第2戦目:じゃあ、いつもの食べる?(千間 来朝 対 高月あやか)

じゃあ、いつもの食べる? 1

「私はいったい何をやらされてるんだろう……?」


 そんな哲学的な独り言を漏らしながら、来朝らいさは手元にある教本といくつかの材料、そして天井からつるされたスクリーンに映る映像に、交互に目を配っていた。

 今来朝らいさがいるのは、彼女の住んでいる世界のどこかの学校にある家庭科室のような場所で、そこで来朝らいさはたった一人で、映像の向こうにいる料理人からハンバーガーの作り方を習っていた。


『ハンバーガーとは! 熱い漢の料理である!!』

「私は女子高生なんですけど」

『美味いハンバーガーを作るのに必要なのは三つ! すなはち! 友情! 努力! 気合! 根性!』

「言ったそばから四つになってるし。っつーかどこの少年漫画雑誌よそれ」


 今回の競技は、映像の説明によるとハンバーガーづくり対決が主であり、あらかじめ指定された種類のハンバーガーを一定数以上作れば勝利となるらしい。

 そして今は準備フェーズであり、ここでしっかりとハンバーガーの作り方を習っておく必要があるというのだが…………準備開始からすでに数時間が経過しており、いくら勉学が得意な来朝らいさとはいえ、ぶっ通しで勉強させられるのはなかなかつらいものがあった。

 おまけに、映像の向こうでハンバーガーづくりを教えてくれる「鉄人シェフ」というのが、これまた癖のある人物で、一応正確な作り方は教えてくれるものの、息をするように根性論を挟むので、いちいち聞くだけでも疲れてしまう。(あと来朝らいさにツッコミ癖があるため、余計疲れる)


「ああもう…………どんな競技が来るかわからないから、有利になる要素は見逃さないようにしようって決めてきたのに。こんなに準備が長いなんて聞いてないよ」


 とはいえ来朝らいさは、今のところこの競技は比較的自分が有利そうな気配も感じ取っていた。

 料理の腕前は悪くないし、そもそも今回のハンバーガーづくりはその辺にあるファーストフード店のように、パテを焼くとか野菜を切るとか、大体機械でできるようなので、多少対戦相手と腕前の差があってもカバーはしやすい。

 また、ハンバーガーの作り方をあらかじめ覚えておく必要があるが、これも学術試験で中等部の時から満点しかとったことのない来朝らいさにとっては朝飯前のこと。

 あとは余程敵がひどい妨害をしてこなければ、十分勝ち目はあるはずだ。


「ふぅ……ま、勝つためだから、しっかりしなきゃ。後で聞いてなかったみたいなことになりたくないし。やるからには、全力を尽くすわ」


 本番は練習でやったことしか役に立たない。戦いは事前準備ですべてが決まる。

 そう信じて疑わない理論家退魔士来朝らいさは、残る数時間の準備の間も、ひたすらレシピの暗記と製造短縮のコツ、ついでに競技の抜け道について思案に試案を重ねた。



 ×××



 長い長い準備時間が終わり、少し休む間もなく来朝らいさは別の会場へ転移させられた。

 すべてのレシピとその最短調理法、そのうえでありとあらゆるシチュエーションへの対策を頭に叩き込んだ彼女の顔色は若干悪かったが、その目は勝利への自信にきらめいていた。


「さぁて、ようやく本番だけど…………対戦相手は誰かしら?」


 来朝らいさは対戦相手の姿を探す傍ら、競技会場の作りを一瞥した。

 競技会場については事前に説明があった。彼女が今いるのは巨大なスポーツドームのほぼ中央で、すぐ目の前には赤黒い肉の山が天高くそびえている。

 ここにある肉は、当然ハンバーガーのパテの材料になるわけだが、その品質は当然ろくでもないものだった。というより、そもそも材料自体がアレだった。


(っていうか、これ絶対に人肉だよね。これでハンバーガー作れとか、悪趣味にもほどがあるでしょ)


 来朝らいさは一目で見て、この材料の山が何らかの方法で雑に破砕された人間だったものだと確信した。服の切れ端や骨の一部がいくつも混ざっているのもあるが、流石に指の一部や眼球くらいはどうにかならなかったのかとツッコミたい気分になる。

 頭の中に叩き込んであるレシピも大概なものが多いが、そのバーガーを作る肉がこれでは、食欲がわくわけがない。


(ま、私が食べるわけじゃないからいっか。こんなの食べる存在なんて、どうせろくでもない奴なんだろうし、もし魔の物だったら…………こっそり毒でも盛ってやろうかな。アトロピン(※下痢毒)なんかいいかな)


