インターバル

インターバル 3

「あ、摩莉華まりかさん。お帰りなさい」

「あら来朝らいさちゃん。あなたも戻ったばかり?」

「ええ、まぁ。結局引き分けに終わりましたが」

「そう……連戦で疲れたでしょう、少し休んだらどう?」

「そうします…………」


 競技に赴いていた来朝らいさ摩莉華まりかは、ちょうどほぼ同じタイミングで転送装置から控室に戻ってきた。どうも、競技にどれほど時間がかかろうとも、戻ってくるタイミングはほぼ同じになっているようだった。

 どのような時空のゆがみがあるのか不可解ではあったが、二連戦で流石に精神的に疲れた来朝らいさはとっととお昼を食べて、次の競技に呼ばれるまでしばらく休もうと考えた。


 ところが、二人が控室に戻ると―――――


Scheisseシャイセっっっ! こんなのおかしいよっ!」

「舩坂さん、いくら上手くいかないからといって、そのような乱暴な言葉遣いはよくありませんよ」

「じゃあmerdeメルドっっ!!」

「それもいけません。そしてそれはフランス語です」


「ええと、みんな……何やってるの」

「あら、来朝らいささんはこのゲーム知らないの?」

「いや、知ってるけどさぁ、なんでこんなところで対戦してんのって話!」


 控室にいるメンバー四人は、なぜか大画面のテレビで対戦ゲームをやっていた。

 死ぬ危険がほとんどないとはいえ、ほかのメンバーが競技の真っ最中にゲームをしているのもあきれた話であるが、最も意外だったのは教官である雪都ゆきとがそれを止めるどころか、一緒になってプレーしていることだった。


「え!? しかも、さっきから画面真ん中で三人相手に無双してるのが教官!?」

「ええ、最近は仕事ばかりであまり手にしていなかったせいで、少し腕は衰えましたが、身体はまだ覚えているようですね」

「うぅ……教官が全然手加減してくれない」

「まさか雪都ゆきとさんがここまで強いだなんて…………」

Scheisseシャイセっ! Scheisseシャイセっっ! しゃいせえぇぇぇっ!!!」


 今彼らがプレーしているゲームは「大奮闘カンパニーシックスシージ」という、どちらかと言うとパーティーゲーム寄りの対戦ゲームである。

 多数の異世界にいる主人公たちを、オーロラ体という複製存在クローンにして戦わせるというコンセプトのゲームで、その魅力的なキャラの数々と、単純な操作性ながら奥深いシステムで、日本では長年人気を博している。


 もちろん来朝らいさもやったことがあるし、あまりゲームを知らない摩莉華まりかも友人とプレーした経験がある。


 だが、それ以上に…………今必死になりながら「日向夕陽」を操作する唯祈いのりや、Scheisseくそったれを連呼しながら「須王龍野」を走らせるせい、それと「モナリザ・アライ」の遠距離攻撃で隙を狙おうとするかなめを、雪都ゆきとが操作する「緋色」がたった一人でまとめて蹴散らしているのが正気の沙汰とは思えなかった。

 あまりにも雪都ゆきとが強すぎるので、ハンデとして3対1のチーム戦で戦っているようだが、それでも容赦なく返り討ちにしているせいで、女性陣は完全に涙目だった。


「えへへ、皆さん本当に楽しそうですね! まるで子供みたいです♪」

「そりゃまぁ、私たちはまだ高校生だし……」


 そして、その光景を後ろからリクライニングチェアに座り、相変わらずのにこにこ顔で見つめている、天使ステラエル。

 まるでゲームに熱中する小学生たちを見守る母親のような雰囲気だが、その口調は、大人げなく熱中している彼らへの皮肉のようにも聞こえた。


 そうこうしているうちに、緋色以外のキャラクターが各個撃破で場外に吹っ飛ばされ、またしても雪都ゆきとが3人相手に勝利してしまった。


「うぅ、くやしいぃぃっ!! 教官! もう一回っ!」

「あの、皆さんそろそろ次の競技が近いので、いったんやめにしませんか?」

「今度こそ私が勝つもん!!」

「私ではやはり無理なのでしょうか……」


 摩莉華まりかたちが帰ってきたことで、そろそろ次の競技がありそうだと気が付いた雪都ゆきと。しかし、3人は雪都ゆきとの勝ち逃げを許したくないらしく、それぞれが三方向から服や襟をつかんで迫ってきている。

 事情を知らない人間が見たら、雪都ゆきとを中心に修羅場が展開されているようにしか見えない。

 その光景を見た来朝らいさがふーっとため息を一つつくと……


かなめさん、貸して。私がかたきを取ってあげる」

「えぇ? ま……仕方ないですね」


 3人の中で明らかに初心者なかなめ来朝らいさする。

 来朝らいさは手元で何となくコントローラーの感触を確かめると、キャラクター選択画面のカーソルを操作し「リルヤ」を選んだ。

 画面がステージに切り替わり、ここに再び3対1のバトルが開始された。


(さっき少し見ただけだけど、明らかに教官の動きは常人のそれじゃない。けど、ゲームキャラの性能には限界があるわけで)


