じゃあ、いつもの食べる? 2

 競技が始まる前――――事前の個別ブリーフィングの際、来朝らいさは教官である雪都ゆきとからこんなことを言われていた。


「千間さんの持つ異能力は、ほかの人以上に相手の体質によって左右されるものです。よって、有利な相手には一方的に戦えますが、不利な相手だとなすすべもなくなってしまう可能性があります。なので、本来であれば貴女は、信頼できる戦力…………いつもなら鹿島さんか舩坂さんなどと組んで動くのが定石ですが、今回の遠征では個別で戦わなければいけません。もちろん、千間さんの力はほぼ一人前と言っても差し支えないですが、それでも、どうしても乗り越えられない局面は出てくるかと思われます。その場合は、まずは無事に生きて戻ってくることを何より最優先してください。そのうえで、出来る最善の手を尽くしてみましょう」


 教官の忠告は、不思議なことにどんな人の言うことよりもよく当たる。

 そして今回の競技は、早速教官の懸念していた通りとなってしまったわけで…………来朝らいさは目の前に現れた理不尽の塊にどう対処すべきか、必死に考えを巡らせた。


(何はともあれ……どうにかして競技対決に持ち込まなきゃ。少なくとも戦闘だと、唯祈いのり以上に勝ち目がない相手なのは間違いないから)


 対戦相手の高月あやかは、恐らく体力を奪ったり機能を低下させたりする毒に異常なまでの耐性がある。それは、来朝らいさのように体内の強力な毒で打ち消しているのではなく、強力な免疫がそうさせているのだろう。

 ならば、競技内容で何とか競り勝つほかない。


「あのさ……挨拶は済んだんだから、そろそろ競技に移らない? ほら、ハンバーガーづくりしなきゃ! 私を倒しても試合終了にはならないんじゃない?」

「おっとそうだった!! 確かハンバーガーを作るのがお題だったっけな!」


 あやかの反応を見て、来朝らいさはほんの少し安堵した。

 少なくともあやかは、競技内容がどのようなものかは把握しているようだ。


「そういうわけだから、どっちがおいしいハンバーガーを作れるか、女子力勝負しましょ」

「はっはっは! この俺様に女子力勝負を挑むか! いいだろう、ヒーローとしてその挑戦を正々堂々と受けてやるぜ!」

「よかった……」


 もう少し難癖をつけてくるかと思っていたが、相手は意外にもあっさりと競技での勝負に同意した。ぶっちゃけ、来朝らいさがあやかの立場だったら、今この間合いに入っている間に戦闘不能に追いやってから競技に取り掛かることだろう。

 それをしないということは、少なくともあやかにとって来朝らいさは脅威とは認識されていないことにほかならない。それはそれで屈辱だが、勝利のためなら下手に出ることも必要だ。


「それじゃあさっそく材料を集めて――――」

「ちょっと待て」

「うぇっ!? ま、まだ何かあるの!?」

「ハンバーガーっつってもいろいろあるけどよ、何バーガー作ればいいんだ?」

「……はぁ!?」


 あやかの言葉に、来朝らいさは顎が外れそうになった。



 ×××



「へぇ、あの画面に表示されてるのを作ればいいのか。でもさ、俺様作り方教えてもらってねーぞ。なんでお前だけ知ってんの?」

「あのね……何のためにあれだけ長い準備時間があったと思ってんの。レシピは準備時間の間に覚えておくに決まってるでしょう? あなたは準備時間に何してたわけ?」

「テレビ見ても詰まんねー料理番組しかやってないから、なんだかんだやって、マリカーやってた!」

「えぇ……」


 材料を確保して調理場に移動した来朝らいさだったが、高月あやかまで彼女の後ろについてきてしまった。

 というのも、あやかは準備フェーズのハンバーガーレシピの説明映像がつまらないと感じて、彼女が持つ何らかの力でゲームをインストールして勝手にプレイしていたようだ。そんな芸当ができることも驚きだが、それで競技が不利になってしまえば本末転倒である。


