神様からの試練 5

 人間の進歩の歴史は試行錯誤と共にあった。

 何が正しくて、何が間違っているのか。何が強くて、何が弱いのか。

 その答えは神様でさえ教えてくれなかった。だから、人間は今でも暗闇の中の迷宮で、壁を総当たりしながら進んでいくしかないのである。


 だがもしも、進歩の最短距離を示してくれる存在があったら、人間の文明の進歩はもっと早くなっていたのだろうか?

 試行錯誤を経ずに、与えられた正解を盲目的に信じることは、果たして正しいと言えるのだろうか?


「なーんて、教官みたいなことを考えたけど、それはこれからわかることよね」


 やや高いところから景色を見渡す唯祈いのりの眼下には、ミニチュアと見まごうばかりの木造建築物が立ち並ぶ大きな町と、そこでせわしなく行き交うピ愚民たちの姿が見えていた。

 組織化による分業を徹底し、効率を追求し続けた唯祈いのり――――彼女の的確な指示によって、摩擦で火を起こす道具の作成からはじめて、すぐに動物のフンを利用した燃料を用いることでの加工火力が向上し、高度な粘土加工技術ができたことですぐに冶金技術を獲得したのだった。


「ん? 「ほ-34旅団」がお目当ての物を発見した? わかった、今指示を出しに行くよ」

『∠(・x・)』

「それと伝令班Cは「ほ組」から新入りを1000人くらい連れてきて」

『∠(・x・)』


 石から打製石器を作って間もなく、偵察で発見した鉄鉱石を採掘し、さらには川原で人海戦術を用いて砂鉄を収集することで、ピ愚民たちの文明は一足飛びに鉄器時代に突入。より深く大地を切り裂けるようになった彼らは、唯祈いのりの指示のもと山に分け入って石炭を掘り進めた。


 当然、鉄器の恩恵は道具の進化だけにはとどまらない。

 彼らは鉄の穂先を持つ槍を、その有り余る人員で大量生産し、今までは勝てなかった野生動物の群れにも果敢に挑みかかった。

 倒した動物はすべてを繁殖のエネルギーに回すのではなく、変換効率の悪い骨は残して、これもまた道具や武器の素材として利用し始めた。


「今回も訓練通り動くように! 「い-1」軍団前へ! 「い-2」は援護射撃! 「い-3」と「い-4」は今のうちに背後に回って!」

『(`・x・´)』


 長柄槍と四角い盾で武装した重装歩兵ピ愚民が、その進化した装甲で、棍棒を装備した二足歩行のオークの攻撃を正面から耐え、その後ろからは車輪付きの(ピ愚民たちの身長から見れば)大型バリスタが鉄槍を次々と射出する。

 ピ愚民たちの大きさでは、弓を作ったところで大した攻撃力にならないのだが、ねじり力を利用した大型兵器ともなれば、大きな野生動物にもそれなりのダメージが与えられる。

 5匹の群れを作ってピ愚民たちを踏みつぶさんと迫ってきた巨大オークの群れは、今まで餌としか認識していなかったピ愚民の大軍団に四方八方から攻撃され、逃げることすらかなわずに撃破された。


「よしよし、オークを安定して狩れるようになったね。彼らは大勢の群れで生活しているから、ピ愚民たちのいい餌になってくれる。さあみんな、倒した獲物は「いつものところ」に運んでいきなさい」

『∠(・x・)』


 ピ愚民たちは指示通り、横たわったオークの死骸を運びだす。

 彼らは唯祈いのりが細かい指示を出さずとも、運搬役と護衛役に分かれ、決められた場所まで獲物を運んでいく。

 それを見た唯祈いのりはこの場所での用は済んだことを確認し、すぐに瞬間移動で別の場所に移動した。


「忙しい……けれど、なんだかいよいよゲームみたいになってきた。ふふ、彼らがどんどん増えていくのが本当に楽しい」


 唯祈いのりは今まで何度も指示を出しているうちに、彼らの動かし方の極意を習得しつつあった。

 ピ愚民たちは指示を与えなければ基本棒立ちだが、あらかじめ「ルーチン」を与えておけば、彼らは別の指示があるまでその作業を繰り返す。また、彼らも作業していく中でそれなりの知識を身に着けているようで、作業に慣れていけばそのうちあいまいな指示でも効率よくこなしていけるようになる。

 実際、アルの配下のピ愚民たちは、アル自身が大雑把な命令しか下さないせいで、初めのうちはできる範囲でやってみるのだが、学習していくうちに彼の理想的な動きに近づいてきている。

