ヒーロー不在 3

 巨大ロボット、ガソリンオーは爆発四散した。

 部品はすべて木っ端みじんとなり、数十バレルもの燃料が一気に燃焼したことで、ロボットが立っていた場所を中心に高熱の竜巻が巻き起こり、地面には隕石が落下したかと思うほどの巨大なクレーターができていた。

 残念ながら、逃げ遅れた民衆が少なくない数巻き込まれてしまったが、今まで姿を見せていなかった摩莉華まりかは、無傷のまま空中にとどまっていた。


「勝負あり、ですね」


 五行の一つ――――「火」を司る鴉天狗の一族の血を色濃く受け継ぐ彼女にとって、熱や炎は全く問題にならない。火炎攻撃を行わないのは、単純に彼女が「火」よりも「光」の方が得意分野だからである。

 なので、ガソリンオーの攻撃のほとんどは、摩莉華まりかにとって何の脅威にもならず、むしろピンクマーガリン自信と直接戦闘を行う方がはるかにリスクがある。ゆえに、決定的なチャンスを作るまで攻撃を停止していたのだが…………


「ふ……ふふふ、ヌフフフフハハハハ…………! それで、勝ったつもりぃん?」


 なんと、爆発に巻き込まれたはずのピンクマーガリンはまだ生きていた。

 黒焦げになった操縦席から、丸太のような太い腕を足代わりにして這い出してきたのだが、ほとんど無傷の上半身と裏腹に、下半身は悲惨なことになっていた。


「ええ、私の勝ちですとも。ピンクマーガリンさんは、その足ではもうほとんど歩けない……。そのまま放っておいたら、いずれ後ろから迫る巨人に踏みつぶされてしまいますわ」

「アハ、アハハハハハ! 甘い甘ぁい♡ じっつに甘いんだからぁっっ! もう負けが決まってるのは、糞袋の雌ブタちゃんの方なんだよねぇぇっ!!」


 衝撃も業火も通さないはずのピンク色のスーツ…………普通なら、ガソリンオーが自爆してもピンクマーガリン自信は摩莉華まりか同様無傷で脱出できるはずだった。ところが、肝心のスーツは足の付け根から下が切り取られていた。

 幸い衝撃がすぐに襲ったこともあって、内部の耐衝撃ジェルが切り口から漏れだす前にスーツ内で固まり、落下の衝撃による即死は免れたものの、保護されていない足首を完全に挫き、さらに熱と炎も防げなかったため。

 戦隊特有の力強い両脚は、今や無残に焼け焦げており、もはや体の一部として用をなさない状態になってしまっている。狂いそうになるほどの激痛がピンクマーガリンを苛んでいるはずだが、もともと正気ではない彼は、脳内麻薬によって何とかごまかしているようだった。


 しかも、彼はこの期に及んでまだ勝つ算段でいるらしい。


「目先のことしか考えない低能なメスガキにはわかんないでしょぉけど~、出合頭にロケットパンチをしたの、おぼえてるかしらぁん?」

「ええ、覚えていますとも……………?」


 ガソリンオーが不意打ちで放ったロケットパンチ。そのうちの一発は、摩莉華まりかめがけて飛んできて、彼女がその場で撃墜した。

 だが、その後の戦闘でガソリンオーは拳を「両方とも」失っていた。


「まさか」

「ンムハハハハハハハハハ!! よーやく気が付いたぁぁぁ? バカバカおバカさああぁぁぁん!!!!! ぼくちゃんのは、今頃海めがけて猛スピードで飛んで行っているもんねぇぇぇぇっ!! ざんねんでしたああぁぁぁぁ!!!!!!!」


 致命傷を負っているにもかかわらず、完全に勝ち誇った表情とテンションでいられるのは、そんな理由からだった。

 戦闘開始時にあえて摩莉華まりかを狙い撃ちにしたのも、もう一方の腕のロケットパンチを遠方に飛ばすためのカムフラージュに過ぎず、その後もわざと戦闘を長引かせるために、わざと摩莉華まりかをおちょくっていたのだ。

 そのためにこれだけの被害を被るのは想定外だったが、例え自身が活動を停止しても、海に向かって放ったロケットパンチが摩莉華まりかより先に海に到達すれば完全勝利となる。翼をもつ摩莉華まりかあいてに、馬鹿正直にスピード勝負を挑むなど愚の骨頂と判断したピンクマーガリンの、狡猾な戦略だった。