「って言うことで、俺様にも作り方を教えてくれよー!」

「はいはい、わかってるわよ。言っておくけど、私に危害を加えたら教えてあげないからね」

「へっへっへー、わかってるぜ♪」


 本来であれば作り方を教えてやる義理はないのだが、来朝らいさはむしろこれをチャンスと見た。

 あやかはハンバーガーのレシピを知らないので、来朝らいさがいなければ競技に参加することすらできない。それこそが、来朝らいさの当面の身の安全の担保となる。


(すごいんだか間抜けなんだか、よくわかんないわね……とはいえ、私も下手にとちったら、敗北は確定………馬鹿と鋏は使いよう。慎重にいかないとね)


「1種類目は『あんかけ焼きそバーガー』ね……まずはパテをフライパンで焼いてー、塩コショウ振ってー、あんかけの案は小麦粉を水で溶いた後ー――――」

「ふんふん、ほうほう、俺様ほどじゃないけどいい手際してんじゃん!」

「レシピ忘れた人がウエメセしないでくれる? 野菜の種類はこれとこれとこれでー、焼きそばの面はこんな風にからっと揚げてー、ついでに隠し味にアトロピン(※下痢毒)を入れてー、追いオリーブオイルとケチャップをいい感じにかければ、完成ってわけよ」

「意外とめんどくせぇんだなハンバーガーって。マッ〇とかはこれを1分くらいで作っちまうんだから、もはや職人芸だよな!」


(わざと面倒くさいように作ってるんだけどね。それにしても……レシピ通りとはいえ、邪神への供物としか思えないような……)


 ここで来朝らいさは、あえてパテから具まですべて手作りする方法をあやかに伝授した。これも妨害工作の一環だ。


「で、こんな風に作ったら、得点にすればいいんだけど…………ってちょっと!?」

「美味そうだな! 一個貰うぜ!」


 だが、せっかく作ったハンバーガーを得点にする前に、なんとあやかが後ろから手を伸ばして、あっという間に頬張ってしまった。


「あーん、せっかく作ったのにっ!」

「へへっ! なかなかうまかったぜ☆」


 来朝らいさがふくれっ面で抗議するも、あやかは無駄にイケメンな顔で、グッと親指を立てた。その様子はまるで、せっかく作ったお弁当を、作ってる最中につまみ食いする彼氏のようだった。


「で、次のハンバーガーは…………、……?」


 が、ここであやかの様子が若干おかしくなった。


「ハンバーガーが……食べたい。猛烈に! ハンバーガーが! 食いてぇっ!」

「何言ってんの? ハンバーガーは今食べちゃったでしょ? もっと食べたいなら自分で作れば?」

「うおおおおぉぉぉぉぉ! ハンバーガーっ! 俺様のハンバーガーっっ!!」

「ちょっ……まっ! 私を揺すっても出てこないから! 材料ならあっちに好きなだけあるから!」

「ぬぅっ!!」


 あやかはしきりに「ハンバーガーが食いたい!」と叫び、調理場をめちゃくちゃにひっくり返しまわった挙句、来朝らいさに食って掛かった。

 だが、来朝らいさを揺すってもハンバーガーは出てこないと悟ったあやかは、もはや自分で作るしかないと調理場を飛び出し、猛スピードで材料を確保しに行った。



「…………危ない賭けだった。でも『中毒症状』はそれなりに効くのね」


 実は来朝らいさ、こんなこともあろうかと、先ほど作ったハンバーガーにハンバーガー中毒になる物質と、その毒の耐性をピンポイントで下げる吐息を吹きかけていた。そのせいで、あやかはまるでハンバーガーが強烈な麻薬となってしまい、ハンバーガーを食べないと禁断症状が出てしまうことになった。

 横取りして食べるかどうかは運次第だったが、これで突破口が一つ開けた。


「おそらくあいつのことだから、いずれ効果は切れてしまうはず。15分……いや、上手くすれば12分で勝てる。そのあたりがきっとタイムリミット……!」


 こうして来朝らいさは、あやかを足止めしている隙をついて、勝利をもぎ取るべく動き始めたのだった。

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