイラつかせんな!」
彼の話をちっとも聞かずに一方的にしゃべり倒す自動音声に、イライラが頂点に達したアルが、コックピットのスピーカーを蹴飛ばそうとしたことで、身体が光に包まれて競技会場から退出された。
一方で、多大な犠牲を払いながらも勝利した
「みんな、ここまでよくあたしについてきてくれたね! これは、あなたたちがつかんだ勝利よ!」
『∩( ・x・)∩』
ピ愚民たちは相変わらずの無表情だったが、それでも
「今までありがとう。まだまだ至らない神様だったかもしれないけれど、何とかここまで来ることができた。そして…………敵を倒した今、もうあたしの役目はこれで終わり。神様は、天へと帰るわ」
『(`・ω・´;)』
『(゜д゜;三;゜д゜)』
勝利を喜んだのもつかの間、今まで自分たちを手取り足取り導いてくれた、厳しくも心優しい偉大な神様―――
自分たちを導いてくれる存在がなければ、この先どのように生きてゆけばいいのか…………彼らにはわからなかった。
「あなたたちなら大丈夫、なんてったって、あたしが育てた子たちなんだもの。本当なら、絵の描き方とか、歌の歌い方とか、人生を楽しめる娯楽も教えてあげたかったんだけど、あたしの都合で振り回して本当にごめん。これからあたしは、天に帰った後、みんなの心の中に生き続ける。だから、これは最後の命令…………この先の道は、あなたたちだけで進んでいきなさい。仕事をして、偶には休んで、運動して、絵をかいたり歌を歌ったり、まだまだやることはたくさんある」
別れの言葉を続けていた
愛着を込めて増やしたピ愚民たちとも、いよいよお別れだ。
近くにいたピ愚民たちが、何を思ったか自分たちで隊列を組みなおした。
その隊列は、上から見ると「イカナイデ」と書かれていた。
「違う! 人を見送る時は、ありがとうって言うものよ!」
彼らはすぐに文字を組みなおし、「アリガトウ」の形になった。
「うん、あたしこそ、ありがとう」
彼女が立ち去った後には、無数の青ピ愚民たちと、大勢の死骸、そして火薬が爆ぜた香りと黒色火薬が残した煙だけが残った。
この先彼らがどのような生き方をするのか、
〇最終戦力
唯祈教:
【人口】1,291,800(▼564,200)
【武装】銃剣付マスケット銃 バリスタ カノン砲
【遺伝子技能】跳躍 光合成 装甲 加速 ぶん回し 嗅覚 眠り粉
【学習技能】巡回 師団編成 死守 火起こし 建築 文字(カタカナ) 数学 伝令 操船 道具作成 青銅器作成 鉄器作成 石炭採掘 銀採掘 薬学 陣形 陽動戦術 攻城兵器 包囲攻撃技術 造船 火薬 製紙 手押し車 警戒システム 神学 鋼鉄精製 鉄砲鍛冶 大砲鋳造 機械工学 蒸気機関 弾道学 一斉射撃 野戦築城
アルムエルド教:
【人口】0(▼77,000)
【武装】日緋色金の刺突具 日緋色金の打撃具 ダマスカスソード ダマスカスの槍 ダマスカスの斧
【遺伝子技能】跳躍 装甲 爪撃 ぶちかまし 強脚 加速 回し蹴り 大切断 猪突猛進 暗視 食いちぎり 嗅覚 捕縛の糸 四肢潰し スタンピード
【学習技能】突撃 道具作成 集中攻撃 火起こし 士気高揚 磨製金属精製 ウォークライ 弱点看破 陽動戦術 鉱脈鑑定 建築 鉄器作成 石炭採掘 ダマスカス鋼錬成 焼夷弾
第四試合結果
勝者:
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