 唯祈いのりは、そのメカニズムを利用して組織自体をコミュニティー化することで、さらなる効率化に着手し始めたのだった。


 まず唯祈いのりは、ピ愚民のコミュニティーを大まかに「軍隊」「生産」「開拓」そして「研究」に割り振った。

 大多数のピ愚民は戦う役と物を生産する役に分かれていて、各々決められたルーチンを日々繰り返している。そして、唯祈いのりが直に指示を上書きすることで、彼らは新たなルーチンに移る。

 一部の速さに特化した個体はひとまとめにして外部探索を行わせており、一定時間ごとに偵察した内容をレポートとして唯祈いのりに送っている。唯祈いのりの努力が実を結び、彼らは「カタカナ」のみ使用できるようになり、文字が理解できる一部の個体により、ようやく唯祈いのりとコミュニケーションをとることができるようになったのだ。


「んー……イロガチガウドウホウヲハッケンシマシタ、ナントウノホウガクデス、イノリサマバンザイ……か。ふーっ、とうとう本格的な代理戦争の始まりか。果たして相手の……妖魔アルの陣容はどれほどの物だろうか?」

『∠(・x・)』

「ひとまず兵隊をできる限り集めよう。研究班、例の物はできそう?」

『(´・ω・`)』

「そう……まだ時間が必要なんだね。あたしも構造を底まで詳しく知ってるわけじゃないから、教えてあげられないのが残念ね」


 ピ愚民たちは相変わらず独特な鳴き声でしか話せないため、唯祈いのりはいまだに彼らの声を直接聞くことができない。だが、それでも彼らは頑張って文字を覚えてくれた。

 それに、最近彼らの表情がだいぶ豊かになってきたようにも感じてきた。


 ピ愚民の集団の中でも、頭がいい個体を選抜して作った「研究」グループは、ほかの個体が単純労働にいそしんでいる間に、神様である唯祈いのりの信託を可能な限り解析して、新たなものを生み出そうとしているエリート層だ。

 いくらいろいろ知っている唯祈いのりとはいえ、知識には限界がある。その不足を、彼らの頭脳が推論で補いながら、技術を進めていくのである。


「なにはともあれ、備えはしておかなきゃ――――ん?」


 唯祈いのりがせわしなく指示を出していると、一番最初に作った拠点でガランガランとベルの音が鳴り響いた。これは、あらかじめ定めておいた、敵対生物襲撃の合図である。

 ピ愚民がいるところならどこにでも瞬時に飛べることを利用して拠点に向かった唯祈いのりは、そこで驚くものを目にした。


「赤色のピ愚民!? まさか、もう攻撃してきたっていうの!?」


 唯祈いのり配下の青色いピ愚民とは全く異なる、赤い色のピ愚民が、見たこともない武器をもって攻撃してきた。彼女は先手を打たれてしまったのだ。



×××



「な、なんじゃこりゃあ…………!?」


 唯祈いのりが偵察に出したピ愚民の後を追いかけて、彼らの拠点を奇襲しようとしたアルだったが、森林を抜けた先に突然出現したミニチュアの町に驚愕した。


「町か!? これが全部、向こうのピ愚民の町なのか!? くそっ、こんなのありかよ!」


 自分たちがひたすらピ愚民の強化に全力を挙げている間、対戦相手は驚くべき速度で技術革新を行っていたのである。

 だが、ぐずぐずしている暇はない。攻撃すると決めたからには、片っ端から全滅させにいかなければならない。敵の数がどれほど多いかすら見当がつかないが、育成に育成を重ねた精鋭たちであれば、数の差をひっくり返すことも難しくはないだろう。

 圧倒的な量的劣勢の中で大立ち回りを演じたアルにとって、このような戦場は日常茶飯事なのだから。


「行くぞてめぇら! 片っ端からぶっ潰せ!」

『Wor!』


 ウォークライを上げ、日緋色金の武器を掲げたピ愚民の精鋭たちが、アルに続けとばかりに突撃していった。


 代理戦争は、ようやくその火蓋が切って落とされたのだ。


〇ここまでの戦力


唯祈教:

【人口】149,300

【武装】鉄の槍 鉄の盾 バリスタ

【遺伝子技能】跳躍 光合成 装甲 加速 ぶん回し 嗅覚

【学習技能】巡回 師団編成 死守 火起こし 建築 文字(カタカナ) 数学 伝令 操船 道具作成 青銅器作成 鉄器作成 石炭採掘 銀採掘 薬学 陣形 陽動戦術 攻城兵器 包囲攻撃技術 造船 火薬 製紙 手押し車 警戒システム 神学


アルムエルド教:

【人口】12,400

【武装】日緋色金の刺突具 日緋色金の打撃具

【遺伝子技能】跳躍 装甲 爪撃 ぶちかまし 強脚 加速 回し蹴り 大切断 猪突猛進 暗視 食いちぎり

【学習技能】突撃 道具作成(木) 集中攻撃 火起こし 士気高揚 磨製金属精製 ウォークライ 弱点看破 陽動戦術



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