「ふふ、楽しそうですね。でも、少し聞いてほしいのだけど、悪いお知らせともっと悪いお知らせがあるの」

「……は?」


 摩莉華まりかの顔が絶望に曇るだろうと予想していたピンクマーガリンだったが、なぜか彼女はまだ平然とした顔をしている。


「一つ目の悪いお知らせですが、実は私もと似たようなことを思いつきまして、自分の羽を一枚、こっそりこのレーザーライフルで海に向かって飛ばしてみましたの。そして、勝利判定にはなりませんでした。なので、自分の身体から分離しているものは、着水判定にならないみたいなんです」

「なんっ!!??」


 ここで初めて、ピンクマーガリンの表情に焦りの色が見え始めた。

 摩莉華まりかがはったりを言っている可能性もあるが、そもそも彼女は「着水を確認した」とわざわざ言った。つまり、摩莉華まりかは何かしらの能力ではるかかなたで起きていることが見える可能性が高い。

 と、いうことは……


「まあ勿論、面積で無効判定されているとおもえば、まだ希望はありますよね。ですが、さらに悪いお知らせです。海に向かってるはずのロケットパンチは、私がきちんと途中で撃ち落としておきました。嘘だと思いますか? 私の計算では、あの速度で飛翔していれば、もうとっくに海に着水しているはずなのに、はいまだにこんなところで苦しんでますね? それが全てです」

「―――――――っ!! ――――っっ!!! ――――っっっっ!!!!」


 摩莉華まりかの懇切丁寧な説明を聞いてしまったピンクマーガリンは…………ようやく、自らの完全敗北を悟った。

 今から摩莉華まりかを道連れにしたくとも、彼女ははるか上空でひらひらと羽ばたいており、1ミリも動かせなくなった自分の足では、どうあがいても彼女に攻撃を加えることは不可能。たとえ腕だけで這って行こうとも、この速度ではいずれ後ろからくる巨人に追いつかれてしまうだろう。

 塵芥にも劣る「メス」相手にいいようにされた事実……悔しさのあまり拳を猛烈に握りしめ、フェイスメットの奥で血が出るほど唇を深くかんだ。


 あまりにも残酷な幕切れだった。

 ここまでせずとも、最初から全力で海を目指していれば、ここまで後気味の悪い結末にはならなかっただろうと思う摩莉華まりかだったが、すべては救えなかったとはいえ、ピンクマーガリンの破壊の犠牲者を最小限に抑えたことで帳消しとすることにした。

 我ながら自分勝手なものだと思いつつも、最後まで油断しないよう滑空を始めた摩莉華まりか―――――――ふと下を見ると、ガソリンオーの爆発でできたクレーターのすぐ近くで、ピンクマーガリンと同じように足を引きずりながら懸命に逃げようとしている、小学生くらいの男の子の姿を見つけた。


「あら、どうしたの君? お父さんとお母さんは?」

「…………おとうさんと、おかあさんは、巨人と戦って踏みつぶされちゃった」

「じゃあ、周りの人は助けてくれなかったの?」

「僕はもう歩けない………足手まといだからって」

「そうですか」


 どうやら少年は、爆発の衝撃で足を痛めてしまったようだが、周囲の大人たちは我が身可愛さに少年を置いて逃げてしまったようだ。

 とはいえ、摩莉華まりかには逃げたものたちを非難する気は起きなかった。彼らは自分たちが助かるかどうかの瀬戸際なのだから、その上他人を助ける余裕などない。

 そんなことができるのは、正義のヒーローくらいの物だろう。


(私は正義ヒーローじゃないんだけどね)


 摩莉華まりか心の中で、呆れたように言うと、両腕で少年の身体をやさしく持ち上げ、その豊かな胸元に抱いた。

 後ろのクレーターには少年以上の重傷者がいるというのに、それを見捨てるとはヒーローの風上に置けない……のかもしれない。


「海まで一緒に行きましょう。落ちないように、お姉ちゃんにしっかり捕まっていてくださいね」

「…………(こくり)」


 豊かな胸元に包まれて顔を真っ赤にしする少年が、黙ったまま深くうなずくと、摩莉華まりかはまるで慈母のような笑みを浮かべて空へと飛び立った。

 その数分後、彼女と少年は無事に海に着水し、競技の勝利を知らせる虹が水平線に掛かったのだった。


第三試合結果

勝者:翠 摩莉華すい まりか 勝利条件達成により





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