じゃあ、いつもの食べる? 3
(くそっ、体が熱い……ハンバーガーのことしか考えられないっ! いったい……俺様はどうしちまったんだっっ!!)
我慢できずに調理場を飛び出した足で、スタジアムの真ん中にあるひき肉を半分以上ごっそり抱え、野菜やドレッシングを適当な量、それとパンズの壁の一角をそのまま持ち出し、手近な調理室に運んで調理を開始した。
「はぁっ! はぁっ! ハンバーガーだっ! ハンバーガーを食わせろおぉぉっ!」
先ほど教わった通りに、パテを作って具を刻んでドレッシングをかけて隠し味に毒を入れてそれをパンズに挟んで――――食べる!
本能に突き動かされるままハンバーガーを作っては食べるを繰り返すあやか。その一連の流れはわずか0.3秒で完結し、すさまじい勢いで包丁とフライパンが躍るが、彼女の心はまだ満たされない。
だが一方で、客観的に自分を眺めるような意識が、どこか自分の体調がおかしいことに気が付いていた。
(そうか……俺様は、俺様はっっっ!!!)
千手観音の如く調理器具を操っていた手を一瞬止めて、いっぺんに作った50個のハンバーガーを前に深呼吸すると…………
「俺様はっ! ハンバーガーに恋しちまったんだっっ!!!!!」
彼女が能力を増幅させるたびに、ハンバーガーからしみ込んだ脳内麻薬物質まで倍加していってしまっているようだった。
「なんか……あっちからすごい音が聴こえるんですけど。本当にあれでよかったのかな…………」
中毒バーガーをあやかに食わせた張本人の
ハンバーガーを作っているとは到底思えないような爆音や破砕音、甲高い叫び声が聞こえてくるのが多少不安だったが、今は目の前のことに集中しなければならない。
(あの人にはわざと手作りの仕方を教えたけど、あれはあくまで調理器具がほとんど使えなくなった場合の最後の手段。勝つためだったら、愛情なんか込めてる時間はない)
今
「さ、効率よくやっていこう。 勝つためには点数が沢山いる。手際が悪いと、とても終わらないからね」
テレレ♪テレレ♪と音を立てながら動き始める機械に、
それと並行して、あやかの時と同じように野菜を適当な量運んで、これもまた自動カット装置に放り込む。
(そう……最も効率がいいのは機械による大量生産! レシピはたくさんあるけれど、結局ほとんどのバーガーにはパテとパンズが共通して使われている。あとは具材の組み合わせの違いだけに過ぎない!)
準備フェーズの時から調理器具と材料のすべてを頭に叩き込んだ
しかも、この調理小屋だけでなく、離れたところにも同じような機会が入っている調理場があり、一か所で自動化を行っている間に、もう一軒でも同じように機械を起動する。
こうすることで、パテとパンズ、具の生産スピードは大幅に向上し、あとは会場の画面に映されている種類のバーガーになるよう組み合わせれば、後はほとんど流れ作業という寸法である。
「さーて、こっちでは第一陣ができた……のはいいんだけど、さっきのいざこざでお肉が変質しちゃったかな? 色がえげつないことになってるんですけど……」
パテ製造装置から出来上がったハンバーグは、なぜか体にとっても悪そうな茶緑色(鶯色ともいう)をしていた。どうやら、あやかとのやり取りの間に冗談で入れた何かしらの毒が機械の中で変質してしまい、このようになってしまったようだ。
これを食べたら、おそらく良くてトイレ籠り、最悪内臓を痛めて七転八倒するだろうが…………
(どうせ私が食べるわけじゃないし。この装置にぶち込めば得点よね)
作ったハンバーガーを点数に換算するための転送装置に、作ったばかりの『ロバートローレンスアイケルバーガー』を放り込む。
どう見ても大き目のコンポストにしか見えないが、これでもしっかり中身はどこかに飛ばされ、投入した25個分がすべて得点に換算された。
「さーてと、時間的にまた点数になるお題が変わるころよね。次のお題は『トリプルトースト』かー…………確か珍しくパテを使わないで、豆腐のから揚げを三段重ねしてパンズに挟んだものなのよね。食べる人がだれか知らないけど、気の毒だわ」
面倒くさいレシピが来たことに内心舌打ちしながらも、バーガー作成に取り掛かる
そこに油断があったのは否めない。今まで何もかもが順調すぎたから、自分の胸から血で染まった人間の手が生えてくるまで、接近していた存在に気が付かなかった。
「がっ!?」
「よぉ、可愛いお嬢ちゃん。ちょっと用があるから、俺様に体貸してくんないか?」
一瞬で体を駆け巡った想像を絶する激痛を、痛みを遮断する毒で何とかごまかした
体から力が失われていく感覚と、肺に液体が入っておぼれていく感覚が、彼女に不可避の運命を悟らせた。
(このバカ………もう来るなんてっ! 想定外にもほどがあるっ!)
