第3戦目:ヒーロー不在(翠 摩莉華 対 ケンヤ=ペトロリアム)

ヒーロー不在 1

 摩莉華まりかがまだ小学生だった頃、母親に無理やり連れていかれた戦場で、こんなことを言われたことがあった。


 退魔士はヒーローではない。軍人であり、公務員だ―――――


 これら二つは似ているようで全く違うものだということは、当時の摩莉華まりかでも何となく理解できた。

 ヒーローは、自分の意思と理想の為に戦い、正義のためとあらば大統領だってぶん殴ることもある。だが退魔士は、あくまで国家の指揮下に置かれた軍隊の一つであり、雇い主――――すなわち国家とその国民の為に力を尽くすものだ。

 多少の自主性は尊重されるものの、最終的には国家機関が下した命令には忠実に従わなければならないのだ。とはいえ、野良ヒーローとは違い、税金から給料が払われるため、生活は安泰という大きなメリットもあるのだが。


(母上の言うことが、今になってこれほどありがたく感じるとは思ってなかったわ)


 そう心の中で独り言ちる摩莉華まりかは現在、大勢の人の集団に囲まれていた。


「オイあんた! 俺たちを助けるためにやってきたヒーローだろ!? 早く助けてくれよ!」

「今はもう君だけが頼りなんだ! 助けてくれたらなんでもする! この通りだ!」

「お姉ちゃん! お母さんたちを助けて!」

「この子も泣いてるんですよ!」


 こんなことになってしまった理由は、およそ2分前にさかのぼる開始直後の行動が原因だった。


 競技の為に摩莉華まりかが転送された世界は、風景自体はごく普通のありふれた地球の景色そっくりだったが、

そこではすでに大勢の人間が雪崩を打って逃げまどっており、彼らが流れてくる方向を見れば、超高層ランドマークと同じくらいありそうな巨大な人影が、轟音と土煙を立ててこちらに向かってくる。

 すでに何かがおっ始まってることは理解できたが、それ以外に特にアナウンスも何もなかったので、今回の競技は何が目的でどうすればいいのかが、摩莉華まりかには全く分からなかった。


 そこで、適当な集団に声を掛けて、いろいろ聞いてみたのだが…………切羽詰まっている彼らから断続的に飛び出す言葉を聞いたところによれば


「この大陸は『巨人』によって滅ぼされようとしている」

「生き残るためには、『巨人』から逃げ切らなければならない」

「ここから42.195km先に海があり、そこから逃げるための船が出る」

「とにかく、一刻も早く海水に漬からなければならない」

「あの『巨人』は耐久力と再生力が高く、攻撃してもまるで効果がない」

「立ち向かった者はみな、あの『巨人』につぶされた」


 ということだった。

 話を整理すると、おそらく今回の競技は迫る巨人から逃げて、マラソンと同じ距離の先にある海までたどり着くことが勝利条件のようだ。もちろん、競技と言うことは対戦相手がいるはずで、まだ見ぬ対戦相手より先にゴールにたどり着けば、恐らく勝利となるのだろう。


(勝負自体は難しいことじゃないわね。むしろ、空を飛べる私にとって、相手が機動力で上回っていない限りは大幅に有利…………)


 何のことはない。勝つだけだったら目標地点までひとっ飛びすればいいだけだ。約42㎞の距離なら、摩莉華まりかの機動力があれば5分以内にたどり着けるだろう。

 しかし、それ以前に少々問題があった。


「なあ、教えてやったんだから俺たちを救ってくれよ! 頼むよ!」

「ま、まさか僕たちを見捨てるなんて言わないでしょうね! ヒーローなんでしょう!」

「逃げてきて疲れたから、おっぱい揉ませてほしいのう……グフフ」

「この子も泣いてるんですよ!」


 情報をもらった手前、目の前の集団を見捨てるのが心情的に引っかかるのだ。されども、この先の道で何があるかわからない以上、彼らを導いたりしていたら、間違いなく対戦相手に先を越されてしまう。


(ということで、ここはお断りして……)


 そして、意外にあっさりと見捨てる決断をした摩莉華まりかだった。


 が、しかし、摩莉華まりかは不意に、自分に危機が迫っていることを感じ、(なぜか)胸元からフルートを取り出すと、まるで銃器のように先端を虚空に向け、赤色のレーザー光線を連射した。

 目の前の集団が一体何事かと振り返ってみれば、今まさに自分たちに向かって飛んできた「ロケットパンチ」が、レーザーで粉砕され、彼らに届く寸前のところで破片をまき散らした。


「おやおやぁ~ん? 頭蓋骨に《自主規制》が詰まった、万年自主規制のメスブタちゃんが、よく気が付いたね~ぇ?」


 遠くから、おっさん特有の野太い声が、拡声器を通したかのようなデジタル音で響く。その不快な言葉が言い終わって間もなく、上空から跳躍してきたものと思われる巨大ロボットが姿を現した。

 全長は摩莉華まりかの目測で50m以上、両腕や胴体がタンカーやタンクローリーなどに似た形の部品の集合体となっており、全体的に寸胴で、おまけに色も赤・青・黄・黒・ピンクとずいぶんにぎやかだった。


「な、なんだありゃ!?」

「なんだお!?」


「ンムハハハハ! 油田戦隊オイルダラー、ただいま見参ンっ! この世の悪は、このピンクマーガリンがぜぇ~んぶ消毒しちゃうゾ♡ ぼくちゃんの火葬はサービスだから、遠慮せずに消し炭になってほしのよぉ~!」


 スピーカーから響く野太い声が、ふざけたような口調でそう告げるや否や、先ほどのロケットパンチで接合部がむき出しになったままの腕先から、強力なナパーム弾が人間の集団目がけて無数に発射された。

 まるで容赦の欠片もない炎の雨あられに、あたりは一瞬で焼け野原になる――――はずであったが、爆撃がやんだ直後に一陣の強風が吹き、一瞬で煙が晴れると、そこには腰を抜かしながらもいたって無事な民衆の姿と、その真ん中に立つ長い銀色の髪と黒い翼をもつ女性の姿があった。

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