 来朝らいさ来朝らいさでこちらも碌でもないことを考えつつ、外周の方に目をやってみる。

 中央から外側には肉以外の具材や調理施設、ドレッシング・トッピング置き場、それにハンバーガーを点数に変換するための転送装置などが整然と並んでおり、そのさらに外側――――本来観客席になるべき壁側には、バーガーに使用するいくつもの種類のパンズが気が遠くなる量積み上げられている。

 圧巻とはまさにこのことだろう。


 そんな周囲の状況を見て、さてどうしたものかと来朝らいさが考えを巡らせる―――――――その時であった!


「めがっさかわいい女の子ハケ━━(σ゚∀゚)σ━━ン!! おもちかえりだあぁぁ!!」

「きゃああぁぁっ!!?? てきしゅーーーーーーーっ!?」


 突然後ろから、何者かが来朝らいさにガバリと抱き着いてきた。

 猛烈にびっくりした来朝らいさは、とっさに全身から危機回避のための臭気毒を噴射し、一瞬だけ相手がひるんだすきをついて距離を取った。


「ヴぉえっ、くっさ! かわいい女の子がこんなにくさいオナラすんなよっ! もっとこう、ナイススメルな!」

「わ、悪かったわね! でもいきなり抱き着いてきたそっちが悪い…………って女の子!?」

「おう、なんか鼻がピリピリするぜ! すぐに治るだろうけど!」


 振り返った来朝らいさが見たのは、意外にも自分とほぼ同じ身長、同じくらいの体形の女の子で、顔立ちだけはやや年下のような雰囲気がある。

 だが、その存在感は圧倒的だった。

 まるでその場所にブラックホールが突然出現したような…………その場に立っているだけで、周囲の物を無理やり引き込んで、捕えられれば光でさえも脱出できない―――――まさしく、一個の存在としてはあまりにも強大過ぎる。


(ええっと、ちょっと待った。なにこれ? なにこの? 人間の皮をかぶった魔の物? 討伐対象? ああでも、私の緊急回避毒があんまり効いてない。あれくらったら、インド象でも目と鼻が潰れて激痛にのたうち回るんですけど)


 来朝らいさはすぐに悟った。

 目の前の存在は、おそらく対戦相手としては最悪な部類であると。

 そもそも、先ほどはなった緊急回避用の猛毒は、命の危険にさらされた場合に発するとても強力なものであり、元居た世界で使ったことは一度もなかった。その使用を躊躇させないほどの危機だったうえに、効果が本のめくらまし程度にしか効いていない……というか、強烈に臭いオナラだと思われていた。


「あの……とりあえず聞いておくけど、あなたが対戦相手でいいのよね?」

「おうよ! よくぞ聞いてくれたっ! 俺様こそは百万戦百万勝の最強のヒーローにして全世界の輝ける太陽っ!! たーかーつぅーきぃーあやか様だ!! そしてっ! 世界で一番、お前を愛する女だっ!!」

「おお、もう…………」


 強そうなうえにいろいろ厄介そうな相手だった。


「と言うことで、早速お持ち帰り……」

「ま、まちなさいっ! それ以上私に近づかないでっ! っていうか、私に触れると骨の芯まで毒に漬かるわよっ!! 冗談じゃなくて、本当にっ!」

「へっへっへー! 心配することはないぜ! なんたって俺様はヒーローだからな! 毒を食らわば皿までって言うだろ!」


(言うけど意味が分からないんですけど!)


 女のくせに女の子をわがものにしようと、東洲斎写楽の奴江戸兵衛のごとく手をワキワキとしながら迫りくるあやか。

 来朝らいさは自分の言葉が脅しでないことを見せつけるために、口の中で毒を含み…………


「毒があるって本当だからね。私とキスすると、こんな風になるから」


 そう言って彼女が、唾をその辺の床に無造作にペッと吐き出すと、唾が飛んだ部分はジューっと白煙を上げて、見る見るうちに溶けて穴が開いた。高濃度の硫酸毒である。

 この威嚇毒だけで、多くの男子の告白を振り、校舎の屋上に無数の穴をあけたいわくつきの技だが―――――


「俺様のキスはもっと威力があるぜ!!」


 そう言ってあやかが地面に唾をペペーっと飛ばすと…………ドゴンと重い音を立てて、床にクレーターができた。


(あかん)


 来朝らいさの頭の中には、すでに「退却」の二文字が浮かんでいた。

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