「ゲホッ、ゴッ!?」
口から赤黒い液体が大量に飛び出し、目の前で作ろうとしていた具材やバーガーに飛び散り、おぞましい赤と黒の斑点に染め上げる。これを口に入れれば、2時間かけて体中の血液が腐って死に至る猛毒となる。
「ニッヒッヒッヒ! ようやくわかったんだ………! 俺様はもう、ハンバーガーを食べるだけじゃ、この体の疼きは収まらないことがなっ! 俺様が欲しいのは…………お前なんだよおおぉぉぉぉぉっ!!!」
あの後あやかは、ひたすらにハンバーグを作り、ひたすらにできたハンバーグをむさぼったが、何万何十万と食べ続けても、心の飢えは満たされることがなかった。
そして、あやかは極まったハンバーガー中毒の末に、こう考えた。
「俺様が欲しかったのはハンバーガーなんかじゃない! お前の愛情! そのものなんだ!! だからお前は! 俺様の物になれっ!!」
(毒が……効きすぎた、ようね…………。初めから勝ち目なんて、なかった………。だから、この結末は、当然…………ならば、最後の最後まで、徹底的に、妨害…………してやるんだか、ら!)
競技中に勘違いな愛の告白をしながら、自分の身体を貫き手で突貫するような存在相手に、勝負を挑もうというのがそもそもの誤りだった。
だが、
(私は………こんなやつの、思い通りには………ならない)
「ん? なんだ? こいつの身体が……溶けていくじゃないか? お、おおお? なんだこいつは、スライムか?」
背後からの一撃で、
(あぁ……死んじゃう寸前の感覚、これで二回目だなぁ。実戦で、こんなことにならなければいいけど…………)
昔々のあの日に感じた、自分の命が消えていく感覚。それを二度も味わうことができるとは、何たる皮肉だろう…………そんなことを思いながら、
そして、
「…………何が何だかわかんねぇけど、要はあいつはスライム人間だったってことか。ま、全部吸収するけどよ。あいつの無念は、ヒーローである俺様が晴らしてやんないとな!」
無念を抱かせた元凶がそんなことを口走ると、あやかはヘ〇ラですら避けて通る猛毒の液体を、足元から躊躇なく自分の中に取り込んだ。
すると不思議なことに、先ほどまで猛烈に感じていたハンバーガーへの執着心が、少しはましになったように思えた。いや、本当ならそんな効果はないのだが、あやかが「こいつの身体を吸収すれば中毒は治る」と思い込んでいたせいで、プラシーボ効果で治ってしまったようだ。
どこまでも規格外の生物である。
「んー、とりあえず……安心したらハンバーガーが食いたくなったな。それも、あいつの手作りのハンバーガーをな」
とはいえ、ハンバーガーは別腹だ。
あやかはあることをひらめいたと同時に、自分の足元から影のような黒い物体を湧き上がらせると…………それを人の形に固定した。
その姿は、
「よし、お前! 俺様のためにハンバーガーを作れ!」
「かしこまりました…………ご主人様」
あやかの命令に、黒い物質から再生成された
競技はまだまだ長引きそうだ。
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