インターバル

インターバル 2

 控室のソファーで、留守番中のかなめがファッション雑誌に目を通していると、転送装置からほとんど同時に二人が帰ってきた。


「カナメさんただいまーっ!」

「今戻りました……」

「あらあら、お帰りなさい二人とも」


 帰ってきたのは唯祈いのりせいで、唯祈いのりは真顔ながらもどこかしゅんとしていて、一方でせいはどこかやり切ったような晴れ晴れとした笑顔を見せていた。


唯祈いのりちゃんのほうはどうだった?」

「ごめんなさい、あたし負けちゃった。これでは教官に合わせる顔がないよ…………」

「あら、あなたが負けるなんて意外ね。直接の戦いで負けたとは考えにくいから、純粋に競技内容で競り負けたか、はたまた妨害をもろに受けたか」


 かなめの言っていることは、当たらずとも遠からずだった。

 競技に負けた唯祈いのりは、とても悔しそうに奥歯を噛んでいた。初陣で黒星だったせいで、教官に言い報告ができなかったのもあるが、それ以上に自分の力不足を許せないようだった。

 とはいえ、かなめにしてみれば、現役退魔士の中でも戦闘で彼女に勝てる相手は教官の雪都ゆきとくらいのものなので、搦手で負けたのだろうということは容易に想像できた。


「で、せいちゃんはどうだった? うれしそうだけど、勝てたのかしら?」

「うん! 負けたー!」

「えぇ……」


 てっきりせいは勝ったのかと思ったが…………負けて帰ってきたのにニコニコしている。おそらく彼女的には、悔いのない結果だったのだろうとかなめは強引に納得した。

 しかしここで、かなめ唯祈いのりは控室にいる人間がかなり少ないことに気が付いた。


「あれ? 今いるのはかなめさんだけ?」

「ううん、摩莉華まりかちゃんとステラエルちゃんはお昼の準備してくれてるわよ。雪都ゆきとさんはあの後すぐに競技に呼ばれましたし、来朝らいさちゃんは一試合終わってすぐに別の競技に選出されたって、ステラエルちゃんから聞いてるわ」

「へぇ、教官が!」


 どうやら来朝らいさと教官の雪都ゆきとは、競技に赴いているようだった。

 と、そんなところに、摩莉華まりかとステラエルが、いい匂いを漂わせた料理を運んで控室に戻ってきた。


「二人ともお疲れ様。結果はステラエルさんから聞いてるわ、残念だったわね」

来朝らいさちゃんも一回負けたみたいだよー♪ 私のご飯がおいしく…………いやいや、本当に残念だったねー」

「あ、マリカ先輩っ! お料理作ってくれたの? ありがとーっ!」

「あら、いい匂い。ハンバーグかな?」


 摩莉華まりかが作ったのは、シンプルながらもとてもおいしそうなデミグラスハンバーグで、ふっくらとした焦げ茶色のハンバーグの上に目玉焼きが乗っている。しかもさりげなく、つなぎに小麦粉やパン粉ではなく焚いたお米が使われていて、今でも過去のトラウマから小麦粉製品を嫌う来朝らいさへの配慮もなされていた。

 早速熱いうちに食べようとしたところで、今度は転送装置から雪都ゆきとが戻ってきた。それを見た唯祈いのりは、ハンバーグそっちのけであっという間に教官のもとへと駆け寄っていった。


「っ! 教官、お帰りなさいっ!」

「ただいま戻りました、鹿島さん。……その様子だと、負けてしまいましたか」

「ごめんなさい、教官っ! あたしは……っ!」

「鹿島さん、そう自分を責めないでください。私だって負けてしまったのですから」

『ええーーーーーーっっ!!?? 教官(雪都ゆきとさん)がまけたああぁぁぁぁぁっ!!??』


 雪都ゆきとが競技に敗北した――――その事実に、その場にいたメンバーは一気に騒然とした。

 いったい何がどうなれば、この人間離れした男に勝つことができるのか……そして、一対一とはいえ、勝てるだけの実力を持った存在がいるということ自体も、驚愕すべきことであった。

 とはいえ、雪都ゆきと自身は敗北についてそこまでショックを受けてはいないようだった。むしろ、頭の中は反省と総括モードに切り替わっていて、勝敗についてはさほど気にしていないらしい。


「確かに、ある意味で今まで戦ったどのような魔の物よりも強力な相手でしたし、あの存在を討滅するのは並大抵のことではないですが……敗因は私自身の大失態ですね。想定外の相手とは言え、幾らでもやりようはあったのですが」

「へぇ、教官も失敗することあるんだー! 意外だねー!」

「舩坂さん、私とて一人の人間ですから、失敗は数えきれないほどあります。人間は失敗を繰り返して成長するものですから、戻ってくることができればそれでいいのです」


 とはいえ、まだ始まったばかりなのに、すでにかなり負け越しているという事実は覆しようがない。この結果を上層部が知ったらどうなることやら。


「ふふふっ、退魔士なんて大仰な名前なのに、皆様大したことないんですね♪ 私、少し失望しちゃいましたー」

「なんですって!?」

「鹿島さん、落ち着きなさい。今は結果が全てです、汚名返上の機会は後でいくらでもありますから」


 そして彼らが揃いも揃って無様な戦績を残していることを、笑顔で指摘してくるステラエル。どうもこの天使は、あまりよろしくない性格をしているらしい。


「あのー、教官。いったんお昼にしませんか? 競技の結果はお腹がいっぱいになって余裕ができてからの方がいいですよ?」

「これは……翠さんが作ってくれたのですね、ありがとうございます」

「不肖ながら私も手伝わせていただきましたー♪ ああそれと、摩莉華まりかさんは次の競技に呼ばれていますので、準備してくださいね!」

「あら、私ですか。最後になりましたが、ようやく私の初陣ですね。これ以上負けないように、頑張らなきゃ、ですね」


 どうやら、摩莉華まりかにようやく出番が回ってきたようだ。

 念のため、あらかじめお昼を食べ終えていた摩莉華まりかは、エプロンを外すと、自分の愛用の武器のチェックを行い、すぐに転送装置に向かっていった。


 摩莉華まりかが競技に向かった後、残るメンバー4人と、ついでにステラエルは、出来立てのハンバーグが冷めないうちに食べることにした。


「うん、美味しいね! 小麦粉も使われてないし、これなら来朝らいさも美味しく食べられるよ!」

「えっへへ~、私ハンバーグ大好きーっ! 摩莉華まりか先輩に感謝しなきゃー!」

「私も料理は得意な方だけど、摩莉華まりかちゃんはもはやプロ級ね」


 摩莉華まりかが作ったハンバーグは、見た目以上においしく、食べたみんなが笑顔になった。ただ―――――


「ええ、これは本当に素晴らしい。とても家庭的な味付けで、なおかつ皆さんの口に合うように手を尽くしています。さすがは戦闘よりもお料理が得意と自慢なだけはありますね。こういういい方は前時代的ではありますが、翠さんが結婚したら、いいお嫁さんになりそうですね」

「…………」

「…………」


(んー、教官は女の子の扱いだけは失敗しっぱなしだったねー)


 雪都ゆきとのさりげない言葉に、彼の両側に座る女性二人からどす黒いオーラが立ち上る。そして、それすら気が付かない教官を見て、せいは心の中で大いに呆れたのだった。

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