「教官! あたしは今度こそ負けないからねっ!」

「3人に勝てるわけないでしょ!」

「やれやれ、この一回で最後ですからね?」


 発電所のようなステージの真ん中にいる緋色に向かって、少し離れたところにいた夕陽と龍野が挟み撃ちのような形で向かっていく。だが、リルヤは初めから動かず、少し距離を取る。


せい、そこでいったんストップ!」

「え?」

「今同時に突っ込んだら教官の思うつぼだよ! よし、今っ! 唯祈いのりはがむしゃらに突っ込まないで少し距離を置いて! リーチはあんたの方が有利なんだから!」

「あ、うん」

「ふーむ……」


 雪都ゆきとの緋色は、相変わらずバグかと思える挙動で暴れまくるが、来朝らいさが口うるさく二人に指示を飛ばし始めたことで、少しずつではあるが形勢が3人に有利になりつつあった。

 来朝らいさ自身が操るリルヤは、そこまで上手い動きというわけではなかったが、それでもキャラの性能を十全に生かして、着実に緋色へダメージを与えていく。


(まあ、そもそも3対1ではこうなるのが当然ではありますが……)


 一方の雪都ゆきとは、ようやく自分を追い詰め始めた3人に、安心するようなそうでないような、複雑な気持ちになった。

 そもそも、退魔士家系の名門中の名門である冷泉家の跡取りであるはずの雪都ゆきとが、なぜここまで対戦ゲームが得意なのか? その理由は、彼の子供時代にさかのぼる。

 彼の家は当然の如く子供への教育が厳しく、摩莉華まりかの家ほどではないが、子供の遊びはあまり許されておらず、限られた時間でしかゲームができなかった。しかし、雪都ゆきとの子供時代にはすでにゲームは子供にとってのコミュニケーションツールとなっており、ゲームが下手だと馬鹿にされてしまいかねない。

 そこで雪都ゆきとは、限られた時間でゲームの腕を磨かざるを得ず、それが結果として勝つための貪欲さへと繋がったのであろう。

 異常なやり込みによる高い精度のコンボ、共振拳を使えるほどに人間離れした動体視力と反射神経、そして何よりそのストイックな性格…………彼の操るゲームキャラは、まさしく精密機械そのものだった。というか、一時期はあまりにも強すぎて逆に友達を無くしかけたほどである。


 だが、その常勝伝説にもようやく終止符が打たれる時が来た。

 唯祈いのりの夕陽が

 せいの龍野が

 そして来朝らいさのリルヤが

 ダメージが蓄積して防御が手いっぱいになった緋色を、3人がかりでタコ殴りにする。


「お、お、おおぉ! もしかして、もしかしてっ!」

「行けちゃうんじゃない? いっちゃう?」

「ふふふ、教官……もう逃げられないよ♪」

「ええ、これは参りました。私の負けを認めましょう」

『やりぃっ!!』


 こうして、雪都ゆきとの緋色は盛大に場外に吹っ飛ばされ、背景の星となって消えた。見習いチームの勝利である。


「ありがと、来朝らいさ。おかげで勝てたよ」

「えっへへ~、すごいね、来朝らいさ先輩っ!」

「二人はもう少しステージを広く見た方がいいと思うんだけどな……。結局、幾ら教官が強いって言っても、無駄なく攻撃すればいつか限界は来るのに」


 ようやく雪都ゆきとに勝てた喜びで、3人はお互いにハイタッチを交わした。

 するとそこに、今まで見ているだけだったステラエルがひょこっと顔をのぞかせた。


「3対1で勝てたの? おめでとう! これでようやく、3人で一人前だねっ♪ あ、そうそう、唯祈いのりちゃん。次の競技に呼ばれてるから、急いで準備してきてね」

「何、もうそんな時間なの?」


 毎回一言多いステラエルは、唯祈いのりが次の競技に選ばれたことを告げた。

 ゲームに勝ててようやくすっきりした唯祈いのりは、すぐに戦闘用の服に着替えると、両手に緋緋色金の霊刀を携えて、転送装置に向かった。


「教官、あたし、今度こそ勝って見せる」

「はい。唯祈いのりさんなら、きっと勝てますよ」


 教官の優しい言葉に背中を押され、鹿島 唯祈かしま いのりは思わず頬を赤く染めたのだった。


 

 

「よーし教官! もう一回やろっ!」

「では今度は私も参戦しますね」

「今までの負けを取り返さなきゃ!」

「そろそろ3対1は勘弁していただきたいのですが」


 で、残ったメンバーは、勝ち続けた雪都ゆきとへの仕返しのため、さらにもう一回対戦を始めるのだった。


※今回登場したゲームキャラは、過去に負け犬アベンジャーさまが主催したシェアワールド企画に出ていたキャラ達です。お名前だけお借りしました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る